無人の薬屋
南区の裏路地は、城塞都市の喧騒から切り離されたように静かだった。
建物は軒並み古びており、舗装の剥がれた石畳を歩けば、足音だけが鈍く響く。人の姿はほとんどなく、どこか冷えた空気が一帯を包んでいた。
「……あそこだな、“燈草堂”」
クルツが指差したのは、路地の突き当たりにぽつんと佇む一軒の薬屋だった。
扉も窓も閉ざされ、薄く埃をかぶった看板が、辛うじて店の名を伝えていた。
扉を押し開けると、微かな鈴の音が鳴った。
中は薄暗く、棚には乾燥薬草の束や薬瓶が並べられていた。
店の奥には誰の姿もない。まるで無人の倉庫だ。
「……妙だな。本当に営業中なのか?」
エルドが呟くと、足元の床板がきしむ音が答えた。
クルツが棚を一つ一つ確認していくと、小さな札が見つかった。
「ご自由にお取りください。料金は右奥の箱へ」
「……見た目以上に、管理がゆるいな。怪しすぎる」
店内の空気には、薬草とは異なる、どこか焦げたような匂いがわずかに混じっていた。
クルツがその匂いを辿って棚の隙間を覗く。
「エルド。こっちに……なにかある」
指差した先には、棚の裏側、壁の一角に円形の黒い焦げ跡があった。
周囲の壁もわずかに熱で変色しており、何らかの魔法が放たれた痕のようだった。
「ここで……誰かが魔法を使った? いや、もっと根が深いかもしれん」
クルツがその下部に落ちていた記録長を拾い上げた。
「セニオンの効果安定。だが段階Ⅱ以降、反応薄」
「赤標薬:熱性媒介の反応良好。対象10名超、成功4」
「最終項:黒結晶添加→核化試験中」
「これ……何かの実験か?」
二人は店内をさらに奥へと進んだ。
すると、階段下の収納棚に、無造作に積まれた薬包紙が見つかった。
二人が無言で顔を見合わせたその時だった。
二階の床が、ギィ……と微かに軋んだ。
エルドはすかさず背を壁に預け、剣の柄に手を添えた。クルツも構える。
「誰か……いるのか?」
だが、返答はない。
ただ、再び沈黙が戻る。
「気配は……もう消えたか? 」
「逃げたのかもな。俺たちが来たことに気づいていた……?」
緊張のなか、ふたりはそれ以上の追跡を断念した。
相手の正体が不明なままでは、罠の可能性もある。
「いったんリフィのところへ戻ろう。ここで見つけた薬はなにか怪しすぎる」
クルツが慎重に薬包紙を数枚、袋に収める。
「まだ一つ、気になることがあるが……」
エルドが小さく呟いた。
「ギルドでの報告。下層区域で失踪した冒険者の探索チームだな」
病とは関係がないが、街で行方が分からなくなった者の調査依頼で探索しているパーティがいなくなるなんて普通ではありえない。
いずれにせよ、人の手によって仕組まれたものの匂いが強まっていた。




