第五十二話 カダス
男の攻撃は直線的で、見方によっては安直とも言えた。しかし、攻撃を受けている力弥には、溢れんばかりの狂暴な力を見せつけるような、威風堂々としたものに思えた。
小手先だけのテクニックなど必要ない、己の力を見せつけることで相手が慄き、剣を交わす前に膝崩れんとする、そんな圧倒的な強さだった。
ただ、それだけではなかった。男の攻撃のその一つ一つは洗練されていた。直線的だが正確で、凶暴だが急所を狙う冷静さ、そうしたものが含まれていた。
そう、この男は剣の扱いになれている。当たり前だが、我流で戦い続けている力弥にはある意味新鮮だった。
力弥は左右の刃で受け止めつつ、その力の配分を調整した。そうすることで男の大剣の流れを制御した。男の力が左に寄ったタイミングで力弥は右側方へ跳躍した。しかし、男は素早くそれに反応すると、大剣を水平に薙ぎ払った。
力弥は体をかがめ、その薙ぎ払いを避けると、男に蹴りを入れた。男は僅かによろめくと、力弥は距離を取りつつ、すぐに反撃に出た。
力弥はこれまでの戦いの中で培った体捌きを存分に生かし、仮面の男の攻撃を時に躱し、必要なら受けた力を逃がす、そうしてどうにかやり過ごしていた。
力弥の攻撃を払いのけようと、男は両手で剣を持ち直すと、斜め上から剣を振り下ろした。すると、力弥はそれを軽やかによけた。そうして仮面の男の大剣がガードレールに突き刺さり、隙ができたタイミングで力弥は相手との間合いを取った。
力弥は刃を構えつつ、仮面の男の次の攻撃を冷静に見極めんとした。
「つまらん」
テクニカルな動きで戦う力弥を仮面の男は一瞥するや肩を落として言葉を放った。
「星の戦士の力、どの程度のものかと期待したが、所詮はこの程度か」
「そいつは悪かったな」
力弥は冷静さを保たんとした。相手の挑発に乗らず、自分のペースで戦う、そうして好機を見つける。力弥は自分にそう言い聞かせながら刃を構えた。
「だったら、貴様をもう少し本気にさせないとな」
仮面の男がそう言うと、彼の体を中心に吹雪が巻き起こり、周囲の景色を白一色を通り越し、氷漬けにしていった。そして、周囲の温度も急激に下がっていった。
力弥が動こうと足に力を入れたが、脚が凍り付いて、地面にくっついていた。それは力弥だけでなく遠くで見ている暁人も同様だった。
そうして、力弥が凍った脚に気を取られていると、仮面の男が暁斗に向かって大剣を構えて飛び込んでいくのが、ほんの一瞬見えた。
「やめろ!」
力弥は全身から炎を発したことで、脚の氷がみるみる溶けていった。そして、ようやく動けるようになったときには、仮面の男は暁斗の目の前で剣を大きく振りかぶっていた。
力弥はワンテンポ遅れつつも、全身から炎を発しながら、仮面の男に向かっていくが、仮面の男の剣が先に暁人に届かんとしていた。
「暁斗ー!」
力弥が手を伸ばし、暁斗を救わんとしたその刹那、暁斗の前に巨大な盾が現れ、仮面の男の剣を受け止めた。
力弥は安堵しつつも、勢いを殺すことなく、仮面の男に体当たりをした。そうして、暁斗から仮面の男を引きはがし、炎を纏った刃を仮面の男に振り下ろした。
盾に変化させた印で防いで見せたものの、暁斗はあまりの力にその場に尻餅をついていた。よく見ると、盾には僅かにヒビが入っていた。
「こ、こわ・・・」
力弥の刃を仮面の男は大剣で受け止め、それを力任せに押し返した。すると力弥はすぐさま体勢を整えると、側方から迫っていった。仮面の男は力弥の向かってくる方向へ剣を薙ぎ払うと、力弥はこれを受け止めた。
受け止めつつ、仮面の男へ向かう勢いはそのままに仮面の男と鍔迫り合いをした。
これまで、力弥と仮面の男の戦いでは、仮面の男が常にリードをしていたが、今は形勢が逆転し、力弥が一方的に攻撃を仕掛けていた。力弥の体から発せられる炎はまるで彼の力そのもののように、炎が大きくなるにつれ、剣圧が高まっていくように見えた。
「そうだ、その気迫だ!」
