迷宮の呪い
ドンドコドンドコドンドコ
胸の奥で、太鼓が激しく鼓動する。
ドンドコドンドコドンドコ
俺の心の境内の提灯が揺れ、橙色の光が夜風に踊る。
「うおおおおおおおおおおおおッ!」
ドンドンドンドンドンドンドンドン
激しい掛け声とともに、法被姿の俺の青春の化身達が神輿を担ぎ、波のように押し寄せていく。
そこへ一人、俺の本体的なアバターが両手を大きく広げ立ちふさがる。
「やめぇーーーーーーい!!!!」
「青春の盆踊りやめぇぇぇーーい!!!!お前らどうした!?何をそんなあらぶっているのだ!!?」
法被姿の青春の化身達が俺を責め立てるような、空気読めよみたいな薄目でこちらを見つめた。そして彼らは散り散りになり、青春の境内を照らす灯りがひとつ、またひとつと消えていき、ゆっくりと遠ざかっていった。
「あ、ハル!目が覚めた?」
ん…?
柔らかい何とも言えない温もりに後頭部を支えられていることに気づいたとき、熱いMAGUMAが噴火口を目指して俺の体を駆け巡り、鼻から噴き出した。
ッブフッ
「ハル!?鼻から血が噴き出したよ!!レオネル!ハルが!!!これ何かの呪いかな!?」
「フェリア、お前の呪いだ」
フェリアさん何で膝枕!!
俺の胸が再び太鼓を叩き始めそうになった。
駄目だ。
叩くな!!俺の胸!!
くそぅ…気を抜いた瞬間に境内に提灯が灯りを灯そうとしやがる。
ハァ…ハァ…
ぐへっ
何とかローリングアウトして温もりから離脱する事に成功した俺は、地面にうつ伏せ状態で息も絶え絶えである。これは…道理で青春の境内が騒がしかった訳だぜ。なんかいい匂いもしたし。
視界の端に、岩苔の灯りに照らされた灰色の三つ編みが揺れている。見下ろす瞳はどこか楽し気で、けれどほんの少し安堵の色が滲んでいた、様な気がした。
「目、覚めたかにゃ?ふっふーん」
様な気がしただけだった。いや、これは確信犯だ!絶対に今俺は青葉の様な生まれたての芽をツンツンといじられている!いじくりまわされている!
「ツンツン」
「っふ、っへふ」
物理的にいじられてた!やめて、っちょっ!脇腹は駄目。
フェリアさん…この人……マジで。
最高かよ。げへへ。
「レオネル~、この子ちょっとキモイかも!」
「そう言ってやるな」
「ッチ…ゴミクソが…」
相変わらずのギルバートさんは不機嫌で、グルマンダーに裂かれた脇腹はもう痛くなかった。多分フェリアさんの回復魔法のおかげなんだろう。回復…かけられてる時に意識無かったのが残念だ…ぐへへ。
[地下5階層/大階段広場]
頭上_
巨大な縦穴の内側に、リング状の階層が幾重にも重なっている。黒灰色の壁面に小さな明かりが点々と散り、遠くの階層では別のサークルの影がゆらゆらと揺れているのが見える。おそらく他のサークルも帰路につくのだろう。
紫と橙が溶け合う空が、その輪の向こうに広がっていて、雲の縁は金糸のように光っている。迷宮の底から見上げるその景色は、前世で見たどんな街の夕暮れよりも深く、濃い。何度見ても見慣れない、壮大な光景だ。
荷物をまとめながら、外縁の石造りの階段に目をやった。古代の遺構みたいな幅広の大階段が、リングの外周をゆるやかに登っている。この階段と繋がっている5階層は、まだ“帰れる場所”だって事を意味している。どれだけ迷宮内でトラブルに見舞われても、中央の大穴にさえ出られれば地上に戻る事が出来るのだ。この迷宮の性質と関係があるのか、この空からの光が届く大穴の広場は安全地帯となっている。
そして、この街の冒険者達は、この大階段広場の安全地帯で補給を整え、そこから先の大穴を中心に放射状に広がるいくつかの縦穴を伝って下の階層へと降りていくのだ。空は天井が遮り光は届かず、入り組んだ迷宮内ではマッピングが必須となり、一歩道に迷えば無限に続くモンスターとの遭遇で二度と地上へは戻れない。
あの人は_
きっと何の躊躇もなくこの先遥か下層へと日々潜っているのだろう。
俺は…まさか追いかけようとしている…?
