薬湯とシタレ蛇の調理
山裾の湿地に入ると、日陰にひっそりと生えるシラヤ草の群生があった。
葉の裏には白い斑点があり、淡い芳香のあるユクモ草と、鋸歯状の細葉を持つケルメ草も近くに見つかる。
三種を摘み、手早く束ねて戻ると、焚き火のそばにはすでにエルドが座っており、顔色は悪い。
「戻った。すぐに取りかかる」
リフィは荷から鍋と小さな薬草包丁を取り出すと、薬草を水魔法で素早く洗って刻み、水を張った鍋に放り込む。
火にかけ、灰汁を丁寧にすくいながら、薬効を損なわぬよう煮出す。
だがその間、彼は流れる手際ですでにシタレ蛇の亡骸に向かって動き始めていた。
「さて……解体に入る」
リフィは長鉈ではなく、細身の解体用ナイフを取り出す。
まず、腹部中央に切れ込みを入れる。
鱗は硬いが、接合部を見極めて刃を滑らせれば、綺麗に縦に開ける。
中から内臓が溢れ出るように露出した。臓器は腹の大部分を占めており、血管が密に絡み合っている。
「血と肝と膵は……使えるか」
鮮度を確かめながら血を採取し、必要な臓器だけを切り離して袋に収める。
次に長い胴を、先ほどの長鉈で鱗をなるべく避けながら、5つに骨ごと断ち分け、解体用ナイフに持ちかえ、腹皮を剝ぎながら一枚ごとに鱗を剥ぎ取り、背肉と腹肉を筋に沿って切り出す。
蛇の骨は細長くしなやかだが、肉と強く癒着しており、丁寧な切り分けが必要だ。
それぞれ背骨に沿って肉を剥がし、厚みのある胴肉を帯状に3枚に切り分けて取り出すと、ようやく調理用の部位が揃った。
「次は、焼きだ」
リフィは蛇の胴肉を十数センチ幅にぶつ切りにし、塩を軽く擦り込んでから、大ぶりの金串を複数刺した。
肉は火にかけると丸まりやすいため、3本の串で横に支えるように刺し、形が崩れないよう固定してある。
「炭火のような火はないが、焚き火で片面ずつ焼く」
火のそばに背袋から取り出した鉄板を置き、その上に串を並べて火加減を調整しながらじりじりと時間をかけて焼く。
その間に、薬草湯が仕上がる。
煮詰まった茶褐色の液を濾して、器に注ぐ。
更にそこに、先ほど採取したシタレ蛇の血液を数滴垂らす。
「エルド、これを飲め。苦いが、これで痺れは抜ける」
「……もうお前の“苦い”って言葉が一番怖いんだよ……」
呻きながらもエルドは薬湯を一気に飲み干した。
舌にしびれるような苦みが残るが、数分後には右手の指がじわじわと動き始める。
「……お。戻ってきた。体もなんだかあったかくなってきたな……! 動く!」
「完全に戻るまでは休め。あとは食って体力を補え」
ちょうどそのとき、焼き上がったシタレ蛇の串から、香ばしい脂がぱちぱちと音を立てる。
焼き目の入った皮の下から、半透明に透き通った白身がのぞき、力強い香りが辺りに広がっていた。