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第五十三話 戦闘のあと

 苛烈な戦闘の疲れも一晩眠ればすっかり回復していた。


 そうした疲れとは関係なく、休み明け月曜日の登校というのは怠惰との戦いから始まり、それに辛くも勝利した力弥も暁人もどうにか大学に到着したというところだった。


 そうして、いつも通り、クラスメイトたちと講義に参加し、昼休みには昼食をとるために部室に集合していた。この日は姫乃と利一はいなかった。昼休み前の二限と、休みの後の三限に講義があるのでクラスメイトと教室で食事をとっているらしい。


 昨日のことがあったものの、暁斗はいつも通りに伊織に接するように努めた。


 ただ、伊織の実家から離れたあの場所に伊織が何故いたのか、暁斗はそれが気になって仕方なかった。


「伊織君さ、昨日はあそこで何をしていたの?」


 暁斗がそれとなく聞いてみると、朱音と話をしている力弥もちらりと二人の方を見ていた。


「あ、昨日は、その、えっと」


 伊織は明らかに動揺していた。顔からは汗が吹き出し、普段以上に言葉に詰まり、しまいには総菜パンの包みの袋を咀嚼していた。


「伊織君、落ち着いて」


「ああ」


 伊織は包みを吐き出し、総菜パンを一口に食べて、もぐもぐしながら考え込んでいた。どうやら、昨日、あそこにいた理由を考えているようだ。


「か、買い物」


 暁斗も力弥もそれは嘘だとすぐに気付いた。


 以前に暁斗と伊織が買い物に行ったM田駅の方が店も多く、発展している。わざわざ、あの街まで来る理由がない。


 ただ、ここで彼の言うことを嘘だと断じるのも感じが悪いので、「ふーん、そっか」と暁斗は言って、深く言及することを避けた。


 伊織と怪物に関係はなく、記憶改ざん後にたまたま自分たちに気が付き、手を貸してくれただけ。そう考えることにした。


「昨日と言えばさ、H本駅近くの映画館のあたりで車が爆発する事故があったんだけど、知ってる?」


 朱音がそう言ったことで、他の三人が緊張した面持ちで朱音の方を見た。暁斗と力弥は、緊張に加えて疑問の色が浮かんでいた。朱音はそんな三人の鬼気迫る表情に気圧され、言葉を詰まらせた。


「北口? 南口じゃなくて?」


 思わず力弥が朱音に聞き返した。そう、映画館があるのは北口だ。しかし、力弥が戦った場所は南口、場所が明らかに違った。


「うん。南口でもなんかあったの? ニュースとかは特になかったけど」


「いや、別に何もないよ。そうか、それでその事故がどうかしたのか?」


「ニュースに出てたから、ネットとSNSで調べてみたの。現場に行っても良かったんだけど、気が付いたのが夜だったからね」


 そう言って朱音は食事を終えた食器の乗ったトレーを端によせると、ノートパソコンを取り出した。


「それで、現場の写っている写真を見ていたんだけど・・・」


 そう言って、朱音はパソコンの画面を三人の見えるように向けた。そこには炎上する車の画像が写っている。異常な状況だが、車が爆発して炎上したのだから特に問題はないように見える。


「何かおかしなものが写っていますか?」


 暁斗が聞くと、朱音は道路の方を指さした。


「道路に鋭利な刃物でえぐったような跡が見えない?」


 確かに、道路の所々に直線的にえぐられた跡が見られた。


「確かに・・・」


「爆発と何か関係があるのかな」


 暁斗と力弥が画面を凝視ししながら呟いた。また、二人は口にはしなかったが、これが怪物と関係があるのだろうかと疑問を感じた。仮に、車の爆発、炎上に怪物が関わっているとしたら、二人の知らないところで怪物が暴れ、解決されたことを意味している。


 力弥と暁人はちらりと視線を交わすと、力弥が朱音に対して「現地調査に行くか?」と提案した。


「そうね。誰に行ってもらうかは後で考えましょうか」


 この場に利一と姫乃がいないため、話し合いはまた後にしようと朱音は考えた。しかし、これが怪物と関係があるのかをすぐにでも知りたい力弥にとって、調査メンバーは既に決まっていた。


「いや、俺と暁人でパパっと行ってくるよ、なぁ?」


 力弥がそう言うと、暁斗は「はい!」と元気に返事をした。しかし、そんな二人を朱音はどこか訝しむように見つめた。


「仲が良いのは悪いことじゃないけど、やたらと二人が一緒にいることが多い気がするけど、なんかあるの?」


 出会った頃は、力弥が徹底的に避けるなどの行動をしていたのに、今ではすっかり仲良しで、むしろ二人だけで行動することが増えてきたことに朱音のみならず、部員全員が気付いていた。


