足止めと空き家の灯り
午後の光が傾きはじめる頃、三人はようやく村の輪郭を見た。
なだらかな斜面の先に、木と土で築かれた低い屋根の家々が並ぶ。
煙突から立ち上る薄い煙と、畑に立つ案山子。
春の気配に包まれながらも、どこか静謐で、慎ましやかな暮らしの匂いがした。
「……あれがノアスの村か」
エルドが小さく呟き、リフィとクルツもうなずく。
村の入り口に差しかかったところで、一人の村人がこちらに気づいた。
「おおい、旅の方か?」
土のついた手で鍬を支えたままの初老の男が、警戒と興味の混じった目で近づいてきた。
「旅の途中で寄らせてもらった。獣道でギーバに襲われてな……何とか仕留めて、ここまで来た」
エルドが淡々と事情を話すと、男の表情がはっきりと驚きに変わった。
「ギーバを仕留めたって?本当にか……?ここ数日、家畜が襲われていてな。こりゃ村長に知らせねば……!」
そう言うや否や、男は足早に村の奥へと走っていった。
それから間もなく村長と名乗る男が現れ、三人に深々と頭を下げた。
白髪混じりの髪に、端整に整えた身なり。
長年この村を見守ってきたような穏やかな風格を持っていた。
「旅の方々、ようこそノアスの村へ。ギーバを倒してくださったとのこと、感謝に尽きません」
「礼には及ばんよ。ただの通りすがりだ」
リフィがそう返した矢先——空が、唐突に唸りを上げた。
突風が森の梢を揺らし、湿った空気が一気に広がっていく。
「……降るぞ」
クルツが空を見上げると、冷たい雨粒がひとつ、またひとつと頬に落ちた。
あっという間にそれは土の匂いを連れて広がり、木の葉を打ち、衣を濡らす本降りとなった。
「参ったな。すまないが、どこか雨をしのげる宿はあるか?」
エルドの問いに、村長は苦い顔をした。
「申し訳ない。この村には宿はなくてな……旅人が来ることも滅多にないもので。だが、村の端に使われていない家が一つある。古いが屋根はまだ健在だ。よければ、今夜だけでも使っていただければ」
「助かる。屋根があるなら、それで十分だ」
三人は村長に礼を言い、案内されるままに小雨の中を歩いた。
辿り着いた空き家は、壁こそ苔むしていたが、中は乾いていて、薪棚も残されていた。
リフィが火を起こすと、すぐに暖かい空気が部屋を満たす。
三人は荷を下ろし、濡れた外套を脱いでひと息ついた。
「……ふぅ、ようやく落ち着けるな」
「火があるってだけで、こんなにありがたいとはなあ」
窓を打つ雨音が次第に強まり、外の世界を断つように室内に静けさが広がる。
リフィは静かに立ち上がり、荷から包みを一つ取り出した。
それは切り分けたギーバの肉のいくつかと、乾燥クムユの葉、細かく砕いた塩の粒である。
「そろそろ、夕飯が欲しい頃だろう?」
そう言って彼は、目の前に出した食材を眺めている。
雨の夜、旅人たちは囲炉裏を囲み、静かな食卓を待っていた。