鋼殻を裂き、亀肉を炊く
獣の咆哮が消えて、渓谷に再び静けさが戻った。
リフィは、深く息を吐き、倒れた《トルトゥス・ガード》の前にしゃがみ込む。
魔法の余熱により焦げついた周囲の地面と、未だわずかに鼓動を残すような巨体。
それを見下ろしながら、リフィは己の腰から解体用の小刀を取り出した。
「さて……君は“食える”のか、どうか」
魔物である以上、慎重に調べる必要があった。
肉の質、内臓の状態、魔力の残留度、毒性の有無——全てを見極めなければならない。
リフィはまず、砕けた甲羅と肉の境界線に沿ってナイフを差し入れる。
鋼のような甲羅は意外にも関節ごとに緩やかな可動部があり、そこを的確に突けば意外とすんなりと外すことができた。
「甲殻の裏は脂が層を成してるな……この脂、燃焼性が高い。焚き火油の代替にもなるかも」
内側の肉にナイフを入れると、柔らかい赤褐色の筋肉が現れる。
繊維は粗めで筋が強いが、部位によってはゼラチン質の層が絡み合っている。
「コラーゲン層が多い……煮込み向きだな」
腸や肝を調べながら、リフィは小瓶の薬粉を取り出し、確認する。
毒性反応もない。
「安全性は高い。加熱処理で問題なく食用にできる……栄養価も高そうだ」
リフィは背負ってきた簡易調理具を取り出す。
魔亀の腹肉を数切れ切り出し、持参した根菜とともに鍋に入れる。
香草とセニオンの葉を少し、塩と乾燥果実の皮を加え、ゆっくりと火を入れていく。
焚き火の上、湯がぐつぐつと踊り始める頃、亀肉特有の濃厚な香りが立ち上った。
それは獣肉とも鳥とも違う、野生と淡白さの混じり合った、独特の風味だった。
「……これは、悪くない。脂の旨味が穀物にも合いそうだな」
一切れ、火の通りを確認しながら口に運ぶ。
口内で広がるのは、意外なほど柔らかく、甘みを帯びた野趣。
繊維は強いが、煮込みによってとろけ、舌の上で静かに崩れていく。
「亀肉特有の癖が出ないのは、こいつが魔物だからか……火の通し方次第では、何にでも十分に使える」
彼は煮汁の一部を小鍋に分け、濾してスープにする。
セニオンの苦味が脂の甘みを引き締め、香草が後味を整えている。
「病人用には脂を落としてスープに、労働者向けには煮込み肉に……用途は広い」
リフィは満足げに頷き、最後にもうひとつ、試すように呟いた。
「乾燥させて保存肉……いけるか?」
亀肉を薄く切り、岩塩で揉み込んで乾燥用の板に並べる。
陽光は乏しいが、燻すことができれば保存食にもなる。
「獲物として命を奪った以上、余すことなく使わないとな……」
火がパチ、と弾けた。
霧の中、煮えたぎる鍋の湯気は、どこか心を温めるように香った。




