【幕間:リフィの過去】癒す食事
それは、まだリフィが店を持つ前、料理人としての修行の旅を始めた頃の話だ。
寒さの残る春先、彼は遥か東方の峠を越えた先の小さな村に立ち寄った。
その村には、かつて療養院と呼ばれる建物があった。
だが山鳴りと共に起きた地滑りで建物の一部が崩れ、今は住人のほとんどが村の広場に設けられた仮設の帳に避難していた。
リフィはその療養院の裏手、崩れかけた離れの建物で、妙に静かな空気を感じた。
「傷を抑えて。動かないでください、そう……はい、今から少し熱くなりますよ」
静かな声が聞こえた。
のぞき込むと、半壊した廊下の奥で、一人の女性が患者の足を包帯ごと手で押さえていた。
その手のひらから、微かな光がゆらめき。
それは治癒魔法の光であった。
彼女は長い栗色の髪を後ろでひとつに結い、地味な薬草染めの衣をまとっていた。
年はリフィの見た目よりは少し上に見える。
穏やかな目をしていたが、どこか異国の雰囲気をまとっている気がした。
「あんた、薬師か?」
リフィが声をかけると、女性は軽く会釈した。
「ええ。ユズカといいます。旅の薬師だけど、ちょっとだけ魔法も使えます」
その声には優しさと、どこか距離をとるような控えめさがあった。
リフィも応急処置を手伝ったあと、空腹と疲労を抱えた避難者たちのために、薬草の湯を使って粥を作るユズカの姿を見ることになる。
鍋に入っていたのは、山で採れるムク芋と、煮るとやわらかくなる胃に優しいナダ豆、そして干して甘みを出した果実の皮だろう。
「傷は魔法でどうにかできても、体の中の力まではすぐには戻らないわ。
人は食べなきゃ治らないし、心だって空腹じゃ回復できない」
そう言って、彼女は粥を煮ていた火のそばに座り、リフィにも分けてくれた。
「……旨いな。なんだこの香り、苦くないのに薬草の後味がすっきりしてる」
「薬膳という考えがあるの。味と効能を両立させるように作るのよ。
それに——前世では“薬を扱う学び舎”に通ってたから。あ、ちょっと変な話だけど」
ユズカはさらりとそう言った。
「前世……?」
「この世界で生まれる前、私は違う国で生きていた。そこでは“医食同源”って言葉があってね。薬であろうと、料理であろうと、どちらも“生命を養う”ための手段であって、その根っこは同じなんだって。この世界の魔法もすごいけど、その世界では魔法なんてなかったから。だから素材と向き合って、丁寧に使う。私はそうしてるの」
焚き火の明かりが、彼女の落ち着いた横顔を照らしていた。
魔法で肉体を癒せても、心と力を戻すのは“食”——
その静かな確信に、リフィは深く頷いた。
「……教えてくれて、ありがとう。覚えておく。医食同源」
「ふふ、言葉の響き、ちょっと気に入った?」
「いや……意味が、俺の道と繋がった気がしてな」
彼は、彼女が差し出してくれた薬粥を、ひと匙ずつ味わいながら噛みしめた。