そんなまさか。
サークルのみんなは、焚き火の残り香と湿った石の匂いが混じる中、黙々と野営の片づけをしていた。テントを畳み、荷をまとめる音が霧に溶けていく。
ふと、何かのモンスターからドロップした二本の剣がしまわれずに転がっていた。俺は無意識に剣を拾い上げ構える。
「確か…こんな感じで…」
迷宮に潜り、何度も夢で見てなぞった“彼女”の剣。
「ペルセイド…」
両足を肩幅より広く開き、腰を深く落としたまま、一歩、また一歩と前へ進む。右手の剣は外側へ、左手の剣も逆側へ大きく開き、刃先は地面すれすれに向けている。歩くたびに石畳に刃がかすかに触れ、ガリガリ音を立てた。
彼女が残した残像をなぞるように、腕と腰の動きを重ねる。
肩と腕の力を抜き、腰で重心を送り、踏み込む瞬間に両腕を一気に前へ振り抜く_
「オイッ…」
ぞっとする程冷ややかな声で呼び止められて、俺は我に返った。
「お前…何してんだ?」
「その構え…まさか【夜】の真似事をしてんじゃねーよなぁ…?ああん?ガキがコラ」
「す…すいません…ギル…バートさん…ぼそぼそ…」
手から落とした二本の剣が、ガラガランッと迷宮に響き渡る。
これまで何度もギルバートさんに絡まれてきたが、何が彼の逆鱗に触れたのか、これまでとは比較にならない程の怒りっぷりだ。
「てめぇ、冒険者舐めてんだろ?なぁ?ゴミ屑が。もういっぺん死ぬか?」
「ギルバート、そこまでだ。ハルは【夜】に命を救われている。憧れを抱くのも不思議じゃない。思春期ってやつだ。お前も身に覚えがあるはずだ」
「ねぇーーよ!!クソが!!!」
レオネルさんの容赦ない一撃が俺を貫く。ギルバートさんに絡まれた時以上のダメージを心に負った。レオネルさん、思春期とか言わないで。本当に無意識だったんだ…でも周りから見たらそりゃもう…思春期そのものよな。…何で…何であんな事をォォォォ…!?地面で悶えた。
「ッチィ」
もうこれ以上のダメージを負わせる必要がないと悟ったのか、ギルバートさんはこれ以上何も言ってこなかった。
俺は、【灰梟の環】の方々と大階段をあがった。
そういえば、今回も死ぬような目に合ったのに…前回ほどのトラウマになっていないな。俺も…この状況に少しづつ慣れてきているのかもしれない。
「団長…。一点、今回の迷宮入りで気になった事があります」
ハルを一番後方に、10mほど先を登る副団長のミーナがレオネルに問いかけた。
ミーナは、迷宮探索に置いて危機管理も担当するポジションだ。常にパーティを観察し、メンバーの体調や異変を察知し、団長のレオネルに探索の加減を進言している。だからこそ今回の探索における“違和感”にいち早く気づいたひとりでもある。
「調子がいいな」
「はい。え…?」
「初日は、俺のコンディションがいいだけだと思っていた。だが、どうやら俺達全員、いつもより疲労度が軽減されている…様に感じる」
「やはり…!……ハルですか?」
「まだ分からん。ハルは近聖と未契約だ、スキルの類は何も使えんはずだ。ネクロアリアで潜在的な支援魔法持ちなんてこれまでに聞いたことがない」
「そうですね…。さらにスキル不使用で永続的に“呪い”軽減の支援魔法なんてかなりのレアスキルです」
「まー、当の本人は自覚ないだろうがな」
「ふふ、ですね」
「ただ、もしこれが何かのスキルなのだとしたら」
「はい。近聖と契約し、スキルとして力を開花させたら…凄い事になりそうですね」
「スキル開花とは潜在的な才能や能力を何百年と修練を積んだ熟達者の様に“経験”として定着させる事だからな。漏れ出てるだけの今より何段階も強化されるだろう。さらに、5階層から先の迷宮探索は、“呪い”との勝負でもあるからな」
