ソウルタイド
「《挑発の咆哮》!!」
ギルバートさんが一歩踏み出し、巨大な鉄盾を地面に打ちつけた。
鈍い音とともに空気が揺らぎ、グルマンダーたちの目が一斉に音の発生源へと向く。静かに腰を落とし、次々と飛びかかる影を盾で受け止めるギルバートさん。
鉄と爪のぶつかる音が幾重にも重なり、その周囲だけが激しい戦場になった。
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群影蜥蜴
分類:トカゲ状魔獣
生息場所:縦穴の壁面や階段跡、迷宮5階層周辺の岩棚や側道など
特徴:体長はおよそ120〜150cm。地面に這いつくばると大型犬ほどのシルエットになる。短い四肢と厚い鱗を持ち、低い姿勢で素早く這い回る。群れで獲物を囲み、連携して突進・噛み付き・尻尾打ちなどで獲物を弱らせる。個体ごとの戦闘力はそれほど高くないが、群れで集まると大型モンスター並みの脅威になる。
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「カッコいいよな…」
一見脳筋のチンピラにしか見えないギルバートさんは、見た目に反して戦闘に置いては繊細で神経質だ。そして、俺は多分…何度も彼に守られている。
さすがに何日も行動を共にすれば嫌でも気づいた。
正直あまり気づきたくはなかったのだが。
「死ねオラァァ!!」
「ギルバート…口が悪いです」
ミーナさんを中心にパーティーメンバーが、アイコンタクトで各配置に移動し、モンスターの襲撃に対応する。
「オイ、生ゴミィィィ!ミーナから離れるんじゃねーぞ!!」
「…はい…!」
いや、俺への絡み方はチンピラ以外の何者でもないのだが…粗大ゴミが生ゴミに進化か退化かしてるし。でも今使ったスキルも、パーティメンバーの動きを全て計算した上で放たれているのだ。
一番前にギルバートさん、一歩後ろにミーナさんと俺が待機し、左斜め後ろにレオネルさん、右斜め後ろにはフェリアさんが身を低くして弓を構え、常に俺を守る様な位置関係になっている。
「レオネル!」
ミーナさんが短く叫んだ。
彼女の腕から指先にかけて装着された魔導グローブが、霧の中で淡い光を走らせる。光は腕から指先に沿って脈打つように流れ、彼女が指を向けるたびにそのラインが一瞬強く輝く。
「後方から3体のグルマンダー!」
ミーナさんのスキル《霧視》は、ミーナさんを中心に10m以内を高性能なレーダー探知機の様に検知出来る。光る魔道具は、モンスターの位置を即座に仲間に知らせる目印だ。
「任せろ」
レオネルさんの持つ短杖から灰色の鎖状魔力が霧の中に放たれた。
「《束縛の刻杖》」
鎖がグルマンダーに絡みつき、3体の動きを鈍らせる。その直後、片手剣が閃光を描き、霧ごとグルマンダーの体を斬り裂いた。
「《影裂きの剣》」
レオネルさんの片手剣がグルマンダーの心臓付近に深く食い込む。呻き声が3つ迷宮の通路に低くこだまし、爆散。
さらにもう一体が、霧の中から背後へ回り込み、ギルバートさんの後方を狙って疾走してきていた。ミーナさんは光る指先で二体の位置を正確に示す。
「《狙撃の習練》!!」
その合図と同時に、フェリアさんがギルバートさんの右後方から流れるように弓を引く。矢は霧を裂き、グルマンダーの側頭部に正確に突き刺さる。
ギルバートさんの背中ぎりぎりをかすめる軌道だった。
「オイ、フェリア…今の俺を狙っただろ?」
「狙ってたらギルバートの首は胴体と繋がってないと思うよ?」
ボンッという音と共に倒したモンスターが霧となって分散した。
やっぱりこの人たちは凄い。
ネクロアリアでも中堅サークルを張るだけの事はある。
この人たちと一緒にいたら俺でも迷宮を探索出来るんじゃないかとさえ思ってしまう。
俺にも…こんな仲間が出来たら…
え…?
今俺は何を?
コロンッ
「これは…」
爆散したグルマンダーから小石ほどの小さな石が転がってきた。拾い上げるとほのかに光っている。
そういえば…セレナさんが骸骨騎士を木っ端みじんにした時も落っこちてきたな。
「それは、魂核だ」
レオネルさんが教えてくれた。
「ソウルストーン…エナさんが換金しておいたって言ってた石…?」
「何故モンスターを倒すと魂核がドロップされるのかよく分かっていないんだ。だが、この石はネクロアリアで俺たちが生活するのに欠かせない物だ」
「その魂核はお前にやるよ」
そう言ってレオネルさんは静かに笑っていた。
地上に戻れたら魂核を自分で換金してみたいな。この石はいくらくらいになるのかな。
「ん…?」
迷宮が、かすかに震えた?
