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憧れの伯爵令嬢はどうやら殺されたらしい  作者: 碧井 汐桜香


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エピソード1 プロローグ

「みなさま、ごきげんよう」


 美しい微笑みと共に緋色の鮮やかなウェーブがかった髪。そして、漆黒の瞳。人によっては嫌悪感を覚える組み合わせだが、彼女が身に纏うとそれは明るさの象徴となる。学園に登園した彼女の周りには、次々と生徒たちが集まってくる。彼女こそがエトワール・マイゼン伯爵令嬢、その人だ。


「え、エトワール様! ごきげんよう!」


 裕福な平民も通うことのできるこのムルトル学園で、平民を厭う貴族子女も多い中、エトワール様は唯一と言ってもいいほど、平民にも優しいお方だ。


「あら、ジョセフィアリーヌ様。ごきげんよう。そういえば、先日あなたのお父様にお会いしたわ。また、ぜひお話ししたいとお伝えしていただけるかしら?」


 お父様! グッジョブ! 最近臭くてうざいお父様だが、この時ばかりはお父様に感謝を捧げた。お父様の娘に生まれてよかった!


「は、っひあ! もちろん、お伝えします!! 父がお世話になっております!」


 私の返答にくすくすと笑ったエトワール様は、また皆の輪の中に戻っていく。


「わたくしの部屋にはね、窓が五つあるの」


 普段、自慢らしい自慢をなさることのないエトワール様が唯一お話になるのは、自室の窓のお話だ。窓が五つもあるお部屋なんて、お父様のお仕事の手伝いで見た貴族家のご子息のお部屋くらいで、エトワール様がご家族にも愛されていることがひしひしと伝わってくる。


「ふふふ、またエトワール様ったらこのお話ですか?」


「存じておりますわ。いつかわたくしもエトワール様のお部屋に伺いたいですわ」

「わたくしも。マイゼン伯爵家ではなかなかパーティーを開催なさらないのですもの」


 エトワール様に甘えるように次々とかかる声に、エトワール様が笑ってお答えになる。


「ふふふ、ごめんなさいね。メリアッティンヌさん、アイシャリアンテさん。また、機会があったらご招待させていただきますわ」


 笑ったエトワール様に、皆が約束ですよ、と語りかける。


 こんな平穏な生活が卒業まで続くと思っていた。あの日まで。
















「マイゼン伯爵家がならず者に襲われたそうだ!」

「エトワール様は!?」

「一家皆殺しだと言われていると聞いたわ」

「そんな!」

「わ、わたくしは、殺された方々のお姿すらわからない無惨な様子だと……」

「もしかしたらエトワール様はご存命の可能性が!?」

「生きておいででしたら、王家に助けをお求めになられるでしょう? ……連れ去られたか殺されたかですわ」

「……まだ、殺されていた方がマシなのでしょうか」

「いやよ! エトワール様!」


 マイゼン伯爵家が襲われた噂は学園中、社交界中に激震を与えた。あまりに無惨な惨殺死体に、一体何人の死体があるのか判明することすら時間がかかると噂された。


 学園中の人々が悲しみに暮れる中、徐々に日常を取り戻して行った。心に穴が空いたような喪失感を残しながら。






「……ジョセフィアリーヌ。マイゼン伯爵家の屋敷を私が買い取ることになった。その後、改築して新たに売り出す予定だ。……清掃は済んでいる。お前はエトワール様に憧れていただろう? ……最後に、エトワール様の過ごした屋敷を一緒にみにくるか?」


