第六十話 不審な男
「そもそも、あの日から様子がおかしかったんだ」
力弥はエスプレッソショットバニラフレーバーシロップのトッピングをしたムンバラテを飲みながら力説した。一方の暁人は抹茶フラッペにチョコレートチップのトッピングにしている。
「さっきの先生がトイレで倒れていた時ですか?」
夏が近く、日が長くなっているため、二人はテラス席を陣取っていた。
「そう」
「でも、それだけじゃ、原因が分からないと思うんですけど」
力弥はあの日のことを思い出しつつ、ラテを口に入れていく。
「そういえば、猪川先生が出ていくのは気が付かなかったけど、お客さんの一人が実験室を出ていったのは見たな。その後、すぐに戻ってきたから忘れていたけど」
「その人のことは思い出せますか?」
「ああ、確か、あの時、名刺をもらったんだ。俺は名刺なんて持ってなかったけど・・・」
そう言って力弥は財布を取り出し、名刺を探した。名刺を持っていないということは、当然ながら名刺入れも持っていないわけで、こうなると、カード状のものは財布くらいしか入れるところがないのだ。
「えっと、西園寺先生だな」
「教授なんですか?」
「ああ、見た目若いと思ったけど、教授って書いてあるな。場所は東都工業大学のY浜キャンパスって書いてあるな」
「Y浜ですか! まだ行ってないんですよねー」
暁斗はY浜という単語を聞いて、海沿いのおしゃれながらも近代的な街並みを思い浮かべたが、その想像はすぐに打ち砕かれた。
「あー、でも割と近いな。M田駅から二つ目で乗り換えて二駅だ。Y浜まで行かなくて良さそうだ」
力弥はキャンパスの場所を調べながら答えた。
「え? どういうことですか?」
「いや、住所的にはY浜だけど、最寄り駅はM田だし、ほとんどM田だよ。近いからその気になればバイクでも行けそうだな」
力弥は地理的な近さを喜んでいたが、暁斗は訝しんだ目で彼を見た。
「え、つまり、海の近くじゃないんですか?」
「ああ、そうだな。海に行きたいなら、いつも乗ってるY浜線でK内かS木町まで行かないとダメだな」
力弥はY浜方面に行ったことがあるので、事もなげに答えたが、中部から来たばかりの暁斗にはイマイチ分からなかった。
「え、M田駅からは遠いですか?」
「ああ、余裕で遠いぞ。結構電車に乗ってないとダメだな。途中に新幹線が止まる新Y浜とか、K名とか色々あるぞ」
「なーんだ」
暁斗はそう言うと、肩を落として、椅子に深く腰掛けた。
「まぁまぁ、元気出せよ。そのうち、みんなで赤レンガ倉庫とかに行こうぜ」
暁斗は力弥に気を遣わせてしまったことを反省しつつ、体を起こすと「はい」と元気に返事をして見せた。
「それで、その先生をどうやって調べるんですか?」
「連絡先は分かるけど、アポ取って、会いに行っても、何を聞いたらいいか分からないしな」
力弥は名刺を財布に戻すと、頬杖をついて考えを巡らせた。
「そうですね。その先生が関係しているならともかく、無関係だった場合、失礼になっちゃいますしね」
「まぁ、関係あったとしても、白を切るだろ」
「うーん」
二人はうんうんと唸りながら、今後の作戦を考えたが、特にいいアイデアが思い浮かぶことはなく、その日は解散となった。
新島真吾は諦めていなかった。
昨年の夏期講習後に彼女ができたことで、鹿森への思いを断つことに成功したが、数か月で別れてしまって、再び鹿森に気が向いてしまったのだ。
この日も塾講師のバイトのために、電車に乗ってM沢駅に向かっている。
どうしたら、鹿森に振り向いてもらえるだろうか。
昨年の夏に見た、あの高身長のイケメンと付き合っているのだろうか。しかし、以前にバイトの飲み会で他の女子講師が彼氏がいるのかという問いに、鹿森はフリーだと答えていた。
真吾はあのイケメンは何者で、鹿森とどういう関係なのかを想像した。
あの時、友達と言っていたが、実は兄妹で、迎えに来てくれたとか。あるいは、あの時は付き合っていたが、今は分かれているとか。普通に考えれば、この可能性が高いだろう。
真吾は目をつむって、頭を悩ませていると、電車が速度を弱め、停車駅に停まることに気付かずにいた。
「M沢、M沢、お降りのお客様は、お忘れ物などないよう、お気を付けください」
しまった。降りないと!
真吾の立っている位置とは逆方向のドアが開いたので、真吾は慌てて出口の方に向かった。その時、ちょうど中央に立っているスーツの男性にぶつかってしまった。
「すみません」
真吾はその男性に謝りながら、出口に向かった。その際、そのスーツの男性の顔が見えた。
その男性はにっこりと笑っていた。
人の好さそうな男性で、年齢は三十代だろうか、顎髭を綺麗に整えた紳士的な外見だった。高価そうなスーツがその男性の外見を引き立てているように思えた。
真吾は電車を降りた後も、しばらくの間、その顎髭の男性から目が離せないでいた。そして、電車のドアがしまり、ホームから離れていくと、ようやく我に返ることができた。
真吾はスマホを取り出し、時刻を確認した。バイトが始まるまで、あと十分もなかった。
「ヤバい」
バイト先の塾は駅から近いとはいえ、開始前には担当生徒の進捗状況の確認、必要な教材の準備などがある。あと、ギリギリに来ると、教室長から小言が飛んでくる。
今日は鹿森もシフトに入っている。できれば、そんな格好の悪い所を見られたくない。
真吾は塾まで走っていくことにした。
久々の更新です.しばらくは更新できると思います.




