再び迷宮へ
「ペルセイド」
絶望に染まる俺の耳に、かすかに響いた小さな囁き。
全てがスローモーションの様に進んでいた。
これはあの日の夢だ。
もう何度目か分からない。
骸骨騎士が大剣を振り上げ、俺を弄ぶかのように笑い、大剣が青緑に光るキノコに照らされ、振り下ろされる。
刹那_
ほのかなお花のフレグランスがふわっと香り、俺の青春の双魔塔が爆発にも似た空気の破裂音で吹っ飛ばされた。
キィィィー…ン…
美しい音色と共に、暗闇に二振りの銀の稲光が降り、時間がほんの一瞬だけ引き延ばされたように見える。稲光は散りばめられた星々の様に弾け、幾筋もの閃光となって宙を走り、一斉に頭上から降り注いだ。双剣が振るわれるたび、無数の光の筋が走り、残像が尾を引いて散っていく。
星々の閃光を一身に受けた巨体は形を変えながら散り散りとなって吹き飛び、空気が爆ぜるように揺れた。衝撃から生まれた突風で俺は空を舞った。ただ、息を呑むことしかできなかった。恐ろしいほど華麗で儚く、美しい技。
それはまるで、夜空に降り注ぐ流星群のようだった。
「セレナ=ノクティア」
黄泉門の都最強の魂環団【迦楼羅の環】所属で、ランクは【ヘクソラ】、絶対不可避の絶技【夜冥天幕】の技の特性から、二つ名を【夜】と呼ぶ。
あの時、エナさんが言っていた意味が今ならよく分かる。
俺は数少ない荷物をリュックサックに詰めて歩き出した。
ランク【ヘクソラ】
それは、全10段階あるランクのうち6段階目を示し、迷宮深層に挑む資格を持つ最強の冒険者であり、魂環団を支える柱。
それが、俺が“ただ青春がしたいから”と憧れをいだいてしまった相手なのだ。
なんて愚かな。
★
あれから“ニ週間”が経った。
俺は、宿を借りた日から一週間ずっと部屋に引きこもり、セレナさんとエナさんの好意でいただいた全財産13万2300円を全て使い果たした。
宿を借りた次の朝、カーテンを開けて窓の外を見た俺は、眼下に広がる壮大な世界観を受け止めきれず、異世界の街並みから目を背けてベッドに逃げ込んだ。
霧の中から浮かび上がる群青と銀の建物たち。
尖った塔の先には鐘楼があり、その低い音が街の奥まで響いている。
すずめ?っぽい小鳥もピーピー鳴いている。防犯ブザーの作動した車の警報音の様だ。
通りには屋台や商人たちが並び、光る果実や珍しい布を広げて呼び込みの声を張り上げていた。霧がその声をやわらかく包み込み、街全体がひとつの大きな祭りの準備をしているみたいに見える。馬車の軋む音、子どもの笑い声、屋台の鉄板から立ち上る香ばしい匂い。どれもまさに異世界という感じで心が躍る!
……ところなんだろう。
だが俺には、それが逆に恐ろしく見えた。
俺をなんの見返りも無しに守ってくれる両親はいない。
お互いに助け合う友達もいない。
お節介で見張ってくれている近所のおばさんも、犯罪に対するモラルも常識も、価値観も、何もかも違うはずだ。
霧だってずっと変わらずに濃い。
そんな世界にどうやって飛び込めばいいんだ?