 遠慮がちに、会話に困ったように提案したお父様の言葉。普段だったら即座に断るような内容だが、その日の私はお父様が撤回する前に慌てて返答した。


「……行くわ」


 私の返答があったことにも肯定を返したことにも驚いたように、お父様が驚いた様子を見せた後、明日の午後に向かうと言い残して出て行った。

 当初、マイゼン伯爵家で全員殺されたとされたあの事件だったが、伯爵家に暮らしていた人間と死体の数が結局合わなかったらしい。もしもエトワール様が生きていらしたら……そんな期待を捨てきれない私は、マイゼン伯爵家の屋敷に行くことを決意した。しかし、惨殺事件の起こった屋敷だ。いくらエトワール様に憧れているといえども、友人たちには言えなかった。家庭の都合で早退するとだけ伝え、迎えにきたお父様と一緒に学園を後にする。



「……本当に行くのか?」


 自分から提案したくせに、娘を連れていくことに躊躇を覚えたお父様がそう言った。


「えぇ、お父様がおっしゃったのでしょう?」



 私の返答に黙ったお父様の後ろを大人しく歩く。エトワール様はいつも馬車で登下校なさっていたが、平民の足ではほんの数分歩けば辿り着く距離だ。












「ここが……マイゼン伯爵家」


 私が思わずそう口にだす。豪華絢爛な屋敷であるが、どこか寂しい雰囲気を感じるのはあの事件を知っているからだろうか?


「……外から見るだけにしておきなさい。清掃済みとは言え、あんな事件のあった屋敷だ。入りたくないだろう?」


 エトワール様のお屋敷でのお話を思い出そうとしてふと気がつく。エトワール様がご自分のことをお話になるのは、お屋敷のご自分の部屋の窓の数だけ。屋敷の庭に咲いた花の話も、出た食事の話も聞いたことがない。



「……お父様。窓が五つあるお部屋はどこですか? そこがエトワール様のお部屋だと聞いています」


 私の言葉を聞いて、お父様が室内の図面のようなものを開く。令嬢の部屋なら、日当たりのいい二階の部屋くらいだろうか? 目安をつけて、あの部屋かあの部屋かと見つめる。


「窓が五つ? そんな部屋あったかな……」


 お父様がそう言って、図面を捲る。そして、しばらく探して言った。



「……ないな。令嬢の部屋らしい、窓が四つの部屋なら一階に北側の部屋だ。見にいくか?」


 お父様の言葉に首を傾げる。そんなところに令嬢の部屋が? それに、エトワール様は何度も「窓は五つ」とおっしゃったのだ。間違えるはずがない。


 歩き出したお父様の跡をついて、屋敷の北側に向かう。そして、お父様の指さす部屋を見て、わたくしは思わず声をあげそうになった。


 外から頑丈そうな鉄格子のついた窓が五つ。お父様が言った。


「ここがおそらくエトワール様のお部屋だろう。……物はほとんどなかったが、他の部屋と比べて子供向けの物が多い部屋だ」


 お父様に言って、窓に近づく。外から部屋の中を見ると、ベッドにタンスがいくつか。そして、小さなテーブルとイス。それしかない殺風景な部屋だ。


「ここが本当に……?」


「あぁ、図面も確認するといい」


 お父様に言われて図面を確認する。そして、違和感に気がついた。エトワール様がおっしゃっていたように、窓————鉄格子がついているが————は、五つだ。外から見ると。しかし、中の描かれた図面から見ると、窓は本当に四つだ。わたくしはなぜかそのことが無性に気になって一つずつ窓を覗き込んだ。図面の通り、一つめ、二つめ、と進んでいく。五つめの窓は、図面に存在しない。隣の部屋も図面に合わせて見て行った。そちらは図面通りだ。その五つめの窓のみが図面と合わずに残っている。


「……お父様。この窓、図面と合いません」


 私の言葉に、本当か!? と声を上げたお父様がこちらに走ってくる。そして、窓と図面を合わせながら、私に話しかけてきた。


「いやぁ、ジョセフィアリーヌを連れてきて、本当によかった。こんな不備を見つけてくれるなんて」


 最初はそんなふうに言っていたお父様の表情が徐々に曇って行った。図面は合っていた。ただ、窓の数が合わないだけで。








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