灰葉の予兆
翌日を迎え、春の陽が斜めに傾きかける頃、カレンの町に一行は到着した。
市場はまだ喧騒に包まれており、各地からの行商人たちが集い、町の中心を流れる広場には仮設の屋台と物見高い人々の声が交錯している。
そんな通りの一角で、喧騒とは違う騒ぎが起きていた。
「おい、下がってくれ! 崩れた荷が——!」
数頭の荷馬が引く大きな荷車が、前輪の車軸を軋ませながら傾き、積まれた木箱が派手に転がり落ちた。麻袋や板箱が破れ、乾いた草の匂いと薬のような刺激臭が周囲に漂い出す。
リフィたちが通りすがりに足を止めたのは、まさにその瞬間だった。
「ずいぶん派手に崩れたな。……ん? あの印……」
エルドが目を細める。
「ホウバステオンの印章だな。南区療養院のものだ」
リフィがすぐに応じた。
混乱の中で、運搬係と衛兵が手早く荷の再積み込みを進める。
傍らには木片に割れた箱が残され、その中身——乾燥した薬草が風にあおられて舞い上がっていた。
ふと、リフィはその中の一枚に視線を留める。
路面に落ちていたのは、薄く色の抜けた、灰緑色の葉。
乾燥してくしゃりと丸まり、葉脈の模様だけがかろうじて残っていた。
「……これは」
拾い上げ、光に透かす。
葉は細く、縁が細かく縮れ、特有の淡い香りが鼻をくすぐる。
「セニオンの葉だ」
リフィがぽつりと呟いた。
クルツが横からのぞき込みながら眉をひそめる。
「セニオン? それって……どこかで聞いたような」
「解毒に使われる草だ。特に、軽度の神経系の毒の中和や体内の魔力の活性化を抑える効果として効く」
リフィは記憶を探るように目を伏せた。
「けど、これは妙だな」
「妙って?」
「セニオンは保存も難しいし、使用用途も限られる。都市の療養院で日常的に使うようなものじゃない。……それがこんなに大量に、しかも療養院印の木箱ごと運ばれてる」
「どういうことだ?」
リフィは少し間を置き、葉を指先で撫でた。
「病の原因が“毒”である可能性があるということだ。これだけのセニオンを使うということは、それだけの毒を中和する必要があるからだ」
エルドとクルツが言葉を失う中、近くで木箱を整理していた運搬係たちの話し声が耳に入った。
「ホウバステオンじゃ今、病人があふれてるらしい。南区の療養院も、封鎖されたままだって」
「そりゃ本当か? 医者も足りないって話だし……喉が焼けるように痛んで、声が出なくなるって」
「最初は風邪かと思ってたが、薬が効かない。水すら受け付けなくなるんだと」
風にまぎれるような声だったが、リフィの耳には、ひとつひとつが真実のように響いた。
風邪のような病の症状にセニオンを必要とする“毒”のような喉を焼くような痛みで声を奪う症状。
そして療養院の封鎖。
まるで何かを恐れて隠しているような気配。
「……“命の糧すら拒む病が来たれり”か」
詩の一節が、再び脳裏をよぎる。
リフィは拾い上げた葉を布に丁寧に包み、自分の荷の中にしまい込んだ。
「俺たちは“偶然”を踏んでるかもしれないな」
彼はぽつりと呟いた。
その言葉の真意は、まだ誰にも分からなかった。




