第6話 我々
大和号歴一二〇〇年頃。宇宙船は陸奥号、伊勢号と移り変わり、そして日向号へと乗り換えられていた。
高天原共和国はとにかく平穏な日々を過ごしていた。それと同時に、ある考えが宇宙船の中で蔓延する。
『一体、我々は何者なのか?』
穏やかな日々が続くと、哲学的な思考が頭の中を巡る。それは個人でも集団でも変わりなかった。
『我々は高天原共和国の人間だ』
『いや、祖先は地球という惑星で生まれたのだから、地球人だ』
『その地球から離れて千年以上も経っている。我々は地球人ではない』
『面倒だから「人類」という括りでいい?』
『人類という共通の祖先はあれど、今の日向号に搭乗してる人類と、かなり昔に通信があったエンタープライズ号の人類は別物だろ』
暇を持て余した人々の戯れとも言える議論は、宇宙船内のネットワークで昼夜問わず延々と続けられた。
そして、必然とも言える仮説に行きつく。
『我々は地球人ではなく、宇宙人なのではないか?』
すでに宇宙という大海原に千年以上もいるのだ。これはもはや、新しい分類にしてもいいのではないか、という考えから来ている。
しかし、それでも一部の人々からは猛反発を食らう。
『我々は地球人だ。母なる星を捨てるなど、姥捨てと同じだ』
こう主張する一派が存在する。というのも、彼らは一度衰退したはずの地球崇拝者の集団なのだ。
六世紀もの間、身を潜めていたこともあり、都市伝説として語られる存在だった。それが大手を振って登場したのだから、世間への衝撃はすさまじいものだろう。
数日後、ネットニュースのインタビューに地球崇拝教の教祖が顔を出した。彼らも色々と主張したいことがあるそうだ。ニュースチャンネルにはかなりの数の視聴者が集まり、ネット回線がパンクしそうになった。
教祖の見た目は、ごく普通のサラリーマンのように見える。
『あなたが、地球崇拝教の教祖なのですね?』
『はい、その通りです』
インタビュアーに聞かれ、教祖はそのように答える。
『簡潔にお聞きします。あなた方の目的はなんですか?』
『簡単な話です。地球に戻ることです』
『今から地球に戻るのですか? すでに地球との距離は十数光年も離れていると推測されますが……』
『それは問題ではありません。我々の先祖が地球を離れて何千光年先の惑星に世代を超えて移住することを決めたように、我々も我々の目標を子孫に託して旅を続けるだけです』
そのインタビューはたちまちネット上で話題になる。ある人は彼を救世主と呼び、またある人は彼をペテン師と呼んだ。
それでも一定の層にウケたのは間違いないようで、急速に信者の数を増やしていった。
特に、教祖も属している回帰派に人々が集中するようになる。回帰派はかなり過激な方法で人々を扇動し、そして行政府に対してとある要求を突きつけるまでになった。『地球に帰還出来る宇宙船を作れ』という要求だ。
これに対して地球崇拝教の一派、崇拝派は地球への回帰を拒否するように人々へ説いた。
『地球は母である。生命は母親から生まれるように、地球は母という神として崇めるべきである』
さらに地球崇拝教の数個の少数派が、回帰派と崇拝派に対抗するように名乗り出る。
このような状態を見た行政府は、事態を重く受け止める。六世紀前に起きた船内戦争と同じことが起きようとしているのだ。そうなれば高天原帝国という暗黒時代の二の舞に発展しかねない。すでに日向号の乗客は五十万人を切っており、これ以上の人口減少は国家運営に支障をきたす可能性もあった。
行政府は苦渋の決断をした。回帰派のために宇宙船を建造することを決めたのだ。行政府としては、この騒動のガス抜きになればいいとの思惑があった。
教祖は喜々としてこれを受け入れる。ただし、行政府から乗客は一万人までという制限をつけられた。行政府の簡単な試算だと、これ以上の宇宙船に載せるだけの物資がないことが判明したからだ。
それでも教祖の言葉は実現した。こうして数年かけて、日向号の外側に新しい宇宙船が建造されることになった。
大和号暦一二四四年。地球帰還用宇宙船「鳳翔号」が完成した。直径五キロメートル、全長四十キロメートル程の宇宙船だ。鳳翔号のために、推進機も新造した。
早速鳳翔号に、選ばれた回帰派の信者たちが乗り込む。そして連絡通路を切り離し、鳳翔号は地球に向けて出発した。
『目標、母なる星、地球へ』
そのような通信を残し、鳳翔号は日向号から離れていった。その様子はネットで中継され、一種のお祭り状態になっていた。
その数時間後。鳳翔号にて異常が発生する。宇宙船内部の保温が保てなくなったのだ。さらに外部装甲から空気が漏れ出すという事態に陥った。
異常発生から四分二十三秒後。鳳翔号は風船のように、内部から外装が膨れ上がって破裂した。内部にいたであろう人々や大量の物資が吹き飛び、やがて虚空の宇宙に散っていく。
後に鳳翔号破裂事故と命名された今回の出来事は、日向号に残っていた地球崇拝教回帰派にお灸をすえる形になった。さらに飛び火して、地球崇拝教全体が弾圧を受ける状態まで広がった。
そして日向号の乗客は、一つの結論を出す。
『我々は地球から独立した宇宙人だ』
こうして日向号内部には、今までの平穏と鉛のような重苦しい空気がはびこるようになったのだった。




