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第六十八話 雷の戦士

 この日もまた、伊織は兄が何をしているのかを突き止めるべく、剣一の尾行をしていた。


 今日もH本駅・・・。


 先日、謎の蟹型怪物と戦った日と同じく、剣一はH本駅で下車した。ここ数日、まともに兄と顔を合わせていなかった。今朝は、トレーニングから帰ってきた際に、洗面所で鉢合わせになった。


 その時、剣一の顔色も酷く悪いが、目だけはギラギラとしていることに気が付いた。


 伊織はそのあまりに異様な様に声をかけそびれてしまった。このことは両親も気が付いており、休むように言ったが聞き入れることはなかった。


 オカルトなものが苦手な伊織だが、兄が何か悪い霊に取り付かれているのではないかと思うようになり、それを祓う術が彼の行動にあるのではないかと思い込んでいた。


 そのヒントがこの街にある。何となくの直感にすぎないが、不思議と確信めいたものがあった。


 この日は先日のように途中で見失うことがないように、電車内でも離れすぎないようにしていた。気付かれるリスクは高まるが、見失ってしまうよりはマシだと考えたためだ。


 ホームから改札階に向かい、改札を抜けると、剣一は迷うことなく北口方面へ向かった。


 伊織は見失うことがないようにしつつも、気付かれないように慎重に後をつけた。ただ、伊織は見ての通り体が大きいので、他の人以上に気を配る必要がある。


 剣一は駅と商業施設を挟んだ広場を抜け、商店街の方へ向かっていく。


 ここまで、剣一は一度も後ろを振り返っていない。気付かれることなく尾行できているのではないかと、伊織は少し得意になってきていた。


 二車線の車道の両側に商店が並ぶ通りを進んでいくと、途中の小道に剣一は入っていった。見失うのではないかと思い、伊織は少し歩く速さを上げて、その小道に向かっていった。


 そして、小道に入ったところで、彼の前に何者かが立ち塞がっていた。


「これ以上は危険ですよ。鳥羽伊織」


 それは、先日の蟹怪物事件の折に出会った謎の女性だった。


「え、あの、その」


 相変わらず口下手で人見知りの伊織は、彼女が突然現れたことに加えフルネームで名前を呼ばれたことなどツッコミたいところが満載だったが、上手く口が動かなかった。


 彼女の背後には剣一が道の奥に進んでいくのが見えたが、突然、彼の前に氷の扉が現れると、剣一の姿は消えていった。


 伊織はすぐにでも追いかけようとしたが、謎の女性が進もうとする伊織の前に立って、行く手を阻んでいる。


「追ってはいけません。あれは既に人知を越えたものの支配下にあり、あなたの知る人物ではありません」


「だけど・・・」


 伊織はグッと手を握り、殴り飛ばしてでも進みたい気持ちを押し殺した。


「大切な、家族なんです」


「だとしてもです」


 その時、伊織は先日の蟹の怪物を倒した膂力を思い出した。あれがあれば、あれこそが人知を超えたもので、兄を救う助けになるのではないかと考えた。


 伊織は救いを求めるような目で謎の女性を見つめ、力を貸してほしいと口を開きかけた。


「いけません」


 先に否定された形となり、伊織は言うタイミングを逃した。


「あなたの言わんとしていることは分かります。腕輪の力を借りたいのでしょう? 残念ながら、それはできません。あれは危険な力です。使い続ければ、あなた自身が世界の外側にはじき出されてしまう」


 その言葉の真意を理解することはできなかったが、何の犠牲もなく使えるものではないことは理解できた。


「それでも」


 そう、それでも伊織は兄を救えるなら救いたいと考えた。尊敬し続けていた兄が、何か危険なものの手に落ちたなら、助けたい。


 伊織の中の善性がそうさせるのか、あるいは兄への敬愛がそうさせるのか、伊織自身にも分からなかった。それでも、その思いは時間の経過とともに強くなり、何があっても助けたいと思うようになっていた。


 しかし、謎の女性は首を縦に振ろうとはしない。彼女にも頑なな何かがあるようだ。


 その時、彼女は後ろを振り返り、視線の先を見つめた。そこは剣一が消えた道で、特に誰かが通ったようには伊織には見えなかった。


 それなのに、女性は目を見開き、恐れとも怒りともとれるような目でそこを見つめ続けていた。ここまで、無表情だったこの女性が感情を露わにしたように思えて、伊織はゾクリとした感覚を覚えた。


