異郷の味との出会い
朝霧の中で鍋を見つめるリフィの横顔には、どこか懐かしさと敬意が入り混じった穏やかな表情が浮かんでいた。
淡く立ち上る出汁の香りに、ふと、あの旅路の記憶がよみがえる。
あれは、いつの頃だろう。
リフィが西の果てに向かう際に平原を越えようとしていた頃であったか。
夜も更けた焚き火のそばで自分で作ったスープを前に、ひとりの人族の男と出会った。
名はタクミといっただろうか。
黒髪を風に揺らし、感じた事は無い匂いをまとった、不思議な雰囲気の旅人だった。
「兄さんや、冷えた夜に温かい汁物はいいものだよな」
そう言って、タクミも何もない空間から鍋を出した。
その鍋の中に浮かんでいたのが、“おでん”というものであった。
見慣れない具材に、見知らぬ調理技法で作られたであろう料理。
透明な湯のような汁に野菜や卵、練り物と言われるものが沈み、どれもが素晴らしい味を含んでいるように見えた。
相伴に預かりながら話を聞くに、出汁とやらの力で素材の旨味を引き出すその料理法は、まるで魔法のようだった。
「兄さんのスープに使われているのはクルの根を中心とした根菜か。あとは軽く溶いたコクズの卵を入れている……悪くない。でもな、この手の料理は味の層を重ねること。そうすると素材の味がさらに引き立つ」
タクミはまるで魔法だと思った出汁の概念や調理法などを、熱く語ってくれた。
彼の言葉はどこか温かく、確かな信念があった。
その晩、リフィは冷えた身体をあたためる湯気の向こうに、“心を煮込む料理”を見たのだった。
それから、リフィは旅から戻り、森であの時のおでんを再現しようと試みた。
何度も失敗し、何度も味を確かめながら、自らの解釈と森の恵みを掛け合わせて、今の味に辿り着いた。
リフィは鍋の中で静かに踊る出汁の泡を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「タクミよ。お前から教わった“おでん”、この森でも息をしているぞ」
そして彼は、客を迎えるために、そっと火加減を調整した。