ユズカの薬包紙と魔晶核の兆し
地下の静寂を揺らす微かな吐息のなか、ユズカは震える指先で懐から小さな包みを取り出した。
彼女は、それをリフィの手にそっと渡すと、かすかに首を横に振り、再びまぶたを閉じた。
「……ユズカさん……」
レイナがそっと名を呼ぶが、ユズカはすでに深い眠りに戻っていた。
リフィは掌にある薬包紙をじっと見つめた。
指先に感じる温度は、なぜか重く沈んでいる。
ただの薬ではない。彼女が命の限りで託そうとした何か。
そこに何が隠されているのか——。
「……この包み、見覚えあるか?」
問いかけると、レイナは目を見開いた。
「これ……見たことある。軽症者に熱と喉の痛みが出たとき、最初に処方された薬……でも、うちの療養院ではこの薬はだしていないはずです。それに成分も分かりません……」
「なら、調べよう。中身を」
リフィは静かに言った。
二人は地上の一室へ戻り、調合に使う備品が並ぶ調査棚を探った。
レイナが分析用の道具を手際よく整え、石臼や薬鑑定盤を用意していく。
リフィが慎重に薬包紙を開くと、中には黒ずんだ粉末と、淡い緑と紅の粒が混ざった複合剤が現れた。
「……これは」
レイナが口を開く。
「まず、この黒い粉。構造が結晶性で、魔力に強く反応してる……魔晶石の粉末。それも、黒ずんでる。浄化されたものじゃない」
「どの魔物の核かは?」
「……結晶構造が壊れてて、判別不明。でも、体内に取り込んでいいものじゃない。濁った魔力が強すぎる」
「つまり“毒”だな」
リフィが低く呟いた。
「そしてこれは……アルブグラス。魔力の回復に用いられる素材だけど……“魔力の増幅”を助ける作用もある」
「さらに……これは」
レイナは紅い繊維のような欠片をピンセットで持ち上げた。
「炎熱花。魔法儀式に使う熱属性の強い媒材。直接体に入れるなんて、正気の沙汰じゃないです」
リフィはしばし無言でそれを見つめ、やがて口を開いた。
「……これを服用すれば、体内に魔力が発生し、炎熱花によって体内で熱や火属性の魔力が刺激され、魔晶石の核が形成される。……魔物と同じ構造を、人間の体の中に作るってことか?」
レイナの顔色が青ざめる。
「まさか……そんな、こと……」
「“命の糧すら拒む病”……その真意は、“命を魔晶石へと変える毒”かもしれない」
その時だった。
「!!」
地下から、乾いた音が響いた。
それは、何かが砕けるような——割れるような音だった。
二人は顔を見合わせ、すぐに階段を駆け下りる。
地下室に入ると、そこには恐ろしい光景が広がっていた。
ひとつの寝台の上、重症患者の胸部が大きく膨れ上がり、中心から血のように赤黒く濁った魔晶石の核が突き出していた。
周囲の皮膚は裂け、焼け焦げたような色に変色している。
「……嘘……」
レイナが膝を突く。
患者の目は虚ろに開かれたまま、もはや一切の生命反応を見せなかった。
肌は干からび、指先は痩せ細り、まるで乾いた木の枝のよう。
たった一瞬で、その全身から命という名の水分が奪われたのだ。
「魔晶核……体内に形成されたのか」
リフィは震える拳を握る。
彼は魔晶石の核にそっと手を近づけた。
そこから感じられるのは、熱と圧力、そして“火の魔力”の脈動——
「この病、“火の核”を生み出している」
「そんなこと……どうして、こんなことを……!」
レイナの目に、恐怖と怒りが交錯する。
静かに涙が滲み、頬を濡らしていく。
「ユズカさんは、このことに気づいたんだ……きっと、薬がおかしいことを見つけて……だから、リフィさんに託した……!」
リフィは震える手で薬包紙をもう一度握った。
託された警鐘と意思を噛み締めるように。
「なんとかしなければならない」
まだこの病の全ては明かされていない。
これは“始まり”にすぎないのだ。




