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第五十九話 人より生まれし闇

 力弥がトイレから出ると、駅を利用する乗客たちが三々五々に逃げ惑う光景が視界に飛び込んできた。そして、その中央には巨大な不気味な怪物がいた。ヒキガエルのような体つきだが、顔が明らかに違った。無数の触手で覆われた、そうイソギンチャクのようだった。


 まさに四つの手足が生えたイソギンチャクがホームに降りる階段と改札機に挟まれた空間に佇んでいた。


 口や目がないので、感情と言えるものが読み取れない。ただ、周囲を見渡しては、びくびくとしている。人を怖がっているようにも見えるが、その巨大で不気味な見た目では、近寄ろうと思う者はいない。


 力弥は怪物にゆっくりと近付いた。襲い掛かる気配はないが、何かあってもすぐに飛び込めるように心の準備はしていた。


 臭い。


 怪物に近付くにつれ、鼻につく刺激臭に気が付いた。体に異常はないので毒ではないだろうが、警戒するに越したことはない。


 また、周囲を見渡すと、怪物が暴れる様子がないことで安心した数名の人々が顔を覗かせていた。中には写真を撮っているものもいる。


「ヌヌヌ・・・ヌヌヌヌ」


 力弥が近付いたせいなのか、それとも人々がちらちら見ているからか、それとも他に理由があるのか、怪物は不気味に呻きだした。力弥は身構え、すぐにでも応戦できるようにした。


「ヌ゛ヌ゛ヌ゛ヌ゛ヌ゛ヌ゛ヌ゛ヌ゛ヌ゛ヌ゛ヌ゛ーーーーーーーーーーーー」


 怪物がイソギンチャクの頭を上げ、不気味に吠えると、怪物からピンク色の煙が噴出した。


 煙はあっという間に周囲に拡散すると、それに包まれた人が倒れていった。力弥は片膝をついて、耐えたが、激しい眠気に襲われた。


「クソ・・・、これはマズい」


 力弥はこのまま屋内でこのガスを噴出されると被害が拡大すると考え、この怪物を外に出そうと考えた。しかし、あまりの眠気で力弥は考えが全くまとまらなかった。力弥は地面に手をつき、意識を保つこと自体が困難な状態になり、これまでかと考えた。


 しかし、唐突に眠気が引き、頭がクリアになった。よく見ると、煙が力弥を避けている。


「先輩、大丈夫ですか?」


 暁斗が力弥の前に立っていた。そして、彼の持つ印を盾にして怪物に向けて構えていた。どうやら、盾の力で煙の流れを制御してくれているようだ。


「ああ、助かったぜ」


 力弥はそう言って、立ち上がり、怪物の方を睨んだ。よく見ると、怪物は一歩も動いておらず、ひたすらガスを噴出していた。それ以外に能力はないのかもしれないが、強力な睡眠ガスなので、これだけでも脅威と言える。


「このガスを嗅ぐと眠っちゃうみたいですね」


 暁斗が周囲を見渡しながら言った。よく見ると、トイレのすぐ近くの駅員室にもたれるようにして、駅員の一人が寝入っているのが見えた。さらに、改札の向こうには十人以上の人々が倒れている。


「ああ、とにかく、こいつを倒さないといけないが、お前の盾がないと俺も眠っちまうんだよ」


 既に辺りはピンクの煙で充満しており、暁斗の盾から離れた瞬間、寝落ちしてしまう可能性が極めて高い。


「よし、暁斗、俺の体にしがみつけ。そしたら、俺があいつをぶん殴る」


 力弥が拳を見せながらそう言うと、暁斗は「分かりました」と返した。そして、力弥の後ろに回り込むと盾を持ったまま、彼の背中にしがみついた。


 力弥はピンクの煙が自分を避けていくのを確認すると、拳を構えた。


「いくぞー」


 そして、力弥は叫びながら怪物に向かって、突進した。怪物はそんな力弥のことに全く無頓着で、天井を仰ぎながらガスを放ち続けていた。


 力弥はそんな怪物の横っ腹に正拳突きを叩きこんだ。


「ギュムーー」


 怪物はちょっぴり可愛らしく、どこか可哀想な悲鳴を上げて、巨体が横転した。それと同時にピンクの煙の噴出速度が低下した。


「よし、畳みかけるぞ」


「何か、ちょっと可哀想な感じしますけどね」


「情け無用!」


 よろよろと起き上がろうとする怪物に力弥は次々と拳を叩きこんだ。怪物からはほとんど煙は噴出されておらず、ピンクの煙は雲散していった。


 すると、殴られてばかりだった怪物が前足を大きく振り上げ、反撃をしてきた。しかし、動きは遅く、そのゆったりとした腕の振りを力弥は軽々と交わすと懐に潜り込んでアッパーを叩きこんだ。


 アッパーをまともに受けた怪物は、やぶれかぶれと言わんばかりに、触手だらけの頭を力弥に押し付けようとした。しかし、そんな攻撃に当たるわけもなく、力弥は怪物のサイドにステップで軽々と避けると、その勢いのまま蹴りを叩きこんだ。


 蹴りの威力が相当で、巨大な怪物の体が吹き飛んでいった。


 吹き飛んだ先には人はおらず、力弥はそれを確認すると、右腕から刃を出現させた。そして、そこに炎を纏わせた。


「暁斗、もう大丈夫だ、降りていいぞ」


「は、はい」


 暁斗が降りると、力弥は全身から炎を出し、その状態で怪物に突っ込んでいった。怪物はガスを吐き出し応戦したが、炎で守られた力弥にガスは届くことはなく、炎の一閃で怪物の体は上下に寸断された。


 怪物の体は徐々に黒い塵となったが、現れた時と違ってそれは散り散りになり、周囲の空気に溶け込んでみえなくなっていった。力弥はそれを確認すると変身を解き、暁斗と共に、トイレに戻っていった。


 奥の個室の前では、猪川が気絶しており、訪れた時のままだった。


「猪川先生!」


 力弥が猪川に声をかけると、「うう」と猪川は呻くものの、起き上がることはできずにいた。力弥は仕方なく、猪川はこのままにすることにした。そして、周囲の人たちの記憶改ざんが終わった頃合いを見計らって、駅員に猪川が倒れていることを伝え、救護を頼んだ。


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