炎の襲撃者
ホウバステオン南区、夕暮れが夜の帳に変わろうとする時刻。
街の影が濃くなり、灯りの途切れた裏通りを、エルドとクルツは足早に進んでいた。燈草堂での奇妙な発見をリフィに報告すべく、療養院への帰路を急いでいたのだ。
「……誰かに見られてる気がする」
クルツが低く呟いた。
「気のせいじゃないな」
エルドは自然な歩調を保ったまま、通りの曲がり角を視線で探る。
その瞬間、背後から風を裂く音が走る。
「下がれ!」
エルドの叫びと同時、クルツが身を翻し、迫る火矢を寸でのところでかわした。
その矢は石壁に突き刺さり、破裂するように小さな爆炎を散らす。
「魔法か!?」
「姿は——そこだ!」
細い路地の陰、火のように揺らめく紋様を額に刻んだ男がひとり、黒衣に身を包んで立っていた。
その目は血走り、理性の欠片も感じさせない。
「話す気は……なさそうだな」
エルドは剣を抜き、前へ出る。
クルツが背後に回り込むように動き、男との間合いを取る。
一対一にはせず、連携での対応を即座に構築する——それが彼らの戦い方だった。
襲撃者は両手に火を宿し、爆ぜるように放つ。
その火は空気に魔力を染み込ませるように燃え広がり、避けた路面を灼く。
「……炎属性、それも精度が高い」
「だけど——」
クルツが懐から投げナイフを放つ。それは狙い澄ましたように襲撃者の腕へと突き刺さった。
男が叫びもせずに振り返る瞬間、エルドの剣がそのまま打ち込まれる。
金属が肉を裂く音。そして、次の瞬間——
「まずい、逃げる気もないぞ!」
男は胸に手を当て、何かを呟く。
魔力の奔流が全身から吹き出し、皮膚がひび割れるように発光する。
「おい自爆か……!」
男の肉体が激しく燃え上がり、数秒で黒い灰と化した。
エルドはぎりぎり男から距離を取り、炎に巻き込まれずに済んだ。
辺りには焦げた肉の匂いと共に、妙な粉塵の残滓が舞っていた。
「自壊……か。完全に“使い捨て”の兵士だな」
クルツが眉をしかめ、足元の焼け跡を見下ろした。
「待て、あれ……」
黒く炭化した布の切れ端の中から、何かが紙片となって残っていた。
「焼け残った……手紙か?」
エルドが慎重に拾い上げ、破れた文字を読み上げる。
——《第二段階 核の成功例確認済、配布継続》
——《障害対象:レイナ追加》
ふたりは目を見合わせた。
「……第二段階、核? 配布だと?」
「標的……?」
何か良くないことが今もまだ進行しているかもしれない。
喉奥を冷たく塞いだ。
「急ごう。リフィに、この情報を渡さなければ」
エルドは言った。
クルツは背を翻し、すでに走り出していた。
この城塞都市で起きているきな臭い出来事がひとつに繋がりつつあることを、二人は予感したのであった。