最強スキルも何も持ち合わせていない俺は、前世と同じく生身なのだ。
そうして宿から一歩も出ずに一週間が経ち、宿泊料が払えなくなった俺は追い出され、路頭に迷った。追い出された後も俺は動く事が出来ず、宿がある建物の横の細い隙間で1日うずくまっていた。もしかしたら待っていたら誰か助けに来てくれる、なんて甘い夢物語を期待していたのかもしれない。
そして、案の定誰も助けには来なかったし、何も起きなかった。
空腹と絶望感だけが募り、気がつくと俺は、再びあの診療所へと足を運んでいた。
最悪だ。
あまりに情けなく、惨めで、ただ甘える事しか出来ない自分が嫌になったが、他に当てと呼べる場所が一つも思い浮かばなかった。
幸い、宿から診療所まではさほど離れてはおらず、霧の中でも迷わず辿り着くことができた。
時刻はお昼前くらいだったと思う。
「ちょうど良かった」
エナさんは前回来た時と同じく、漆黒の髪を後ろで無造作にまとめ、淡い水色の瞳と片方に金ピカのドクロマークアップリケ付きの眼帯をしていて、俺の顔を見るなりパンッと手を合わせてそう言った。
「え…?」
診療所にはエナさんを含め5人のネクロアリア人がいて、みんなで昼食を終えた後、何やら話しているところだった。
昨日から何も食べていなかった俺のお腹が、ぐぅぅぅ…っと素直な空腹を主張し、エナさん以外のネクロアリア人は俺を見てあからさまに嫌な顔をした。
当然だ、今の俺は風貌も浮浪者そのままなのだから。食べ物を求めて入りこんだと思われたのかもしれない。
ふふふ…青春を求めて異世界転移したら浮浪者になった件、とかタイトルがつきそうだ。
エナさんの話をまとめるとこうだ。
冥府回廊内で、多数の行方不明者が出ているとの事。
冒険者協会が緊急で各魂環団に依頼を出して、行方不明者の捜索にあたるそうだ。
こちらのネクロアリア人4人組_
~~~
【灰梟の環】
夜目が利く梟を象徴とする調査・探索型の中堅ソウルサークル。
調査・索敵・罠解除に強く、深層の偵察任務や行方不明者捜索などギルドの地味な依頼を多く請け負っている。
団長:レオネル・グレイ
ランク:テルシア 3/10
冷静で寡黙な男性剣士。灰色のフードと梟の羽飾りを身に付け、調査と戦闘両方を指揮する。片手剣と短杖を併用し、敵の弱点を見抜いて的確に仕留めるスタイル。
副団長:ミーナ・クロウ
ランク:セクンドラ 2/10
小柄な女性の探知士。魔法で気配や呪いを探知するのが得意。黒い外套に多機能ベルトや魔力感知用のクリスタル装置、折り畳み式測量具などを携行し、罠解除や地図の作成役も兼ねる。
団員:ギルバート・エルク
ランク:セクンドラ 2/10
重装盾役の男性。巨大な鉄盾と鈍器を持ち、パーティの壁になる。大柄な体格だが慎重派で、常に周囲を見回している。
団員:フェリア・ラッシュ
ランク:セクンドラ 2/10
弓使い兼回復補助をする女性。灰色の長髪を三つ編みにして、梟の羽根を飾った弓を持つ。素早く索敵し、仲間を後方から支える。
~~~
【灰梟の環】の方たちは、冒険者協会から出された行方不明者捜索の依頼を受けて、これから迷宮へ潜るところらしい。嫌な予感しかしなかった。
いや、もう分かっていた。
この流れは…
「という事で、ハル。あんたはレオネル達の荷物持ちで同行する様に」
「「「……ハァァ~~~~~~~?」」」
ありがとう、灰梟の環のみなさん。
俺の代わりに返事してくれて。嬉しくて涙が出てきた。
エナさん、悲しいし情けないけど、ごもっともです。荷物持ちどころが俺が大荷物よ。
俺はエナさんに分けてもらったお弁当を食べながら、静かに動向を見守っていた。このお弁当…俺がこの世界に来てから食べた中で一番うまいぞ。
「つかエナさん!こいつ誰っすか!??何で弁当食ってんすか!?」
この人が盾役のギルバートさん。例えは悪いけど脳筋で動いてそう。
「エナさん…さすがにそれは無謀では?こちらの浮浪…方は、どこか魂環団には、入っておられるのですか?」
こちらの女性は、副団長のミーナさん。しっかり者って感じ。
「いや、知らん!」
エナさん…俺はまだ冒険者協会にすら行けてないです。ほら、ミーナさんが絶句していますよ。
「エナちゃん…怪我はあたしのヒールである程度は治してあげれるけど、限界があるよ。死んだらどうしようもないよ?てかこの子絶対死ぬと思う」
こちらの三つ編み女子は、めっちゃ怖い事言ってるけど。俺もそう思います。でも何でだろう…?この方にヒールをかけられたい。
「ハハハハ大丈夫だ。多分!」
「エナさん…俺も…無理だと思います…ぼそぼそ…」
エナさんは何かを確認する様に俺の顔をしばらく眺めた後、ハッキリとそう言い、少し楽しげに金ピカの眼帯をいじっていた。
「私の直感が大丈夫だと言っている。レオネル、頼めるか?」
「ああ……分かった」
ずっと腕組をして、俯いたまま返事をしたこちらの方が団長のレオネルさん。
紹介をされなくてもこの人が団長“で、“この中で一番強い”と俺にでも分かった。
それほどにこの人からは、凄味の様なものを感じる。
