●act03: 「ヤポンの末裔」
日の出が近くなり、あたりが薄明るくなってきた。
ニッキーたちは馬に荷物を載せ、出発の準備をしていた。
シルビアがニッキーに声をかける。
「ニッキー様、どうぞ馬車にお乗りください」
昨夜の会話でシルビアとニッキーは親睦を深めたが、シルビアの饒舌さにニッキーは圧倒された。
とにかくよくしゃべる。
昨夜はほとんどシルビアの独壇場であった。
ガゼルがすこし困った顔で笑っていたが、それがシルビア本来の姿なのでろう。
奔放で快活。
感じの良い女性。
だが、馬車に同乗すればまたあのマシンガンのようなおしゃべりに付き合わされる。
それはちょっと避けたいとニッキーは思った。
「いえ、わたしは馬でいいですわ」
「そんなことおっしゃらず、ハート家の方とお近づきになれたのですから、お話をさせていただきたいです。ガゼル、貴方はニッキー様の馬にお乗りなさい」
ガゼルは寝不足のせいで目にクマができていたが、元気に返事をする。
「はい、姉さん!」
ロッコがニッキーに囁く。
「ニッキー、せっかくのお誘いだ。ゆっくり、お話してこいよ」
「もう、面白がっているでしょ」
「いひひひひひ」
シルビアは手を振り呼んでくる。
「ニッキー様、お早くーっ」
ロッコがちゃかすように、
「ほらほら」
ニッキーは引きつった笑いで応じるしかなかった。
「ハハハ、、、、」
ニッキーの馬、葦毛雄馬のルドルフの許にガゼルが来る。
ロッコが声をかける。
「ガゼル君だったかな。馬は乗ったことはあるかい?」
「ええ、乗馬は好きです。」
するとガゼルがロッコに尋ねる。
「貴方はほんとにニッキーさんの付き人なんですか?」
「ああ、そうだよ。なぜだい?」
「おふたりはとても仲が善いようにみえたので、、、」
話した直後、ガゼルは昨夜の盗み聞きしていたのをバレると思い、口をふさいだ。
だが、ロッコは気にもとめず、
「主人と使用人が仲が善くてもいいだろう?」
「すみません、へんなことを聞いてしまいました」
「気にしてないよ」
ガゼルは乗馬は好きというだけはあり、手慣れた感じだった。
ルドルフの顔に己の顔を当て信頼を表し、跨ったあと、背を撫でてから優しく手綱を引く。
馬への気遣いを感じられる。
ルドルフを乗りこなすガゼル。
そのガゼルを微笑みながら見つめるケリー。
ロッコはガゼルの馬の扱いに感心し、
「ほう、うまいな。ルドルフは人見知りするんだが、大丈夫そうだな」
そして普段は仏頂面のケリーがガゼルを笑顔で見ているのを見て、
「ケリー、どうした?」
するとケリーは帽子で顔を隠しながら、
「い、いや、なんでもない、、、」
準備が整い一行は出発した。
林の中を通りいままで来た方向とは別の街道に抜けた。
回り道にはなるが、これなら盗賊に見つかりにくいはず。
馬車を先頭にルドルフに乗るガゼル。
その後を、エリザベスに乗るロッコ、デレクに乗るケリーと続いた。
馬車の中はニッキーとシルビアの二人だった。
ニッキーはシルビアのおしゃべり口撃を覚悟していたが、様子が昨夜と違う。
シルビアは馬車が動いてからは黙ったまま俯いていた。
ニッキーが気になり、
「どうされたのですか?」
するとシルビアが、
「、、、あの、ケリーさんもニッキー様のお付きの方なんですか?」
「いえ彼女は先日知り合ったばかりで、たまたま行くところが一緒なので同行しているだけです」
「そうですか、、、あの方すこし変わっていらしゃるように見えます。男の方のような話方で、、、」
「そうですね、でも彼女も普通の女性ですよ」
「それに、、、不思議なチカラ。あの方、ヤポンですよね」
ニッキーは、シルビアの口から『ヤポン』の言葉が出たのにすこし驚いた。
ヒトの三原種の伝説は一般に知られているのでそれ自体は驚きではないが、ケリーが『ヤポン』である可能性を指摘したのに驚く。
しかもなにか確信のようなものを持った口ぶり。
彼女は『ヤポン』についてなにを知っているのか?
