寄り市の喧騒と蒸しテムの夜
日が傾き始めた頃、リフィたちは市の一角にある宿屋へと足を運んだ。
だが、宿の入り口にはすでに人の列ができており、中から出てきた店主の女が申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさいね、今日は寄り市でね。商人も客も皆泊まりに来てるから、もう部屋がなくって」
その後も二軒、三軒と回ってみたが、状況は同じだった。
「まぁ、しょうがねぇな。野宿にも慣れてるだろ?」
クルツが背伸びをしながら言うと、エルドも軽くうなずいた。
「天気は良さそうだしな。星でも見ながら寝るのも悪くない」
「じゃあ、炊き場にできる場所を探そう。火が使えるなら、少し手間をかけた料理もできるしな」
リフィのその言葉に、クルツが笑みを浮かべた。
「お、期待していいか? さっきのテム……あれ、見てるだけで腹減ってたんだよな」
「俺もだ。生地の香ばしい匂いと、あの焼き目。思い出すだけでも腹が鳴る」
二人の声に、リフィが少しだけ微笑を浮かべた。
「なら決まりだな。あれより少し手をかけたものを出そう」
見つけたのは、集落の外れにある小さな広場だった。
焚き火用の石組みと、わずかな木陰、水を汲める小さな井戸もある。
旅人たちがときおり野営に使う場所らしく、簡易な台と切り株の椅子も揃っていた。
リフィはさっそく荷から先ほど使用したメグ粉の瓶を取り出し、水で丁寧に捏ね始めた。
両手を使い、ゆっくりと力を込めて生地をまとめ上げる。
その動きは力強く、無駄がない。
しっかりとまとまったところで、生地を小さな玉状に分け、ぬらした布巾をふわりとかけて寝かせに入る。
「発酵を軽く進めて落ち着かせる。時間は少しかかるが、その分仕上がりは良くなる」
その間、リフィはもうひとつの作業に取り掛かっていた。
ギーバの背肉と腹身の一部を取り出し、包丁で粗く刻む。
そこに寄り市で購入した干しセッタを細かく刻んで加え、さらにゴマム豆のペーストをほんのひとさじ、更に香りづけにパーネッションを砕いて加える。
手早く練られたそれは、しっとりと艶のある肉種となった。
パーネッションの香りが鼻腔をふわりと満たす。
「よし、そろそろだな」
布巾を外したメグ粉の生地を一つずつ手に取り、掌で軽く潰す。
中央に先ほどの肉種をのせて包み込むように丸め、形を整える。
リフィは焚き火の鍋の上に蒸し台をセットし、湯気が上がる頃合いを見計らって、生地を並べた竹皿ごと、そっと乗せた。
「火加減は任せた。途中で湯が切れないように見てくれ」
「おうよ」
クルツが頷き、エルドも薪の火加減を見ながらリフィに任せる。
香りが立ち上り始める頃には、三人の腹も限界に近づいていた。
やがて、リフィが蓋を開けると、中から湯気とともに柔らかな香りがふわりとあふれた。
「できた。ギーバ肉の蒸しテムだ」
一つずつ取り分けて出されると、クルツが目を輝かせた。
「うお……湯気の香りだけでもうやられる……!」
一口食べた瞬間、二人の表情が変わった。
「……ふわっふわだ……」
「中の肉、ジューシーすぎるだろ……甘い、いや、違う……干しセッタの……旨味と甘みが……」
ギーバの力強い肉汁がじゅわりとあふれ出し、干しセッタの濃縮された甘みと、パーネッションの香りが一体となって包み込む。
ゴマム豆のペーストがほのかにコクを添え、後味まで綺麗にまとまっていた。
「なんでこんなもんが……野宿で食えるんだよ……」
感動と困惑を混ぜたような声で二人が口々に呟いた。
リフィは静かに火の中を見つめ、薪がぱちりと音を立てるのを聞いていた。
「場所なんて関係ないさ」
夜の帳が降りる中、蒸しテムの香りと三人の笑い声が、静かに春の闇に溶けていった。