地震のように揺れるのではなく、海底から伝わってくる余震のような振動が、足元をじわりと突き抜ける。ランタンの灯りが揺れ、壁の苔が脈打つように明滅した。まるで迷宮そのものが乱れた呼吸をしているかのようだ。
「レオネル…これってまさか…!?」
何だろう?基本的に感情の起伏が見えないミーナさんが慌てている様に見える。
「全員固まれぇぇ!!」
え…?
──その直後だった。
ガタガタガタ…
ッポシュ…
空気が押し返された。
耳を打つ低い轟音とともに、霧が前方から押し寄せてきた。
波頭が崩れるように白い奔流が通路を呑み込み、視界を丸ごとさらっていく。壁際の苔も、石畳の輪郭も、すべてが飲み込まれる。
「これは…!魂環の大潮…?」
「ミーナ!《霧視》で周囲を警戒!誰も動くなっ!!」
普段冷静なレオネルさんの荒げた声が霧の中でこだました。
突然の状況の変化に頭がついていけない。これは…何なんだ?
石畳に伝わる震えは次第に大きくなり、まるで地下深くから津波がせり上がってくるようだった。
各通路から爆発した様に奔流が押し寄せ、階層全体を洗い流すように通り過ぎていく。視覚的には津波の様だが物理的な圧は無い。霧と一緒に生き物の気配が押し流され、別の気配が混ざり込んできている。なんか…周りで動いてる様な…。
「オイ!!粗大ゴミ戻れぇええ!!」
一瞬の油断。それは、ランク0の俺が犯してはいけない最大の過ちだった。おそらくほんの数秒の事だったが、俺は“連携の輪”から外れていた。この連携の輪は、ミーナさんの索敵スキル《霧視》の射程圏内を基準として組まれている。俺はその射程圏内から出ていた為に、ミーナさんはモンスターの接近に気づけず、さらに誰のフォローも間に合わなかった。
『ギャルァッ』
「──っ!」
声を出す暇もなく、霧の中から巨大な顎が俺の胸元に迫る。反射的に護身用に持っていたナイフを構えたが、刃は鱗に弾かれ、鈍い衝撃が全身に走った。鋭い爪が脇腹を裂き、熱を帯びた痛みと同時に視界が白く弾け、膝が崩れた。
息ができない。
「ぐぅぅ…!!」
「ハル!!」
ミーナさんの叫びが響く。一瞬で俺たちはグルマンダーの新たな群れに囲まれた。ギルバートさんがこちらに駆け寄り、フェリアさんの矢が連続して放たれ、レオネルさんの短杖から鎖が伸びて、グルマンダーの動きを鈍らせる。薄れゆく意識の中で、雨の様に降り注いだフェリアさんの矢が全てグルマンダーに命中し爆散するのが見えた。
俺は地面に倒れ、霧に染まった石の冷たさが背中に伝わる。自分の呼吸の音だけがやけに大きく響く。遠くで仲間たちの連携の音がまだ続いているのが、かえって夢の中の出来事のように思えた。
「《小癒》」
「フェリア!残りのトカゲ野郎は全部俺に任せて、ゴミ屑を治す事に集中しろ!」
「分かってる!」
時々だが、【灰梟の環】のみんなの話す声が聞こえていた。
「クソがぁぁ!レオネル、これキリがねぇぞ!」
「ミーナ、大階段広場まで最短ルートで誘導頼む。ハルは俺が運ぶ」
「だから俺は反対したんだ!クソがぁ!」
もう懲り懲りだ…
迷宮に潜る度に俺は死の一歩手前を行ったり来たりしている気がする。痛いのも怖いのもしんどいのも、全く知らない世界の非常識な常識に振り回されるのも、全部うんざりだ。何が青春だ…何が君に決めただ…あの女神…。
「フェリア!ハルの状態はどうだ?」
「多分気絶してるだけ!傷は塞いだから大丈夫だよ!」
「前方からモンスター来ます!数は4体!」
そう思う一方で別の感情も沸いていた。
そのことに自分でも驚いている。
【灰梟の環】のみんなの様に強くなりたい。
お互いを無条件に信頼し合える様な仲間が欲しい。
あの人の様に…
あの光り輝く流星群の様な…
あの剣技を忘れる事が出来ない
俺も…
強くなりたい。
「大階段広場だ!全員振り切るぞ!!」
「クソがぁぁぁ!言われなくてもそうするわ!」
「前方にモンスター無し!後方にだけ気をつけてください!」
「あー、もー、今回の探索最悪ー。もう矢も無いよー」
「全員飛べぇーー!!!」
それから俺を担いで走るレオネルさんから激しい衝撃が伝わり、グルマンダーにやられた傷が猛烈に痛み、俺は再び意識を失った。