「団長……ハルをエスリナ様に会わせてみるというのは?」
「…悪くないかもしれん」
大階段を登り切ったとき、胸を爽やかに満たす冷たい夜風が吹き抜けた。迷宮探索で鼻の奥に染みこんだ土とカビ臭さが一気に洗い流され、代わりに鼻を突いたのは、肉を焼く香ばしい匂いと、酒粕の甘い匂い。思わず深呼吸して、全身が解き放たれるような気がした。ああ、空ってこんなに広かったっけ。
日はすでに暮れていて、頭上には紫から藍へと移ろう空が広がっている。石畳の広場には灯火が並び、ランタンや魔導灯の光が揺れながら人々の顔を照らしていた。
広場では、仲間を待っていたであろう商人や仲介人が冒険者に駆け寄っていた。背負った戦利品を興奮気味に語る声。報酬の交渉で値を張り上げる声。反対に、肩を落として黙り込む小規模なパーティ。負傷者を抱えて運び込む仲間の姿も見える。明暗が交じり合い、街はそれすら活気に変えていた。
屋台が連なる通りからは湯気が立ち、鉄串に刺した肉がジュージューと焼ける音が聞こえてくる。香辛料の匂いが風に乗り、腹の底を刺激する。迷宮の中ではお決まりの固い干し肉や簡単なスープ、カチカチのパンに水袋だけだった俺の胃袋がひとりでに何かを主張し始めている。お腹…空いたな…。
屋台の横に併設されている席から、赤ら顔の冒険者たちが肩を組んで歌いながら出てきた。甲高い笛と太鼓の音が店内から漏れ、夜の街に混ざり合っている。その隣では武具屋の灯りがまだ消えず、帰還したばかりの戦士が剣を打ち直す値を巡って声を張り上げていた。鉄の打ち合う音、笑い声、泣き声、香り、光、どれもが迷宮の中とは正反対だ。
俺は振り返った。背後には、迷宮へと続く大階段が迷宮の奥深くまで続いている。ほんの数刻前まで俺はその先で命をかけた探検をしていたんだと思うと現実感があまり感じられない。
地下と地上とでは、こんなにも世界が違う。
そういえば…あの時起こった津波の様な現象はなんだったんだろう…?冒険者の方達にとっては日常茶飯事なのかな。
「ハル、俺たちはこの後、冒険者協会へ今回の調査報告をしにいく。一緒に来るか?確かまだ行ったことがないと聞いていたが」
冒険者協会…!結局行くタイミングを見失ってまだ行っていなかった。俺にも…冒険者になるチャンスはあるのかな?レオネルさん達や、あの人みたいな…強い冒険者に。
この2週間、この世界を生きて痛いほど分かった事がある。自分でどうにかしようとしなければ、本当にただ死ぬだけだ。怯えて、引きこもっていられる場所なんてどこにもない。
さらに…自分でも驚いた事に、俺はどうやら強くなりたいと思っている。
っふ…せっかくいただいた13万円を全て引きこもりに使い切った俺がね…。
だから、【灰梟の環】の方々と一緒にいられる間に、教えてもらえる事は全てやっておいた方がいいはずだ。よし。
「はい!お願い……します」
「その後だが、もしハルが良ければだが、俺たちの近聖に会ってみないか?」
「…え?近聖…?!」
「お前が冒険者を目指しているなら、俺たちのサークルに入るチャンスがあるかもしれないぞ。もしかすると、お前は我らサークルに必要不可欠な人材なのかもしれないしな」
「…是非…お願いします」
初めてこの街を見た時は、この壮大な異世界にただただ圧倒され、成すすべもなく縮こまっていた。
だけど今は_
少しだけこの街が馴染みある世界に見えてきている。
いよいよ次回、ハルはネクロアリアの近聖と対面します。
お楽しみいただけますと幸いです。




