目が覚めて
ドンドコドンドコドンドコ
胸の奥で、誰かが太鼓を叩いている。
ドンドコドンドコドンドコ
俺の心の境内の提灯が揺れ、橙色の光が夜風に踊る。
「うおおおおおおおおおおおおッ!」
ドンドンドンドンドンドンドンドン
激しい掛け声とともに、法被姿の俺の青春の化身達が神輿を担ぎ、波のように押し寄せていく。目指すは言うまでもない。あなたのいる場所へ。
「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」
肩を打ち付ける音、汗と熱気、その場にいる全員が、歓喜している。
この瞬間を祝福する為に。
この出会いに感謝する為に。
群青色の瞳の君。
あなたは一瞬で俺の心を掴んでしまった。
銀髪ボブを風になびかせて。
あなたは誰なんだ?
理由なんてない。
ただ、気づいたら目が離せなくて。
思い出すと呼吸すら不器用になっていて。
ドンドンドンドンドンドンドン!!!
「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」
どうしてこんなにも気になるんだろう。
どうして、こんなにも胸が痛いんだろう。
どうして、こんなにも心が踊るんだろう。
この気持ちは…
これが…
「恋?」
少し低めの落ち着いた、独特だけど、どこか安心出来る声が俺の代わりに答えた。
「違う!!これは……憧れ…?」
「うむ」
「……え…?!」
うわずった声が出て俺は目を開けた。
えっ…?えっ?誰!?
あれ…?ここはどこだ?
知らない…天井…。
じゃなくて!
いや、待って。
今俺…
「声に出てたよ。あんたのポエム」
ゲホッゲホォォ
ッゲホォォ…
っきゃあああああああああああああああ!!!
恥ずかしい。いっそあの骸骨野郎に殺されてた方が良かった。いや、嘘。それはないわ。ムンクの叫びポーズでクネクネギシギシ動いていたら声の主に怖い顔で睨まれた。ごめんなさい、ベッド壊れますよね。
「私はエナ、ここは街の診療所さ。あんたは【夜】に助けられてここに運び込まれたのさ。安心しな、あんたの言ってる事ほとんど分かんなかったから。ミコスィ…?がドンドコドンドコなんとか」
漆黒の髪を後ろで無造作にまとめた、淡い水色の瞳の女性がこちらを覗き込んでいる。
美人…の類なのだろうけど…片目に光る金ピカの眼帯が濃すぎるキャラを主張していて全然美人に見えない。さらに眼帯に貼られた可愛いポップなドクロのアップリケが強烈なギャップを生み出していてむしろ怖い。眼帯にイタズラされてません…?
白い衣に黒と銀の刺繍が施された礼服のような服を着ていて、いかにも医者という感じ。この世界でも医者は白衣を着ているんだな。いや、前世の医者は金ピカのドクロマークアップリケ付きの眼帯はしていないわ。だって威圧感凄いもん。
「ナイト…?」
俺は恐る恐るなんとかそれだけ聞いた。
「セレナ=ノクティア。あなたみたいな外者でも、名前くらいは耳にするだろ?」
「誰…ですか…?」
俺の反応を見るなりエナさんはより一層怖い顔で俺を睨んでいる。怖すぎる。そういう顔つきなのっ!って照れてデレるパターンであって欲しい。絶対違うと思うけど…。
「ハァ…まったく。いいか?セレナ=ノクティアは、黄泉門の都最強の魂環団【迦楼羅の環】所属で、ランクは【ヘクソラ】、絶対不可避の絶技【夜冥天幕】の技の特性から、二つ名を【夜】と呼び、その夜空を見たら最後、全方位からの剣撃が…………ゴホンッ」
あれ?頬を少し赤らめて…照れてる?
少し話しすぎちゃったわみたいな顔で咳払いとかしちゃって…?
デレるの?デレるのか?
「何だ?その顔は。張り倒すぞ?」
「っご…ごめんなさい…!?」
デレない。
「覚えてないのかい?あんた彼女に助けられたんだろ?」
「…?」
彼女…?途切れる前の記憶と今の俺の置かれた状況が一本の糸で繋がり、絡まって、ほどけなくなって、引きちぎった。
「まままま…まさか…」
ぎっ…ぎぎぎぎぎ銀髪ボブの乙女…!!?
