メグ粉と信用
寄り市の熱気に満ちた午後。
ベルタの広場の一角で、リフィはまだ食材を見ていた。
その中で雑多に積まれた木箱の隅、どこか頼りなく並べられた麻袋に目を留める。
袋には大きく《良質 メグ粉》の札が掲げられていた。
中からひとりの若い行商人が顔を出す。
赤いスカーフを首に巻いた、血色のよい青年だった。
「よう、お兄さん。料理人だろ? このメグ粉、今日イチの掘り出し物だぜ」
にこやかに話しかけてきたその男は、自らをタントと名乗った。
「特に今日のはね、よく乾いてるし風味も強い。“テム”にすりゃ、やわらかく焼きあがるだろうよ!」
リフィは無言で麻袋に歩み寄り、袋の口に手を差し入れて粉を少量すくい上げた。
指でひとつまみ捻ると、粒子は荒く、ところどころ色がまだらに混ざっていた。
鼻を近づければ、わずかにうっすらと酸っぱい臭いと焦げ臭が混じる、鈍く濁った香りだ。
「……これはひどい」
リフィの言葉に、タントがきょとんとする。
「ひどい? まさか、冗談だろ? メグ粉だぞ? 発酵するからちょっと酸っぱいのは当たり前で――」
「違う。確かにメグ粉は自家発酵する食材ではある。だが“管理”がなっていない。これは乾燥状態が均一ではなく、甘いまま袋詰めした上に湿気を吸わせてる。こうなると保存がきかなくなり、時間が経てば“食材”ではなくなる」
タントの顔から笑みが消える。
「言いがかりだな。それは粗悪品だっていいたいのか。なら、証拠を見せてくれよ」
リフィは目を細めた。周囲の商人や客の視線が集まり始める。
「いいだろう。ならば、比べよう」
そう言うとリフィは自らの荷から小瓶を取り出した。そこには綺麗な淡黄色の自家製メグ粉が入っていた。粒は細かく均一で、かすかに甘く香ばしい匂いが立ち上る。
即席で用意された簡素な台の上、二つのメグ粉が水でこねられ、手際よく練り上げられていく。
丸く成形された生地を火にかけてよく焼き、即席のテムが二枚、並べられた。
「これが俺のメグ粉。そして、そちらがタントの粉だ」
興味を惹かれた数人の村人や商人が近寄り、様子を見守る。
見物人にひと口、タントの粉で作ったテムをちぎって食べさすと——
中はややべたつき、香りは重く、酸味が舌を刺す。
一方、同じようにリフィのテムも食べてもらうと、ふんわりと軽く、ほのかな甘みと香ばしさが広がる。
焼いただけとは思えない旨味の深さがあった。
「……こんなにも違うのか」
「これじゃあ、食べて腹はふくれたとしても、心は満たされねえな」
「まがい物を“良質”と売るような商人がいたら……信用なんて、ひとたまりもないさ」
誰かの呟きに、タントがはっと我に返る。
周囲の目は、いつの間にか厳しいものに変わっていた。
リフィは視線を戻すと、静かに言葉を落とした。
「食材は“もの”じゃない。誰かの口に入る、“信頼そのもの”だ。それをどう扱うかで、商人の値打ちが決まる。勉強しろ。今ならまだ、間に合う」
タントは俯き、しばらく黙っていたが、やがて深く頭を下げた。
「……すまねえ。俺、これからはちゃんと向き合。食べる側のことも、素材のことも」
リフィはそれに何も答えず、自身の粉を包みに戻して背を向けた。
そして歩き出すその背には、迷いのない料理人としての誇りと責任が滲んでいた。