ギーバの解体
リフィは腰に携えた折り畳まれた革包みを取り出す。
中から現れたのは、数本の細身の解体ナイフ、そして磨き込まれた骨抜き用の工具だ。
「……さて、始めよう」
ギーバの亡骸に向けてナイフを構えた。
風が止み、木々が見守るようにざわめきを潜める。
まずは前脚の腱を断ち、関節を外す。
力ではなく、正確さが求められる。
リフィの動きは無駄がなく、関節の隙間を丁寧に探り、刃を滑り込ませていく。
ぐらりと大きな前脚が外れると、次いで後脚も同様に処理をした。
「次は皮を剥ぐ、脂が乗っていそうだ」
腹側の柔らかい皮下に切れ込みを入れ、皮をそっと剥ぐように引きはがしていく。
血と脂がにじむが、リフィは淡々と作業を進める。
刃が筋に引っかかれば、小さく刃を寝かせるだけで切れた。
やがてギーバの体表から皮がすべて剥がされると、彼は頭と尾を落とし、脊椎の接合部にナイフを滑らせた。
「……ここからが本番だな」
リフィは腹部を開き、丁寧に内臓を取り出していく。
胃、腸、肝、心臓、肺。
どれも傷つけず、丁寧に仕分け、脇に広げた布の上にひとつずつ並べていく。
その所作に、エルドとクルツも思わず息を呑んだ。
「……まるで解体士みたいだな、あいつの手付き」
「俺、正直、ただの料理人って思ってた……」
処理の済み、枝肉となったものにはまだ血が滲んでいた。
リフィは軽く息を吐き、指先を立てて静かに唱える。
「《アクアミリオ》」
空気がひやりと揺れた瞬間、手元に澄んだ水がふわりと現れ、枝肉の表面を清らかに洗い流していく。
血が落ち、脂が整い、春の日差しを受けて新鮮な肉が美しく浮かび上がる。
「内臓や皮も、捨てるわけにはいかん。脂は調理油や火付けの元に活用できるし、皮は乾かして加工できる。内臓だってちゃんと処理すれば美味しく食べることができるしな」
そう言ったあと彼は、枝肉に手を伸ばし、各部位毎に丁寧に切り分けていく。
背肉、肩肉、腹身、腿肉。
筋を見極め、刃を入れ、脂身を分け、骨を断ち、それぞれを手早く包みに収めていく。
仕分けられた肉と素材は、美しく整列した小さな山となった。
「さて……運ぶとしようか」
リフィは背から革袋を外すと、手のひらを袋口にかざして呟いた。
「《ディメンシア・パック》」
袋の内部が淡く光り、次の瞬間、その小さな袋に全ての肉と素材が吸い込まれていった。
「……嘘だろ。今、全部入ったのか?」
「おいおい、俺の旅荷物も入るか?」
目を丸くして唖然とするクルツに、リフィは肩をすくめて笑った。
「やれないことはないが、この袋は食材と調理道具専用だ。そっちの荷物入れる余裕はないな」
「ったく……便利すぎるぜ料理人」
エルドが苦笑し、クルツがぼやきながらも納得するように頷いた。
再び歩き出す三人。
その背には春の空と解体されたギーバの痕跡だけが静かに残されていた。