希望の処方、繋がる意志
療養院の夜は、しんと静まり返っていた。
窓の外では風が高くうなり、城塞都市ホウバステオンの黒い輪郭をなぞっていた。
調理場でリフィが薬湯の火を落とした直後、扉が勢いよく開き、エルドとクルツが戻ってきた。
「リフィ、大変だ。聞いてくれ……!」
テーブルを囲み、灯の下に広げられたのは一枚の紙片と、小さな薬包紙。
それらは、危険な中で手に入れた手がかりだった。
まず、リフィは療養院での発見を語った。
ユズカが託した薬包紙、その中身は黒ずんだ魔晶石の粉末、アルブグラス、炎熱花だった。
どれも薬とは呼べぬ代物。むしろ、“人体に魔晶核を生成するための毒”としか言いようがない。
「この薬は、軽症の段階で処方されていました……ユズカさん以外、誰も疑わなかった。けれど、これが“核”を育てる毒でした」
レイナが唇を噛みしめながら言った。
そして、エルドが語る。
"燈草堂"という薬屋で見つけた同じ薬包紙に包まれた粉末、焼け跡、探索隊の失踪。
さらに、襲撃者の自壊と共に残されたメモの内容——
「"第二段階 核の成功例確認済、配布継続"……"障害対象:レイナ追加"とあった」
言葉を失うレイナに、リフィは静かに目を向けた。
「ユズカの病状が進行しているのも、同じ理由だろう。核生成の真相に近づいたからおそらく薬包紙の粉末を無理やり飲まされたのだろうか」
沈黙が落ちる。
空気に、重く沈んだ現実が降り積もっていく。
「魔晶核を“人の体”で生成する——それが、この都市全体を巻き込んだ計画の正体かもしれない」
リフィの呟きに、誰も否定しなかった。
「そして、その“人体実験”は段階的に進んでる。軽症者には毒薬が処方され、重症者は魔力に蝕まれ、最後には核が現れる……まるで“魔物”を作ってるようなものだ」
クルツの声は低く重い。
「ユズカさんは、それを止めようとして倒れた。……そして、次はレイナ……」
レイナは、胸元の手をぎゅっと握りしめた。
「逃げません。ユズカさんが命をかけて託したこと、私も、引き継がなきゃならないから」
しばしの沈黙の後、リフィは一冊の手帳を開いた。
そこには、“断章”として伝えられた処方詩が記されていた。
白き願いの葉は風に舞い、清き苦みで滞りをほどく
黒き夢より摘まれし花は、眠りとともに心を鎮め
深紅の果実は命の核を抱いて、その身を紅蓮に捧ぐ
「“白き願いの葉”は、きっとホワイトセニオンだ。強い陽光を浴びて白化した変種。セニオンより強い解毒効果を持ち、炎熱花と魔晶石自身の毒効に有効なはずだ」
「それなら、北の山地に群生がある。こちらに届ける手段を考えるわ」
レイナが応じる。
リフィは頷き、ページを指でなぞりながら続けた。
「“黒き夢より摘まれし花”は、ユズカが残したアルトナムだと思う。彼女は、核生成の魔力に対する中和素材として、あれを残してくれていた」
そして最後の一句に、指を止めた。
「“深紅の果実”……これは生のセッタだと……思う」
「でも、今はまだ生のまま使えるセッタは流通してない。採取できる土地はあるけど……」
クルツが地図を開きながら言った。
「そうだな。今だとこの周辺地域ではまだ季節が早いから……火山帯に近い地域なら温暖で採取も可能だと思う」
エルドも視線を鋭くした。
「だが時間はない、この病の進行は続いている。毒が広まり、核が育ち、誰かが命を落とす」
リフィは黙って灯の明かりを見つめた。
「セッタについては俺に任せてくれ。心当たりがないわけではない」
リフィは言葉を続ける。
「処方詩は“治療法”だ。断章ではあっても、希望の糸口には違いない。だがあとは——」
「核の生成を止め、原因となる計画を絶たなきゃならないってことだろ」
エルドの言葉に、皆が静かに頷いた。
ホウバステオンに広まる病の処方は、今ようやく始まったばかりだった。