 あからさま過ぎたかと、力弥と暁人は自らの行動の浅はかさに反省したが、時すでに遅し。


「いや、別に何もねぇよ、なぁ、暁斗?」


「はい。家が近いから、会う機会も多いってだけですよ」


「私もH本駅の方に住んでるんだけどね。まぁ、家は二人から離れてはいるけど」


 その時、暁斗は正面に座っている伊織を見るや、「じゃあ、今回は伊織君と三人で行きますよ!」と言って、その場を乗り切ろうと考えた。


「え、いいけど、伊織君は剣道部の練習はあるでしょ?」


 朱音がそう聞くと、伊織以外の三人の視線が伊織に集中した。しかし、伊織は何か考え事をしているのか、全く返事をしなかった。


「伊織君、どうかしたの?」


 暁斗が伊織の手に触れると、伊織は我に返り、暁斗の方を見た。


「え、あ、いや」


「俺たちの話、聞いてなかったのか?」


 力弥が聞くと、伊織は俯いて「あの、すみません」といつも以上に低いトーンで答えた。


「ふう、まぁ、いいわ。それじゃあ、力弥と暁人君で行ってきてくれる?」


 朱音が仕方ないという顔をして、その場は収まった。とはいえ、力弥はあからさまに暁人とばかり行動をしないように心がけることにした。


 その一方、暁斗は様子のおかしい伊織のことを気にかけていた。そういえば、今日は朝から伊織は変だった。


 元々、無口で、表情の変化が乏しい方だが、今日の伊織はぼうっとしていることが多かった。何か考え事をしているようだが、暁斗が聞いても誤魔化すばかりで答えてくれなかった。


 授業の開始時間が迫り、暁斗は伊織と共に部室を出ると、改めて聞いてみることにした。


「何か、朝からボーっとしていることが多いけど、何かあるの?」


 暁斗にそう問われて、伊織は少し動揺していた。


「何でもない」


「本当に?」


「ああ」


 伊織は申し訳なさそうに首をもたげ、少し小さくなっていた。とはいえ、多少体をかがめても、伊織の顔の位置は暁人のそれより上にあるので、暁斗は相変わらず伊織を見上げている。


「そんな顔してたら、なんかあったと思うじゃん」


 伊織はしばらく黙っていたが、意を決したように暁人の方を見た。


「た、多分、大丈夫だから、終わったら話すよ」


 あまり無理強いをしても困らせるだけだと思い、暁斗は「うん、分かった」と明るく返事をするに留めることにした。




 我ながら、何とも情けないな。


 朱音は部室で一人でデータ整理をしながら、頭で手を押さえ、反省をしていた。


 あれは二人を怪しむというよりも、嫉妬に近いものがあったと思う。そう、朱音は暁人に嫉妬に近い感情を抱きつつあった。あの街での異常の調査と言えば、自分と力弥で行くのが常だった。


 それなのに、今は彼の隣には別の人がいる。


 朱音は力弥が南口を口にしたことが気になり、昨日の南口でも異常がなかったかを調べ始めた。かつて、徹に教わったように、位置情報が埋め込まれている場合はそれが手がかりになる。


 そうやって、関係のありそうな情報をSNSから抽出する作業に専念した。作業に専念すれば、そうした余計なことを考えずにすむ。


 様々な書き込みを次々と読み、画像をチェックし、異常を示す情報がないかを調べ続けた。そうして、画像をチェックしていく中で、とある男女が並んで写っている場面で動きが止まってしまった。


 別に付き合ってるわけじゃないしね。


 男性の顔に彼の顔を当て嵌めながら朱音は心の中で呟く。


 男同士の方が気が楽ってこともあるだろうし。


 女性の方の顔を指で隠して、ぐりぐりと押す。


 部長になって、やることは増えたし、しょうがないよね。


 顔をもたげ、大きく息を吐く。


 それに、やる気のある後輩が入ってくれたのは喜ばしいことじゃない。


 朱音はそう自分に言い聞かせて、作業を再開した。しかし、関係のありそうな書き込みを探すものの、北口の情報ばかりで南口のことは何も出てこなかった。


 あえて、関係ありそうなのは、昼間は暑かったのに夕方になって急に冷えたという情報だ。同じような書き込みをしている人が何人かいた。しかし、他の場所ではそういう書き込みはなく、朱音自身も気付かなかった。


 夕方に気温が下がるのは当たり前のことか・・・。


 朱音はノートパソコンを閉じた。それらしい書き込みも出てこないばかりか、全く集中できていない。ここ最近はずっとこの調子だった。こんな状態で悶々としていると、嫌なことばかり考えてしまう。


 ヒトカラしよ。


 今日はもう誰も部室に来る予定はない。バイトも休みだ。朱音は夕食までの時間を有意義に過ごすために、帰宅経路にあるカラオケに立ち寄って、ストレス発散をしてやろうと考えた。


 そもそも、力弥が悪い。


 そう、他の人を悪者にするのは精神衛生上良くない。こういう時は、彼をストレス源とする方が、後腐れない。


 ヒトカラも良いけど、たまにはゲーセンにも行こうかな。


 そうして、降ってわいた空き時間をどうやって意義あるものにするかを考えるだけで、朱音の心は少し軽くなっていた。




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