仮面の男からは鍔迫り合いをしながら、全身から吹雪が噴き出していた。しかし、力弥の炎がこれを相殺した。
両者の剣、そして炎と氷が拮抗し、行き場を失った双方の力は二人の周囲に及んでいった。レンガ調の地面は割れ、街路樹は折れ、近くの店のガラスにはヒビが入っていった。
互いに剣に力を込めた瞬間、炎と氷の勢いが二人の中間点で炸裂し、二人は吹き飛ばされる形となった。力弥は体勢を立て直しつつ、刃に炎を纏わせて、構えた。
「よし、だったら、こいつはどうだ」
そう言って仮面の男が大剣を空に振りかざすと、男の剣に氷が次々と纏わされ、それは巨大な剣となっていった。巨大な氷の剣は仮面の男の体を遥かに超える巨大さを誇った。
あれは、ヤバい。
力弥はこれまで以上の炎を全身から発し、それを力として纏いつつ、仮面の男の巨剣を受け止めようとした。
避けるのは簡単だろう。しかし、そうすれば周囲に甚大な損害が出る。建物の中に避難した人々も無事ではすまない。力弥は暁人の方をチラリと見た。このまま剣が振り下ろされても、暁斗の方には被害は出ることはなさそうだった。
何かあったら、後のことは頼んだぞ。
力弥は覚悟をしつつも、それでも絶対に生き残るという意思を武器に込めて立ち向かうことにした。
「受け止めるか。その意気や好し」
仮面の男は顔を覆っているため、表情は見えないが、どこか楽しげであることは感じられた。
そして、巨大な氷の剣がまっすぐに力弥の方に振り下ろされた。力弥はこれまでに見たこともないほどの炎を剣に纏わせたが、その大きさは相手の氷を上回ることはなかった。
「うおおおおおおおお」
振り下ろされる剣からは吹雪が漏れ出し、振り下ろされつつも、氷は巨大になっていった。
そうして、炎の剣と氷の剣がぶつかり合おうとしたその瞬間、氷の剣の勢いが止まった。それは物理的な速度が停止しただけでなく、氷が溶けていき、やがて元の縞瑪瑙模様の剣だけになっていた。
仮面の男は剣を背中に収め、力弥の方に顔を向けた。
「星の戦士、貴様の名は?」
「燕谷、力弥だ」
「俺の名はカダス、凍える荒野のカダスだ。また殺り合おう」
カダスと名乗った男はそう言って力弥に背を向けて歩いていく。その先に氷の扉が現れ、カダスは扉の先に進んだ。そして、カダスが入った後、扉は溶けてなくなり、カダスの姿もまた、消えてしまった。
緊張の糸が解けた力弥は変身を解きつつ、その場に膝をついた。やがて、周囲の氷や霜も消えていき、二人の戦闘の跡だけが街に痛々しく残った。
「先輩、大丈夫、ですか?」
駆け寄ってきた暁斗が心配そうに力弥を見つめた。
「ああ、ちっときついが、怪我とかはしてないよ」
力弥はそう言って立ち上がろうとするが、足腰に力が入らず、うまく立ち上がれなかった。
「くそっ、こんなこと、今までなかったんだけどな」
「手伝います」
そう言って暁人が力弥の手を自分の肩にかけて立ち上がらせようとすると、暁斗の背丈を越える誰かが、暁斗の代わりに力弥に肩を貸して、立ち上がらせた。
「伊織・・・」
「うっす」
「どうして?」
力弥と暁人は驚きながら、揃って伊織に尋ねた。
「えっと、何か辛そうっすから」
いや、そういう意味じゃないんだけど。
力弥と暁人は心の中でも揃ってそう呟くと、平然とした表情で休めるところを探している伊織の顔を見つめた。
怪物が出た直後は普通の人間なら記憶改ざんによって、糸の切れた操り人形のように茫然としているはずだ。どうして彼は平気なんだという疑問が暁人たちの頭には湧いていた。
ただ、周囲に人がいないため、既に記憶改ざんは終了し、人々が普通に動けるようになっているとも考えられた。その一方で、もう一つの可能性を暁斗と力弥はぬぐえずにいた。それは、彼も怪物との戦いに何かの形で関わっている可能性についてだ。
そういえば、さっきの男の声、伊織に似ている気がする。
力弥はそんなことを考えつつも、こうして肩を貸してくれる優しい後輩を疑うべきではないと、すぐにその考えを頭の中から消そうとした。




