俺にとっての青春
ー英雄。
それは、ただ強き者ではない。
深淵の闇に挑み、なお人の心を失わぬ者。
己が命を賭して仲間を守り、時に己の魂すら捧げる者。
刻まれし魂環の紋は、
世界が彼を認め冥府の記録に名を残す証。
英雄は死の迷宮を超えし導き手。
英雄は人々にとって希望の灯火。
英雄は運命に抗う反旗の狼煙。
ゆえに、英雄とは誰もが憧れ夢見る存在なのだ。
人でありながら、人を超えし証──。
それこそが『英雄』と呼ばれる者の姿である。
「朝倉陽乃介、16歳」
「彷徨える魂よ。あなたもまた英雄を求めし者…」
「ふひっ」
返事をしようと思ったら変な声になっちゃった。
恥ずかしい。
「我が名は、エンドルーメ」
「っへふ」
クソッ…うまく喋れんな。
白一色のただ平坦な空間に俺は立っている。
何てベタな展開。もう聞かなくても分かる。
俺の目の前に立つ可愛い女の子は間違いなく女神か女神的なサムシングだ。
服装が何故かセーラー服なんだけど、首から上は間違いなく女神で、顔はナタリー・ポートマンに似てるし、髪はピンクでいい感じに結んでいて、後頭部の後ろで神様的な輪っかが光っている。巨大な二つの膨らみはさすが女神と言ったところか。
いや、何でセーラー服着てんだ…!?
俺は心の中で大声で突っ込んだ。
ソックスも何でそんなダボダボなんだ!!?
何はともあれこの後俺は転生するんだろう。
「あれ…?聞いてる?聞こえてないのかな?もしもーし。」
「ボソボソボソ…」
「っえ?何ですか?」
俺は死んだんですか?
って聞いたんだが聞こえなかったか。
許してくれ、久しぶりなんだ。
キミの様な可愛い女の子と話すの。
いや、女の子と話すのが、か…。
いや、待って、人と話すのが、かも。
考えてて辛くなってきた。
「えーと…もしもーし…まいっか。“聞こえてる”し」
「はーい、じゃあいわゆる転生をしてもらいまーす」
え?何?聞こえてるって何が?
俺の心の声とか聞こえちゃう系?
恥ずかしい!俺心の中では結構喋る方なんですって変な感じ。
てかやっぱり転生するのか、俺。
「ふふふ。恥ずかしくないですよー。あまりに前世で報われなかったあなたを見て面白…じゃなくて気の毒だなって思い、転生の機会を差し上げます!」
ん?面白って言いかけた!?
腰に手を当ててウインクをしながらアニメのキャラクターの様に言い放つ女神。
可愛い。
「“青春したかった”これはあなたが前世で最後に言い残した言葉ですが、青春とは具体的には何をしたかったのですか?」
…そうですね。
同じクラスにちょっと気になる子がいるとしますよね?
「はい」
「あ、そのまま心の中で喋るのですね?」
まだ付き合ってはいないんだけど
お互いちょっと気になってて
学校帰りに一緒に帰りたいなって思うんだけど
クラスメイトに見られるのが恥ずかしいから
へへへ
学校からちょっと離れたところで待ち合わせして…
まだ中学生じゃん?あんまりお金が無いからカフェとか行けなくて
自販機で珈琲とか買っちゃってさ、しかもブラック!
俺ブラック飲めないのにねっ!!それで女子にはカフェオレ。
それで、商店街をプラプラ歩くんだけどクラスメイトに見つかっちゃってさ!
慌てて走って逃げるんだけど、その時彼女が俺の手をそっと_
「はいはいはいはい、ちょっと待って。長い長い。つまり女の子と付き合いたいって事でいいですか?」
「違う!!!」
「うわっ…びっくりした!はじめて喋りましたね」
「付き合っちゃったらそれはもうゴールなんだよ!!エンドロールのその先の話で、もう青春の範囲超えちゃってんの!ハッピーエンドのその後は想像にお任せしといたらいいんだって!」
「う…うん。ごめん」
なんか青春の話になるとうるさいなこの子。
あと意味わからない。
「付き合うまでの過程で巻き起こる色んななんやかんやが青春なんだよ!!恋が叶うとか叶わないとかそこは…重要…じゃなくて…ボソボソボソ…」
「分かった。分かったから、最後ボソボソ言ってて聞こえなかったし。でも要はキミが女の子に好かれないと始まらないよね?少なくとも。多分」
「ボソボソボソ」
「なんならめっちゃ女の子に好かれるカッコいい男になったら、色んな女の子に好かれて付き合うまでの過程で巻き起こる色んななんやかんやも、いーっぱい経験出来ちゃうんじゃない?それってキミの言う青春なんじゃない?」
女の子に…?好かれるカッコいい男…?