「状況が変わりました」


 そう言って女性は伊織の方を向いた。


「あなたを戦士として認めましょう。主からも許可が下りてしまいましたし」


 女性はそう言って、軽くため息をつくと、伊織の右手を掴み、自らの眼前に持ち上げた。いつの間にか、伊織の右手には先日の腕輪があった。


 その腕輪はよく見ると、とげとげして、いかつい外観で、伊織の趣味には合いそうもない。


「私が入り口を作ります。そこへ飛び込み、変身をしなさい」


 伊織は覚悟を決めつつ、頷いてみせた。


「今のあなたなら、奴らの力を感知できます。強い力のある方向へ向かいなさい。そこには、私が探し続けた邪悪な存在と、あなたの良く知る人物がいます」


 伊織はそれが兄のことだと思った。


「そこには、燕谷力弥と斗星暁人がいます。彼らと共に、脱出をしなさい。私が出口を維持しておきます」


「え、兄さんは?」


「いいですか。あなたのお兄さんは既に奴らに取り込まれています。しかし、助け出す機会はきっと訪れます。だから、今は燕谷力弥と斗星暁人の救出を優先しなさい」


 伊織は反論をしようと思ったが、彼女の言うことを信じ、改めて頷いた。


「相手の作る結界が強すぎて、入った場所に出られるとは限りません。そのことだけは注意をしてください」


「はい」


「あと、二人と相対している者たちと戦ってはいけません。あなたは力を得たばかりですから」


 先日の怪物を倒せるだけの力があれば負けようがない。伊織はそう思っていただけに、女性からの指示は、自分が侮られているように思って尺だったが、少し間をおいて、「はい」としぶしぶ答えた。


 すると、謎の女性は兄が消えた場所へ向かって走り出した。伊織もそれに続いた。


 通りから入った小道は人通りが少なく、二人以外に人の気配はなかった。謎の女性が手をかざすと、そこに白い穴のようなものが現れた。これが入り口のようだ。


「ここから入ってください。もう一度言いますが、今は逃げることを優先してください」


「はい」


 伊織は返事をすると、穴に向かって飛び込んだ。


 光の中に飛び込んだような気がしたが、それはやがて灰色の霧に変わっていた。そして、それ以上に重要な事態として、伊織は落下し続けていた。


マジか。


 変身したらどうにかなるんじゃないかと考えると、右手を眼前にかざし、「変身」と唱えた。


 肉体が変化すると、この事態をどう対処すべきかが瞬時に理解できた。この体は雷であり、雷の如く天と地を渡れば問題ない。その直感に従い、自らを雷に変じると、落下している感覚は消えた。


 そして、先ほどから感じている禍々しい気配の方向を見た。


 それは先日の怪物などとは比べようもないプレッシャーを感じさせるものであり、戦って勝てるというイメージが涌かなかった。


 おそらく暁人と力弥はその近くにいると伊織は判断し、二人を救出するためにプレッシャーのする方向へ向かった。


 自身が雷のような状態であることを自覚しているものの、自身と他者の相対的な時間間隔のズレまでは理解できていない。


 周囲の者たちにとってはほんの一瞬の出来事でも、伊織にはそれなりに時間がかかったように感じられた。これは単に知覚とそれに対する処理が高速になっただけで、両者の相対的な時間は同一である。



 伊織は禍々しい気配と暁人たちの間に雷の体のまま降り立った。周囲の者たちには雷が落ちたように見えたが、実際は雷と化した伊織が着地しただけなのだ。


 暁人たちの正面にいるものたちを見た。顎髭の男、ひらひらした服を着た若い女、そして仮面の男、何とも奇妙な取り合わせだというのが伊織の第一印象だった。


 ただ、彼らが強大な力を有していることは直感的に理解できたので、すぐにでも逃げようと考えた。


 まずは、牽制だ。


 伊織は周囲に稲妻を落とし、相手が近付けないようにした。その間に、暁人の体を抱え込んだ。そして、力弥と思しき男の方を向くと「逃げます」と言い放つと、再び雷に変じて飛び上がった。


 後ろで力弥が何か叫んでいたが、伊織の耳には届いていなかった。そして、ここへ来た時の入り口に向かっていった。


 チラリと後ろを見ると、力弥は翼を広げてついてきていた。このままなら逃げ切れると思った伊織は、出口に飛び込んでいった。



 出た先は先ほどの裏路地だと思ったが、違った。出た先は空が広がり、足元にはどこかの建物の屋上らしい景色が広がっていた。あの女性の言ったように、入った場所と同じ場所に出られるわけではないようだ。


 伊織は眼下のビルの屋上に降り立つと、暁人を静かに下した。やがて、力弥らしき赤と黒の男も降りてきた。


 伊織はこの場を立ち去ろうと考えたが、暁人に手を掴まれてしまった。しかも、力弥にも詰め寄られたため、観念することにした。


 どうやら、暁人にはこの姿であっても自分であることが分かるらしく、「伊織君でしょ?」と言われてしまった。こうなってはどうしようもないと判断し、変身を解くと、「うん」と言って、暁人の質問に肯定した。


次回はまた少し間が開きます.すみません.

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