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味の旅路~放浪するエルフは糧を求めて今日も往く~  作者: 壬生
世話になった貴方に最後の感謝を
11/33

メグ粉と信用

寄り市の熱気に満ちた午後。

ベルタの広場の一角で、リフィはまだ食材を見ていた。


その中で雑多に積まれた木箱の隅、どこか頼りなく並べられた麻袋に目を留める。

袋には大きく《良質 メグ粉》の札が掲げられていた。


中からひとりの若い行商人が顔を出す。

赤いスカーフを首に巻いた、血色のよい青年だった。


「よう、お兄さん。料理人だろ? このメグ粉、今日イチの掘り出し物だぜ」


にこやかに話しかけてきたその男は、自らをタントと名乗った。


「特に今日のはね、よく乾いてるし風味も強い。“テム”にすりゃ、やわらかく焼きあがるだろうよ!」


リフィは無言で麻袋に歩み寄り、袋の口に手を差し入れて粉を少量すくい上げた。


指でひとつまみ捻ると、粒子は荒く、ところどころ色がまだらに混ざっていた。

鼻を近づければ、わずかにうっすらと酸っぱい臭いと焦げ臭が混じる、鈍く濁った香りだ。


「……これはひどい」


リフィの言葉に、タントがきょとんとする。


「ひどい? まさか、冗談だろ? メグ粉だぞ? 発酵するからちょっと酸っぱいのは当たり前で――」


「違う。確かにメグ粉は自家発酵する食材ではある。だが“管理”がなっていない。これは乾燥状態が均一ではなく、甘いまま袋詰めした上に湿気を吸わせてる。こうなると保存がきかなくなり、時間が経てば“食材”ではなくなる」


タントの顔から笑みが消える。


「言いがかりだな。それは粗悪品だっていいたいのか。なら、証拠を見せてくれよ」


リフィは目を細めた。周囲の商人や客の視線が集まり始める。


「いいだろう。ならば、比べよう」


そう言うとリフィは自らの荷から小瓶を取り出した。そこには綺麗な淡黄色の自家製メグ粉が入っていた。粒は細かく均一で、かすかに甘く香ばしい匂いが立ち上る。


即席で用意された簡素な台の上、二つのメグ粉が水でこねられ、手際よく練り上げられていく。

丸く成形された生地を火にかけてよく焼き、即席のテムが二枚、並べられた。


「これが俺のメグ粉。そして、そちらがタントの粉だ」


興味を惹かれた数人の村人や商人が近寄り、様子を見守る。


見物人にひと口、タントの粉で作ったテムをちぎって食べさすと——

中はややべたつき、香りは重く、酸味が舌を刺す。


一方、同じようにリフィのテムも食べてもらうと、ふんわりと軽く、ほのかな甘みと香ばしさが広がる。

焼いただけとは思えない旨味の深さがあった。


「……こんなにも違うのか」


「これじゃあ、食べて腹はふくれたとしても、心は満たされねえな」


「まがい物を“良質”と売るような商人がいたら……信用なんて、ひとたまりもないさ」


誰かの呟きに、タントがはっと我に返る。

周囲の目は、いつの間にか厳しいものに変わっていた。


リフィは視線を戻すと、静かに言葉を落とした。


「食材は“もの”じゃない。誰かの口に入る、“信頼そのもの”だ。それをどう扱うかで、商人の値打ちが決まる。勉強しろ。今ならまだ、間に合う」


タントは俯き、しばらく黙っていたが、やがて深く頭を下げた。


「……すまねえ。俺、これからはちゃんと向き合。食べる側のことも、素材のことも」


リフィはそれに何も答えず、自身の粉を包みに戻して背を向けた。


そして歩き出すその背には、迷いのない料理人としての誇りと責任が滲んでいた。

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