……いーっぱい?
「そうそう」
出来んの…?そんなこと?
青春いーっぱい出来ちゃう…?
キャッキャうふふな何やかんやが…?
「そうそうそう!青春いっぱいしちゃいたいかー!!」
「お…おお!」
「せいしゅーーんしたいかーーーーーー!!!!」
「おおおおーーーーー!!!!!!!!!!」
「もっと大きい声で!!青春する為ならどんな事も乗り越えられるかーーー!!!!?」
「うおおおおおーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「世界の命運はキミにかかっているーーーーーーー!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!」
お?
今なんて?
「じゃあ、キミに決めたーーー!!!!」
ポケモン選ぶみたいに何を決めた!!?
「君が行くのは――
生と死の境が交わる都、《ネクロアリア》。
そこでは、鐘の音が死者を見送り、祭りの夜には人と亡者が共に踊る。
その地下には《冥府回廊》が扉をひらき、かつての神々が眠り、敗れた魂が彷徨う迷宮が広がっている」
「冒険者たちは、魂を賭して潜り、己を鍛え、栄誉と死を同時に掴む。
英雄とは誰もが憧れる存在、その輝きは死すら超えて語り継がれる。
……君が望む“青春”は、きっとそこにしかないだろう」
待って待って!絶対そこにはないでしょ!?
そういえば最初に英雄がどうとか…俺…別に英雄になりたくないんだけど!
てか生と死の境が交わる都って言った?
幽霊とかマジで無理だよ!?失神するからね!転生するなら剣と魔法のファンタジー世界でレベルアップとかして無双出来るヤツがいいんですけど!!?
「大丈夫!剣と魔法もちゃんとあるし、レベルアップ要素もあるから!頑張ったら無双も夢じゃない!アンデッドモンスターをバッタバッタ倒して英雄を目指そう!」
「まーとにかく行けば分かるよ!キミにぴったりのスキルもおまけしといたから。今度は青春出来るといいね!」
待って?
待って待って待って!!!??
最後に…何でセーラー服着て………
「じゃあね、朝倉陽乃介くん」
「私の英雄になってね」
★
俺は今猛烈に後悔している。
変な女神に誘導尋問されるが如く、冥府の世界に転生させられて_
死にかけている
いや、絶対死ぬ!!!
ブォォォォ…ンンン…
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」
とてつもない速さで風を切る音が聞こえた直後、俺の背後で岩山が崩れ落ちた。
キャッキャうふふな青春が俺を待っているだなんて少しでも期待した俺が愚かだった。あと女神がちょっとだけ可愛くて青春からほど遠い生活を送っていた俺には眩しすぎて楽しくなっちゃったのが悪い。
いや、あれ完全にハニートラップだろ。
そんなんに引っかかる間抜けってマジでいるんだ…
俺だよ!!!
ッズン…
ッズン…
死ぬ間際で何考えてるんだ。
テンションバクってんだろ。
「ハァ…ハァ…」
こうなったら…
「ステータスオープン!!!!!!」
「………」
「違うのかよ…!!俺ぴったりのスキルって何だよ…ギャル女神!!!」
暗すぎてほとんど何も見えないが、時折淡く壁が光っていて、どこかの通路にいるという事だけは分かる。ここはおそらくさっきギャル女神が説明していたネクロポリスの迷宮の中なんだろう。いや、何で最初っから迷宮の中に落とすの?せめてどっか田舎の森の中とかじゃん?絶対遊ばれてる!
そして、コイツ_
真っ黒の甲冑みたいなので覆われたバカでかい骸骨。多分5mはある。ヤバいデカい剣を片手で楽々振り回してやがる。明らかに俺が何かしてどうこう出来る様な相手じゃないだろ!てか武器とか何か無いの?昔のRPGゲームですら最初からはじまりの剣くらいは持ってたよ!?