今の俺にそもそもエナさんの提案を断るという選択肢は無い。
この人が唯一この世界で知り合いと呼べる知り合いで、今は他に頼れる相手がいない。
本来迷宮へは、アニマ?と契約を交わした冒険者が魂環団に加盟して、冒険者協会で登録を済ませてからじゃないと入れないらしい。
実は結構面倒な手続きが必要で、それほどに危険な場所なのだ。
俺はギャル女神に突然落とされたんだが…。
今は緊急時で、依頼を受諾したどこかの魂環団が同行すれば誰でも入れるそうだ。
それだけ緊急事態なのだろう。
この世界は、冥府の迷宮を中心にまわっている。
いずれにせよ、俺はまた戻る事になると思っていた。
あの…迷宮へ_。
★
[迷宮探索4日目/地下5階層]
俺は数少ない荷物をリュックサックに詰めて歩き出した。
見上げれば、はるか頭上までひとつながりの巨大な空洞が口を開けていた。
地上から5階層のこの場所まで、縦穴はそのまま空に抜け、内壁に沿ってリング状の回廊や区画が幾重にも貼り付いている様な構造だ。
光は高い天井から滝のように降り注ぎ、風は縦穴を上下に駆け抜け、俺の頬を撫でていく。
階層を降りるごとにそのリングは狭まり、人影は減り、野営地も屋台もぽつぽつになって、五階層の今は霧と残骸の中に小さな祈祷所が点在するだけだ。
ここが“最後の補給所”。
空が見える迷宮の終わりであり、真の迷宮への入口だ。
結局、【灰梟の環】のみなさんは荷物を自分で運ぶことにした様だ。団長のレオネルさんはランク【テルシア】で3段階目、その他のみなさんはランク【セクンドラ】の2段階目で、ランクゼロの俺に荷物を持たせても、大荷物がゴミ収集所に変わるだけだと判断した様だ。
それに、荷物の中には食料や地図、治療薬や武器の手入れ道具など、迷宮探索には欠かせない物が入っていて命綱とも言える。
信頼の置けない俺に預ける訳がない。
「オイ、粗大ゴミ」
ビクゥッと体が謎に反応してしまう。
俺はこの盾役のギルバートさんが特に苦手で、共に迷宮に潜る事4回、今回で計4日は行動を共にしているが、全く慣れる気がしない…。
同じクラスメイトだったら多分お昼休みにパンとか買いに行かされてる。
ふふ…粗大ゴミって呼ばれる事には慣れた。
「お前は近聖の加護を受けてねーんだから、モンスターに近づいただけで“呪い”の影響を受けるって何度言ったら分かるんだゴミぃ?俺達よりも前に出るんじゃねぇゴミ。死なれたらエナさんに合わせる顔がねぇんだよゴミが」
「りょ…うかいです…」
語尾ににゃーとかつけるメイドですか?語尾がゴミになってますよ。
この人は道端とかで絡んでくるヤンキーみたいに、顔ギリギリまで近づけて煽ってくるし、ランク【セクンドラ】の人間離れした圧は俺をより萎縮させている。
「ッチ…エナさんの頼みじゃなかったら、ぜってぇ連れてなんかこなかったっつーのによ。何でエナさんはこんなヤツ…ぶつぶつ」
「前方からモンスターを探知。ギルバート、ぶつぶつ言っていないで、出番よ」
「はいはい、分かりましたよ。副団長殿!オイ!粗大ゴミ!そんなとこ突っ立ってたらフィリアの弓の邪魔だろ!?射抜かれてーのかゴミぃ!?」
「はい…!す、すみま…せん…!」
何度目になるか分からないモンスターとの遭遇。
せめて俺はみんなの邪魔にならない様にと、距離をとる。が、それが難しい。
迷宮内でのモンスター討伐において、連携や各メンバーの位置関係はかなり重要だ。
ランク【テルシア】のレオネルさん率いる【灰梟の環】は、ネクロアリアの魂環団の中で中堅クラスを張っているだけあって、連携の精度が俺から見てもかなり高い。
モンスターは突然沸いて出てくるし、全方向から襲ってくる。
種類も違えば、攻撃手段も全く違う。
秒単位で状況が変わるから常に状況判断をして動いていないといけないし、スキル?のタイミングなども計算しなければいけない。
緊張感が全然違うけど、中学の授業でやったバスケとかサッカーの試合を思い出す。
俺にボールはまわってこなかったが。
でもこの連携を覚える事が唯一、この迷宮から無事生還出来る手段なのだと思う。
じゃないと俺はモンスターに食い殺されるか、ギルバートさんに殺される。それか弓のフィリアさんに射貫かれて死ぬ。
前に進めばモンスター、立ち止まったら仲間に射抜かれて、一人で街へ戻る事も出来ない。これが13万円を引きこもりに使ったツケだ。
そういえばあの宿、結局一泊いくらだったんだろ…と頭が現実逃避を始める。
「来たぞ!!グルマンダ―の群れだ!全員構えろ!!」
こうして俺の前途多段な冒険者生活は、突如として始まってしまったのだった。
はじめまして、久世ナオです。
初めて小説という形式で物語を作らせていただいております。
とにかく誤字脱字や修正が多いので、日々どこか変わっているかもしれません。
その点は大変申し訳ないのですが、ご容赦いただけると嬉しいです。
物語はお楽しみいただけているのでしょうか?
不定期ですが更新続けていきますので、よろしくお願いします。




