【幕間:リフィの過去】毒草と塩水、そして一杯の湯
療養院の応急処置が落ち着いた翌朝。
ユズカはまだ崩れた建物の一角に残り、村人たちの体調を見守っていた。
リフィも、その横で静かに包丁を研ぎながら、簡単な朝食を作る準備をしていた。
「今日は粥じゃなく、煮物でもしようかと。村の倉に少しだけ乾燥豆があった」
「いいわね。あたたかいものは、それだけで元気が出るわ」
そう言ってユズカは微笑むと、ぽつりと続けた。
「ただ、今日は少し……試してもらっていい?」
彼女が差し出したのは、見た目のよく似た二種類の細長い葉だった。
緑と紫がまじったものと、やや鈍く黄緑がかったもの。
「どちらが“煮込みに使える野草”か、見分けてみて」
リフィは一瞬たじろいだが、すぐに葉の質感、香り、裏面の筋を観察し始めた。
だが、見た目には差がほとんどなく、少しだけ紫が濃いものに手を伸ばしかけた瞬間——
「それ、煮ると毒になるわ」
ユズカの静かな声が落ちた。
「えっ」
「“ミルグサ”って呼ばれる葉。そのままだと熱で苦味が飛ぶんだけど、粘膜をじわじわ焼く作用があるの。味は悪くないけど、食後に喉が腫れてくる。煮物に入れたら厄介よ」
リフィは思わず葉を置き、手を拭った。
「……全く分からなかった」
「それはそうね。見た目は似てるし、でも香りが違う。こういうのは、一度間違えると人を傷つける。だから、知識として知ることが大切」
ユズカは懐から小さな木箱を取り出し、乾燥葉と何かの実の皮を湯に入れながら話を続ける。
「たとえば、ミルグサを干してから塩を振りかけて軽く炙れば、喉の消毒に使える。でもさっき言った通りで煮込めば毒。使い方次第で“毒にも薬にもなる”ってわけ。だからこそわたしは面白いと思ってる。たとえば、昨日の薬粥のムク芋も、生のままでは胃を荒らすって知ってた?」
「……食べたことがあるから流石に知っていたな」
ユズカは笑い、温めていた湯を湯のみで差し出した。
「それが知識として知るということ。それじゃあこれも試してみて。これは“毒消しの湯”。軽い疲れや悪寒の兆しにもいい。ミスティ草とソラ実の皮、それと塩だけ」
リフィは一口飲むと、ふわりとした芳香が喉を抜けた。少し苦味があるが、体がじんわり温かくなってくる。
「……美味くはないが、体に効く気がする」
「それが“食の薬”ってやつ。その湯には美味しさをあとで足せる。でも効き目は、素材の処理で決まるの」
ユズカは自分で煮込んだ葉を干す準備をしながら、どこか誇らしげに言った。
リフィはその背を見ながら、刃を見直した。
食材を切るこの手は、今後もっと多くの命と向き合うのかもしれない。
その責任を少しずつ知っていくことが、成長なのだと思った。