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第五十八話 兆候

 見学対応中だが、先ほどからスマホのバイブレーションが止まらないので、力弥は実験室から出るとスマホを確認した。


 すると、それは自作アプリが周囲に異常があることを伝える通知だった。サーモバンドが体では感じられない僅かな温度変化を検出し、それが異常値にまで達したことを伝えるものだ。


 ここで?


 怪物が襲撃するのはH本駅あるいはそこから一駅程度の範囲に限られる。唯一の例外は、今年の四月に起きた暁斗の周りでの出来事だ。あの時は力弥を罠に嵌めるための策だった。


 温度変化は小さく、すぐにでも怪物が現れるというわけではない。


 今回、この場で怪物出現の兆候が出たのは、何かの意図なのか、それとも兆候自体はH本駅周辺に限らないのか。力弥は頭の中で様々な可能性をシミュレーションした。


 力弥は異常がないかを探すため、周囲を探索することにした。ひとまずは実験室の中を見渡した。隣のラボの戸田助教とその学生がロボットの説明をしているだけで、おかしいことはない。


 あれ、猪川先生がいない。


 力弥は近くにいたラボの先輩に声をかけた。


「あの、猪川先生はどこに行ったか分かりますか?」


「え? ああ、確かにいないね。どこ行ったんだろ」


 声をかけられた学生は隣の学生に同様の質問をし、次々と声をかけていくも、誰も猪川の所在を知らなかった。そうして、大河原研の学生らが騒いでいると、ちょうど戸田らの説明も終わった頃合いのようだった。


「えっと、次はどうすればいいか、君たち知ってる?」


 戸田が力弥ら、大河原研の学生に声をかけるも、誰も知らないようだった。


「猪川先生は?」


「いないんですよ」


「あ、そう。トイレに行ったまま帰ってこないのかな?」


「探しましょう」


 力弥はそう言って、実験室を出た。他の学生らもそれに続いた。


「た、頼むよ。それじゃあ、皆さんには他のロボットの話もしますね」


 戸田がそう言って、来客たちに実験室の奥に眠っているロボットを引っ張り出して、時間稼ぎをし始めた。


 力弥はスマホをチラリと見つつ、トイレに向かった。すると、数値が徐々にではあるが上昇していた。異常はどうやらトイレの方角にあることは間違いないようだ。


 他の学生の幾人かは研究室に向かい、中を覗いて猪川を探した。しかし、猪川の姿はなかった。


 力弥は嫌な予感を感じつつも、トイレの中に入ると、果たしてそこに猪川がいた。猪川は頭を抱えて、その場でうずくまっていた。


「猪川先生!」


 猪川は僅かに動いたかと思うと、ぼんやりした目で力弥を見た。その目には生気がなく、まるで安物の人形のようだった。


「猪川先生!」


 もう一度、声をかけると、猪川の意識が戻ったのか、力弥を見つめて、「燕谷君」と言葉を発した。力弥はほっと肩をなでおろした。ただ、直前までサーモバンドは異常値を叩きだし続けていることが気になって仕方ない。


 今は正常値まで戻っているが、明らかに元凶は猪川に思えた。


 その後は、猪川の指示で次の段取りに向かったが、力弥はできるだけ猪川から目を離さないようにしようと考えた。



 力弥はここ数日はラボに行く頻度を増やしている。現在、手がけている製作物については特に急ぐ必要はないが、猪川の状態を監視するためだ。


 力弥は作業の合間もスマホでサーモバンドの変化を観測しつつ、猪川のことをも視界の端に入れていた。体調不良は続いているとのことだが、それ以外に大きな変化は見られなかった。


 見学の時のものは気のせいだったのだろうか。


 猪川が怪物と関わっているのか、できればそうであってほしくないが、それを否定する材料もない。その一方で、関係があるなら、怪物を生み出す奴らに近付ける可能性もある。


 力弥はどうにも集中できず、予定していた作業の半分もできないまま時間だけが過ぎていった。そうこうしているうちに、昼を告げる放送が実験室内に流れると、昼食をとるために席を立った。


