癒しの扉
ホウバステオン南区。
灰色の空の下、乾いた風が石畳を撫でるように吹き抜ける。
封鎖された療養院の前に立つと、リフィは立ち止まり、門の奥を見つめた。
重々しい鉄の門には“進入禁止”の札が下がり、門番すらいない。
不気味な静寂が辺りを支配していた。
背後から、クルツが呟くように言った。
「本当にここか……? 荷物を受け取る人間の気配すらねぇぞ」
「それでも、届けるべき物がある。俺はここで確認を取る」
リフィは荷車の横に立ち、封をした木箱の蓋をもう一度確認した。
南区療養院宛の薬草と食料——今やこの都市で最も必要とされているものである。
エルドが周囲を見回し、ひとつ頷いた。
「じゃあ、俺たちは街を回ってくる。冒険者ギルドがあれば情報もあるはずだ。東区と中央区も確認してみるさ」
「頼む。念のため、なるべく目立たずにだ」
ふたりは軽く頷き、街の薄暗い通りへと消えていった。
リフィは静かに門の前に立ち、脇にある小さな金属製の呼び鈴を鳴らす。
乾いた音が、空虚な通りに響く。
しばらくすると、門の内側から足音が聞こえ、ギギ……という鈍い音と共に、扉がわずかに開いた。
そこに現れたのは、顔の下半分を布で覆った若い女性だった。
肩まで伸びた髪は疲れの色を帯び、瞳の奥には眠れていない者の曇りがあった。
「どなたですか……?」
「療養院宛の便を引き継いだ者だ。食料と薬草を届けに来た」
女性は驚いたように目を大きくし、次の瞬間、何かを確かめるように一歩前に出た。
そして——彼女の瞳が、何かを確信したように揺らぎ、潤む。
「リフィ……さん……?」
リフィは一瞬だけ目を見開いた。
「……レイナか?」
その名を口にした瞬間、女性の目から涙が零れた。
「リフィさん、やっぱり……本当に……!」
彼女は力なく門を開け、足元もおぼつかないままリフィに近寄ると、その胸に縋るようにして倒れ込んだ。
「ごめんなさい……今まで……ずっと……!」
小さな肩が震えた。
「ユズカ先生が倒れてから、私……たった一人でここを……っ……!」
リフィは驚きながらも、そっとレイナの背に手を添えた。
温もりのある、しかし酷く脆く感じる震え。
療養院の中からは微かに嗄れた咳と、呻くような声が聞こえた。
「……中を見せてもらえるか」
レイナはこくんと頷き、彼を中へと招き入れた。
療養院の内部は、かつての清潔な佇まいとは程遠い状態だった。
仕切りの布はよれ、寝台にはぐったりと横たわる患者たち。
薬の匂いと消毒の臭い、そして病の匂いが混ざり合っている。
「ほとんどの職員が倒れたか、逃げ出しました。残っているのは私と、病を患った者だけです……」
レイナの声は震えていたが、必死に冷静を装っていた。
「物資の多くも滞って……このままでは、いずれ皆が……」
リフィは一つ一つの寝台を眺め、呼吸の浅い者、痙攣を伴う者、うわ言を呟く者を確認していく。
「レイナ……お前は、こんな状況で、ずっと一人で?」
「はい……誰も、他の区から助けに来ないんです。皆、この病を……まるで呪いのように恐れて……」
その言葉に、リフィの胸が重くなった。
彼は静かに腰の荷を降ろし、物資の封を切る。
乾燥豆、保存食、セニオン、ソラ実の皮——あらゆる基礎素材が顔を覗かせる。
「……火を借りる。今日からここで、俺にできることを始める」
レイナはその言葉に、わっと涙をあふれさせた。
そしてまたリフィの胸に顔を埋め、声にならない嗚咽を繰り返す。
“命の糧すら拒む病が来たれり”
その詩の一節が、再び彼の胸に落ちた。