あの骸骨…見た目は笑えるくらいファンタジーなんだが。関節のギシギシ軋む音とか剣の振るう躍動感とか重みが全然ファンタジー感ないんだよ。山で熊に遭遇しても多分もう少し何とかなる感じありそう。遭遇したことないけど!
「何でこんな事に…結局また死ぬなら転生なんかさせんなよ…!」
「ファイアー!!」
「サンダー!!」
「水を来たれえええ!!」
「何か…出ろよ…!!!」
「クソがぁ………」
走ってるんだか転んでるんだか、もう自分でも訳が分からない。
そして、その時が来てしまった。
青緑に淡く光る壁に囲まれた俺は、ここが行き止まりである事を受け入れるしかない。
「何か…何かないのかよ!?」
ヒンヤリした何かを掴んだ俺は、通路を照らしていた光の正体がキノコだったと気づいた。ハハ…すげえファンタジー。左右後ろとも行動可能な逃げ場は見当たらない。もうどこにも逃げられない。
ッギィ…
ッギィ…
ッギィ…
骸骨騎士が引きずる大剣が地面との摩擦で火花を散らしながら近づいてくる。大剣の歯は何を切ってきたのか、ノコギリのように刃こぼれをしている。
血なのか何かの液もべっとり固まって付着してて最悪だ。
絶対嫌だ…あんなもんで切られて死にたくない!
グロ過ぎんだろ…!!
何が青春だよ…何がキャッキャうふふだよ!!
これじゃ…前世と何も変わらないじゃんかよ…
何も出来ず…成す術もなく、ただ死ぬだけ。
涙が溢れ、来るなとかやめろとか散々喚いた俺にもタイムリミットが来てしまった。下から見上げる骸骨騎士が大剣を振り上げ、俺を弄ぶかのように笑った、気がした。こんな骸骨に感情がある訳がない。てか脳とかないだろ。高く掲げた大剣が青緑に光るキノコに照らされ振り下ろされる刹那_
ふわっと、いい匂いがした。
例えるなら…体育祭の時に綱引きで前にいた女子の髪がふわっと鼻をかすめた時に香るシャンプーの様な…香しい…これが青春の…双魔塔…
ドォォンッ
空気を震わす鋭い衝撃音で俺の淡い青春の回想は途切れた。
突如迷宮内が夜闇に包まれ、数えきれない程の流れ星が流れた。同時に巨大な骸骨騎士が粉々にブッ飛びながら迷宮内の壁に激突しながらバラバラと地面に崩れ落ちる。
一瞬の時間差で突風が吹き荒れ、俺は吹き飛ばされた。
そしてバラバラに崩れた骸骨騎士は、白い燐光がはじけるように散り、小さな骨片や布切れ、光る石の欠片をぽとりと落として完全に消滅した。
「ハァ…ハァ…何が起きた…?」
俺は混乱しているのだろう。巨大な骸骨騎士の消えた後に現れたのは、ヒーローの着地ポーズから立ち上がろうとする、冷たく夜を連想させる様な美しい女性だった。
俺はこの瞬間を生涯忘れる事はないだろうと思った。
こんな冥府の迷宮に絶妙なタイミングで美しい女性が現れ…
コツンコツンと澄んだ靴音を響かせながらこちらに近づいてきて、俺の…え…?俺の着ているシャツを引き裂いて…?
っちょ…待って!何してるの?心の準備が…!
きゃああああああああ!!!
ビリィィッ
俺は夜の美女に服をビリビリに破かれて半裸になった。
「待って!ちょっと待っ…あなたは何ふぉっ」
噛んだ。
「魂環紋が無い…無所属?何でこんな場所に…」
黒と銀を基調とした軽装鎧に、群青のマントがなびく。
腰に装備されているのは、二振りの剣。
青みがかった銀髪は肩の上で綺麗に切りそろえられていて、整った顔立ちは幼さは残るものの、絶世の美女とはこの人の事を言うと思う。
「ボ…ボブだ…」
正直に言おう。俺はボブヘアが大好きだ。銀髪ボブ美女て…最高かよ。適度に膨らむ二つのマウンテンから光る瞳という名の朝日が顔を出す。
世界がひっくり返る前に見えたのは、群青色の瞳だった。
俺はゆっくりと、気絶した。
そして静かに、でも確かに青春の幕開け(よあけ)を感じたのであった。




