焚き火と串焼きと生きる糧
薪の爆ぜる音が、空き家の静けさを柔らかく壊す。
雨は止まず、窓の外には濡れた大地と沈黙した村の景色が広がっていた。
室内には仄かな焚き火の明かりが広がっている。
「背肉を使う。脂の乗りもいいし、繊維も細かい。焼きにはちょうどいい部位だ」
リフィはそう言って、ギーバの背肉を手際よく一口大に切り分け、細く削いだ木串に刺していった。
切断面は整い、どの串も見事に同じ厚みで、火の通りを計算して作られている。
串に刺された肉の表面には、白い粉が薄くまぶされていた。
「乾燥させたクムユを粉に挽いて、塩と合わせたものだ。生のような粘りも辛みもないが、肉の臭みを抑えて清涼感のある香りを残せる」
「なるほどな……香辛料ってやつか」
「まあ、そんなところだ」
リフィは串を炉の上に並べ、丁寧に火加減を見ながら串を返していく。
火が通るにつれて、ギーバの脂がじゅうと音を立て、炎に甘く焦げた香りを立ち上らせた。
クルツが鼻を鳴らして肩をすくめる。
「……正直、さっきまで生々しかった肉がここまで旨そうな香りをたてるとはな」
「ちゃんと処理すれば、食材になる。料理ってのは、そういうものだ」
リフィの声は穏やかだったが、その視線はどこか遠くを見ているようだった。
「串焼きってのはな……俺が初めて作った料理だ」
その言葉に、クルツとエルドの動きが止まった。
リフィは串を一本、火から外しながら、ゆっくりと話し始めた。
「まだ子どもの頃……独りで森にいた。身寄りも、帰る場所もなかった。ただ彷徨って、生きていた。ある時、やっとの思いで捕まえたんだ。小さな土鼠だった。すばしこくて、罠を仕掛けるにも知識も道具も足りなかったが……それでも何とか、手に入れた」
彼はその記憶を噛みしめるように語る。
エルドは口を閉じ、クルツは言葉を挟めずにいた。
「その鼠の肉は、臭くて硬くて……正直、美味いものではなかったよ。でも、あれは確かに、命をつなぐ“糧”だった。焼いて、食べて……生き延びるための証だった。孤独の中で、俺が生きているという実感を、あの一串がくれた」
火のゆらぎがリフィの横顔を照らす。
「だから、今は……どうすればその糧が“美味しくなるか”を考える。素材に向き合い、少しの工夫で生きるための糧を豊かにできる。あの時の教訓が、今の俺を作った。自分の原点なのかもしれない」
そう言いながら、リフィは焼きあがった串を二人に手渡した。
「食え。美味くできたはずだ」
エルドとクルツは、無言のままそれを受け取った。
香ばしい煙が鼻腔をくすぐり、串焼きからは脂がほどよく滴る。
ひと口かじれば、外は軽く焦げて香ばしく、中はジューシーで柔らかく、噛みしめるごとに肉汁が口いっぱいに広がった。
清涼なクムユの香りが脂の重さを受け止め、後味にほのかな爽やかさを残す。
「……うまい」
「いや、ほんと……これは凄い」
ぽつりと呟くように言ったエルドに、クルツがうなずく。
けれどその美味しさの裏にある、少年の頃のリフィの孤独と飢えを思い、どちらもどこかいたたまれない面持ちで串を見つめていた。
雨音が静かに包む中、三人の間には、ただ静かで、確かにあたたかな焚き火の灯りが揺れていた。