「っぷぷ。憧れね…まぁ、あんな無様な姿を晒しちゃったらねぇ…“恋”なんておこがましくて言えないかねぇ…しかも相手はあの【夜】」
「あの…俺…どうやってここに…?途中で気を失って…」
いや、待って。聞くのめっちゃ怖い。
「あの子…久しぶりに会いに来たかと思ったら、子犬でも拾ったみたいな感じであんたを持ってきたのさ。っぷぷ…“お姫様抱っこ”で、ぷはははははは」
きゃああああああああああああああああああああああああ!!
もうお嫁にいけない。俺の二度目の青春も儚く散りますた。全部あのギャル女神のせいだわ。いきなり迷宮に飛ばしやがって!次あったら絶対あの女神のソックス引き伸ばす。ビロンビロンにしてやる。
「あんたの着てたシャツもビッリビリで、胸がはだけてて情報量多いっての!でもありがとう…久しぶりに笑わせてもらったわ。こんな情けない冒険者は初めてよ。しばらくこのネタですべらないわ。ありがとう」
この世界でもすべらないか気にするんですか。
ともあれ俺は二度目の“恥ずか死”を迎え、ここでエンドロールが流れ始めるのです。もうそれでいい。早く終わって。手を合わせた仏のポーズで俺は再び眠りについた。
「それであんた…どうせ外の国から出稼ぎかなんかで来たんだろ?紋が無いところをみると、魂環団にも入ってないね。ハァ…これだから若いもんは」
エナさんは、サークルがどうとか言って俺の胸をジロジロ見ながらまるでゴミ虫でも見るかのように目を逸らした。
え……何その反応?
体が自然とはだけた胸を隠し、静かにそっと…何かを失った気になった。
「ところで…その…エナさん?サークルって…?」
「………は?あんた…サークルを知らないのかい?」
好きなスポーツとか一緒にやろうって集まった同好会みたいな感じのあれ?大学生になったパリピがウェイウェイしてキャッキャうふふな事をするあれ?すいません、偏見です。
てかこの世界にもサークルってあるんだな。部室とか持つの憧れだったなぁ…部室に集まってお好み焼き焼いたり、たこ焼きパーティでタコの変わりにチョコレート入れたのがバレて女子に怒られたり。
ちょっと男子ぃ〜!?
「まー……いいや…私医者だから。説明もダルいし、とりあえず冒険者協会ってのがあるから、そこに行って説明してもらいな!忙しいんでね。ほら、さっさと行きな」
「ぼ、ぼぼぼ冒険者協会~!?」
あるんだ!異世界物の定番行事!冒険者登録!テンションあがってきた!
というか…この診療所の外は…街が広がってるんだよね。
異世界が…広がってる…。
「ふっ…目を輝かせているところ悪いがね。こっちも商売なんだ、お代はちゃんといただくよ。あんたの持ってた魂核を私の方で換金しといたから、これがあんたの分」
ソウルストーン…?って何ですか?って顔をしていたら、察した様にまたさらに怖い顔をして金ピカの眼帯をいじるエナさんに、これ以上聞くな、さっさと去れと心の声で言われ、俺はベッドからそっと降りた。
「ま…本当にどうしようもなくなったら戻ってきな。またあんたに怪我されちゃ治療した意味が無いからね。死なれても面倒だ。…ところであんた、名前は?」
「朝倉陽之介です。」
「ア……サクゥラ…ハルゥ…なんだって?まいーや、あ、あとこれ着な、ハル。その恰好じゃ外は歩けないからね」
「ありがとうございます…エナさん」
俺はエナさんからもらった麻っぽい素材の少しダボっとした上着を、破れたシャツの上から羽織った。
エナさんは何だかんだいい人なのかも。
そういえば気づいたのだが、俺はエナさんとは普通に話せるらしい。
え?タドタドシイって?これ、かなり話せている方です。
オカンっぽいからかな。
俺は多分またここに来ることになるんだろうな…
なんてフラグ的な事を思いながら診療所を後にした。
そして、異世界への扉を開ける。
★
エナは彼が去った後、ひとり診察記録を確認していた。
「まったく…世話が焼ける子だよ。」
「それにしても…軽い擦り傷以外に目立った点は無かった。脈拍に乱れもなく、血色も良好。皮膚の黒ずみも無し。紋無しで迷宮に入り…骸王騎士に追い回されて、何で…」
「“呪い”を受けてないんだ?」
普通なら呪いだけでも死んでるはずなんだが…
エナのぼやきを聞くものは誰もいない。




