知る人ぞ知る店の常連
日が高くなるにつれ、店には常連たちの足音がぽつぽつと集まり始めた。
木の引き戸が軋む音とともに、二人組の人影が現れる。
「おう、リフィ。煮えてるか?」
「おでんがあるって札に出てたからな。朝っぱらから楽しみにしてたんだ」
入ってきたのは、冒険者のエルドとクルツ。
エルドは皮鎧を羽織った短髪の男で、片手の剣を腰に揺らしている。
対してクルツは少し軽薄そうな笑みを浮かべた弓使いで、飄々とした口調が特徴だ。
「今日のもよく味が染みている。すぐ出そう」
リフィが静かに答えながら鍋の蓋を持ち上げると、湯気とともに漂う香りに、二人の顔がぱっと綻んだ。
「うお、ムア揚げの香ばしさが……これはいい酒の肴だな」
「ほら来た。リム姐さんが飛びつきそうな香りだ」
その名を聞いたとたん、背後の木戸が豪快に開いた。
「誰が飛びつくってぇ〜〜? こっちはもう舌が疼いてるのよっ」
入ってきたのは、胸元をゆったりと開けた深紅のチュニックに身を包んだエルフの女性、リムだった。
目元は少し赤く、すでに酒気を帯びているようだが、立ち姿はどこか優雅さを保っている。
「リフィぃ、熱いやつちょうだい~。ゴアの肉がいっぱい入ってるともっと嬉しい!」
「肉ばかりじゃなくて野菜もちゃんと食わにゃあかん」
続いて入ってきたのは、腰の低いドワーフのゴドム爺さん。
ぶ厚い眉をしかめながら、白いひげを撫でている。
「クルの根、ちゃんと煮えてるか? あれがな、出汁を一番吸うんじゃよ」
リフィは頷き、それぞれの好みに合わせたおでんを木の器に分けて出した。
エルドには、香ばしいムア揚げを多めに添えて。
クルツには味の染みたコクズの卵と食感の楽しめるモロフを。
リムにはたっぷりとゴアの肉を入れ、風味の強い出汁を多めに。
そしてゴドムにはクルを中心に多く盛った。
「……はぁああ、沁みるぅ〜〜……」
リムがごくりと酒を含み、熱々のゴアの肉を口に運んで頬を染める。
コクズの卵をほおばったクルツが思わず肩をすくめる。
「黄身がとろけた……こりゃあ反則だ」
「んぐ……ムア揚げの香りが汁に移っとる……その汁を吸ったクルの味ときたら、完璧じゃ……」
ゴドムが目を閉じ、両手で器を抱きかかえるようにして呟いた。
「……ふふ」
客たちのそんな反応を聞きながら、リフィは黙って椅子に腰を下ろし、湯気の向こうの景色を眺めた。
この森の奥の店に、異なる種族たちが肩を並べて味に酔う——それこそが、タクミが言っていた「味の層」に通じるものがあるだろうか。
やがて、外の木々が夕日色に染まりはじめる頃、店には笑い声と湯気と、出汁の香りがいっそう濃く立ち込めていた。