「じゃあ、自分は午後に授業もあるんで、失礼します」


「うん。お疲れ様」


「お疲れさまでした」


 そう言って実験室を出て、部室棟に向かった。


 途中の購買で弁当を買って、部室に入ると、いつものメンバーが談笑をしながら食事をしていた。


「あ、先輩、お疲れ様です」


 暁斗が明るい笑顔でそう言うと、力弥は「おう」と言って、暁斗の隣に座った。そしておもむろにスマホを眺めると、サーモバンドのアプリのポップアップが目に入った。


 少しだけど、数値が増加している。


 それはちょうど力弥が研究室棟を出た頃合いだった。それを見つめつつ、やはり猪川が何か関係しているのだろうかと力弥はスマホを睨みつつ考えた。


「どうかしましたか?」


 隣の暁人が力弥に声をかけると、力弥は周囲には聞こえないような小声で暁人に話しかけた。


「今日の夕方は暇か?」


「ええ、まぁ。今日は予定ないです」


「もしかしたら、今日の夕方に何かあるかもしれない。授業が終わったら、H本駅に行こう」


「わかりました。後で連絡します」


 そうやって二人でこそこそと話しているのを、朱音が訝しむような目つきで見ていた。


 力弥はその視線に気付くと、無理やり笑顔を作って、「あー腹減った。飯だ、飯ー」と何もないとアピールしようとしたが、朱音は力弥と暁斗が何かを企んでいる可能性を捨てられずにいた。


 そして、「怪しい」と呟きつつ、サンドイッチを口に運んだ。




 力弥は暁人と合流すると、駆け足で駅に向かった。


 というのも、既に猪川は大学を出て、駅に向かっている。できれば同じ電車に乗りたいと考えていたからだ。普段から、ジョギングをしている力弥と違い、暁斗は半分もいかないところで、立ち止まってしまった。


「ちょ、ちょっと待ってください」


「ほらー、電車が行っちまうぞー」


「ま、まだ、時間はありますよ。出る前に時刻表を確認しましたから」


 暁斗はそう言うと、よたよたとした足取りで力弥の方に向かっていった。


 確かに暁人の言うように、電車が来るまでに余裕はあった。昼間のラッシュ前ということで、電車の本数自体が少なかったのだ。力弥がホームを見渡すと、上り方向に猪川が電車を待っているのが見えた。


 力弥は少し離れた場所で、猪川に気付かれないように、電車を待つことにした。暁斗は力弥の視線の先を確認し、猪川の後を追っていることをそれとなく察した。


「あの人が何かあるんですか?」


「ああ、あの人に近くでたまにバンドが異常値を出すんだ。きっと何かある」


 それを聞いた暁人はごくりとつばを飲み込み、ジロジロと猪川の方を見つめた。ややあって、電車がホームに入ると、力弥と暁人は猪川とは違う車両に乗り込んだ。流石に同じ車両では気付かれると思ったからだ。


「どこで降りるかは分かっているから」


 力弥はそう言って適当に空いているシートに腰かけた。暁斗もそれに習い、「どこで降りるんですか?」と座りつつ聞いた。


「H本駅だ。そこで乗り換える」


「分かりました」


 そこからは二人は一言も話すことはなく、緊張した面持ちで駅の到着を待った。時折、隣の車両の方に視線を移し、この位置から見えることはないが、猪川の様子を窺おうとした。


 やがて、駅に到着し、二人は電車から降りた。猪川はちょうどエスカレーターの前で降り、力弥たちはエスカレーターの下付近で降りたため、他の乗降客に阻まれて、猪川を見失ってしまった。


 しかし、サーモバンドは降りた時から異常値を叩きだしており、異常が起きることはほぼ確定ではないかと力弥は確信していた。


「階段で行こう」


 エスカレーターは上りも下りも一人用で、二人並べる仕様になっていない。そのため、今から乗っても猪川を見逃す可能性が高いと判断した。力弥はエスカレーターとは反対方向へ向かい、そこから階段を駆け上った。


 そして、改札階に辿り着き、周囲を見渡すと、猪川の背中がトイレに入っていくのが僅かに見えた。力弥がトイレに向かっていくと、ちょうど駅員が先にトイレに入っていくのが見えた。


 改札階には人が多く、力弥はそれらを避けながらトイレに入ると、唐突に怒号が聞こえてきた。


「本当に大丈夫だって言ってるだろ!」


 その瞬間、腕に熱を感じた。それはいつもの怪物が現れる兆候だった。力弥は胸の鼓動が最高潮になるのを感じながら、トイレに入ると、個室の一つから黒い靄が噴出しているのが見えた。


「屈んで!」


 力弥はドアの前の駅員に向かって叫んだ。


「ひいいいい」


 個室から溢れているものはいつも怪物たちを倒し、奴らが消え去っていくときに現れる黒い靄と同じものだった。ただ、いつもは力なく雲散していくのに対して、これは何かの意思を持ち、どこかへ向かっていくように思えた。


 力弥は個室から出てくる猪川に駆け寄ったが、彼は気絶して意識はなかった。


「猪川先生!」


 暁斗が遅れてトイレに入ってきた。


「先輩! 怪物が改札の前に!」


 力弥は立ち上がり、トイレの出口の方を向くと、ブレスレットを眼前に掲げた。


「変身」

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