ニッキーは平静を装い応じる。
「そうかもしれませんね。それがなにか?」
「三原種の末裔は、大地のチカラを司ると聞きます。
昨夜のケリーさんの灯りを燈す不思議なチカラ、あれは大地のチカラではないでしょうか。
ヤポンの人は黒い瞳、黒い髪を持つといいます。ケリーさんも同じです。
ですので、ケリーさんはヤポンなのではと思いました」
シルビアは続ける。
「私たちが住んでいた近くにダイナフォレストと呼ばれる森があります。
その奥にヤポンの村があるらしいのですが、そこで災いがあっと聞きます。
そこの方かなとおもいまして、、、」
ダイナフォレスト。
その名前は聞いたことはあった。
ジャージの西にある森林地帯。
そこは四季を通じて木々は枯れることはなく、緑であるという噂がある。
ジャージのあたりの気候は温暖だが、ほんとにそんなところがあるのか?
「彼女からはそのような話は聞いてません」
「申し訳ありません、へんな話をしてしまいました」
「いいえ、でも貴女はジャージから出たことがないと仰ってましたが、なぜそのようなことをご存知なのですか?」
しばらく沈黙が続き、おずおずとシルビアは話しはじめる。
「、、、私たちがジャージを去る理由は父の仕事がたち行かなくなったからです。
父は農園を営んでいました。
ダイナフォレストから流れてくる豊富な河の流れに頼っていました。
その流れが急になくなり河が渇いてしまったのです。
水がなければ農園は営めません。
父は事業を諦め、私たちに母方の実家に行くよういいました。
なぜ河が枯れたのかはわかりません。
でも、ヤポンの村に災いが起きたあとから、河の流れが途絶えたと聞きます。
もし、その方がそのダイナフォレストの村の方なら、その理由をご存知かなとおもいまして」
ケリーと知り合った牧場の位置。そしてグランデンへの道のり。
方角の許を辿ればケリーはダイナフォレストから来たかもしれない。
「方角からすれば、彼女はそちらの方面から来た可能性はありますが、、、」
「すみません、忘れてください」
そしてまた俯いてしまった。
シルビアは『河の流れが途絶えた』理由と『ヤポンの村に災い』の関連について知りたいようだった。
だが、彼女はこの話をするのに躊躇いがあるようだ。
ケリーが『ヤポンの村』の住人ならその『災い』は『不幸』となると思われる。
その不幸を聞き出すことになってしまうことに迷いがあるだろう。
シルビアの気遣いが感じられた。
ニッキーは話題を代えた。
「貴女のお父様、お母様はどうされているのですか?」
「母は私が幼いころ亡くなりました。はやり病で、、、」
「そうですか、、、」
「父は雇っていた人たちの次の仕事を探すために残っています。
私たちの仕事を手伝ってくれた人たちを見捨てることはできないと、、、」
「立派なお父様ですね」
「はい、父は私の誇りです」
シルビアが笑顔になる。
家族を信頼し愛していることが伝わってくる。
ニッキーも笑顔になる。
「いいお父様をお持ちです」
「はい!」
だがこのあと、ニッキーはまたシルビアのおしゃべり口撃を受けることとなる。
周りを警戒しながら馬車は進む。
ケリー、デレクが一行の最後尾にいた。
昨夜からの気配はいまだ続いている。
明らかに追けられている。
だが、憎悪や敵意は感じられない。
デレクは歩みを止め、己の背に乗るケリーを見る。
ケリーが応える。
「ああ、わかっている、、、
でも、昨夜も出てこなかった。
見張られているだけだ。
道を外れなければ大丈夫のはずだ」
デレク、ケリーの前を進むロッコが振り向き、
「ケリー、どうした?」
「なんでもない、早く行こう」
そんなニッキー一行を丘の上から見つめるもう一つの眼があった。
昨日の盗賊の一党。
望遠鏡でニッキーたちを見ていた。
「やっと見つけた。親分、あいつらです」
「タイガの森を抜けたのか?
でなければココにいるはずがねえ。
奴ら魔獣に襲われなかったのか?」
「さあ?」
「まあいい、奴らを最後の行き止まりに追い込む」
「ですがあそこは、、、」
「奴らがタイガの森を抜けたのなら、魔獣は出てこねえ。やるぞ」
「へ、へぇ、、、」




