第四十八話 島は黒雲に覆われ
「ここまで来れば大丈夫だよな」
「多分」
暁斗がそう言った後、三人は何から喋るべきか考えていると、力弥のスマホがメッセージの受信を知らせた。それは朱音からのものだった。
「とりあえず、移動しよう」
力弥はそう言って暁斗の方を見た。暁斗は頷くも、龍二のことが気になっていた。
「君はどうする?」
「俺は・・・」
龍二は何の役にも立てず、足を引っ張っていた自身に呆れ、このまま静観しているのが良いのではないかと思うようになっていた。そして、力弥たちに関わらず、このまま家に引きこもるべきではないかと考えた。
「ああ、もう。時間ないからさ、君も一緒に来いよ。事情はその時に聞くからよ」
力弥にとっては、怪物よりも嫌味を言ってくる朱音の方が怖いので、だらだらしている暇はないのだ。
「だってさ。まぁ、一緒に来てよ」
暁斗がそう言って、龍二に手を差し伸べた。既に力弥は駅の方に向かって歩き出していた。龍二は迷ったが、彼らと一緒にいれば道が開けそうな、そんな予感がして、「はい」と言って、暁斗ともに力弥の後を追った。
「あの、どこに向かってるんですか?」
先ほどまで死闘を繰り広げていたのに、のほほんと江ノ電の車窓から海を眺めている力弥と暁人に龍二は思い切って聞いてみた。
「どこって、江の島だけど。あ、次の駅だ」
力弥が何でもないように答えると、益々龍二は訝しんだ。
「何のために行くんですか・・・?」
「とりあえず、たこせんべいを仲間に奢らないとな」
力弥がため息を吐きながら答えた。
「あと、そろそろお昼ですね。ぼくはしらす丼が食べたいですね」
暁斗がそう言うと、マジで普通に観光かよという顔を龍二はしていた。
「こんな時に観光かよって思っただろ?」
「ええ、まぁ」
「昨日、ここに来る直前にも怪物と戦っているし、あんなのは日常茶飯事なんだよ」
暁斗が苦笑いしながら答えると、ちょうど電車は降車駅に着いた。龍二は暁斗に促されるままに駅を降り、江の島へ続く道を二人と一緒に歩いた。
こんなことをしていていいのかという迷いはあったが、この二人がいなければ怪物たちに対抗できないのも事実だった。
「それによう、せっかく来たんだから、楽しまないと損だろ。もし、凄い怪物が出てきて負けちまった時に、ああ、生しらす丼食っとけば良かったーって思わないようにしときたいじゃん」
龍二はこの人はどこまで本気なんだろうかと思った。怪物に負けてしまったら、それどころではないのではないか。力弥の態度に大人の余裕のようなものを感じて、龍二はどことなく悔しい気がしてならなかった。
「それなら、さっさと食べに行った方が良さそうだよ」
突然三人の視界に黒ずくめの男が現れた。ウシオだ。この人は本当に神出鬼没だなぁと龍二は既に彼のやり口に慣れつつあった。
「どういう意味ですか?」
力弥は立ち止まると警戒しつつ、聞いた。
「深淵より湧いてくるものたちが集まりつつあるね。今日を逃すと、次は随分先だから焦っているみたいだ。天気が崩れたら気を付けることだね」
力弥にそう言い放つと、次に龍二の方を見た。
「龍二君、大事な話をしよう」
大事な話をする割には、相変わらずニタニタとした表情なのは解せないと龍二は思いつつ、「はい」と答えておいた。
「ぼくはね、君に龍の力を授けたいと思っている」
「龍、ですか」
「まぁ、端的に言うと、こっちの彼みたいな力だよ」
ウシオは力弥を指さしながら言った。
「ただね。それには彼女の協力が必要だ。君が変身できない理由が分からなかったんだが、どうやら彼女が拒否しているみたいんだ」
「彼女って、凪ですか?」
「そう。彼女を呼び水にしてこの地に眠る龍の力を呼び出せるんだ。ぼくの方から彼女にお願いしたのに、どうして言うことを聞いてくれないんだろう」
ウシオはどうやらそうした人が何を考え、思っているかを推し量る能力が著しく欠けているようだ。暁斗と力弥は、そうした意味ではヒバリの方がまだ空気が読めるなぁと思っていた。
「あの、ウシオさん」
「ん? なんだい?」
「凪は、島に来ていますか?」
「うん。彼女にも今日の午後にはやつらが来ると伝えたからね。今は、何だっけ、オクツミヤ?にいるんじゃないかな」
龍二はそれを聞くと、決意を固めたような顔をして、「ありがとうございます」と叫んで島に向かって走っていった。力弥と暁人はそんな彼を心配そうに見つめたが、ウシオは不思議そうに龍二の背中を見ていた。
「君らはどうするの?」
ウシオは龍二の姿が小さくなると、力弥たちの方に顔を向けた。
「俺らは生しらす丼食って、やつらが来るのを待ちますよ」
「あと、たこせんべいも買わないと」
「だな」
そう言って、力弥と暁人はウシオに軽く会釈だけすると、島に向かって歩き出した。ウシオはそんな二人を見て、「なんとかなるかな」とだけ言うと、橋の欄干にもたれかかって、海を眺めた。
スマホを見ると、集合予定時刻の一分前だった。
橋を渡り切った場所に朱音たちが二人が来るのを待っていた。暁斗が手を振って、朱音らに駆け寄った。
「はーい。勝手な行動をした二人にはたこせんべいを全員分奢ってもらいますからね」
「へいへい、その前に昼飯食わね?」
力弥は腹をさすりながら言った。
「そうね。私もお腹すいちゃった」
朱音が他の部員らの方を見ると、彼らも一様に頷いていた。そして、朱音らは全員が入れそうな適当な店に入ると、そこで昼食をとることにした。
食事を終え、店を出る頃には、あんなに晴れていた空が灰色の雲に覆われていた。
「え、雨?」
「降りそうですね」
「傘持ってきたかな」
皆が空を見て、雨が降りそうなのを心配している間、力弥と暁斗は顔を見合わせた。そして、ウシオが言っていた「天気が崩れたら気をつけろ」という言葉を思い出していた。
「俺らはあそこの店でたこせんべいを買ってくるからよ、みんなは宿に戻った方が良いんじゃないか?」
「え、でも、それなら一緒に行ってもいいんじゃない?」
朱音がそう言うと、彼女のほほに雨のしずくが落ちた。
「ほら、もう降り出してきたぞ。全員で濡れることはねぇから、みんなは戻っていてくれ」
「う、うん」
朱音は少し迷ったが、雨粒が増えてくるのを見て、力弥の提案に乗ることにした。そうして、朱音や姫乃、それに利一が宿に向かおうとしている中、伊織は暁人の方を見ながら動こうとしなかった。
「暁斗」
「伊織君も行って、ぼくらもすぐに追いつくから」
「でも」
伊織は何か言いたげだが、自分の手をチラリと見た後、少し頭をもたげたかと思うと、「わかった」と言って、朱音たちと一緒に江の島を離れた。暁斗は伊織たちが島から離れてくれるのを見守ってから、力弥の方に向き直った。
すると、力弥の姿は少し先の店の前にあった。どうやら律儀にたこせんべいを買っているようだった。後で朱音に文句を言われたくないのだろうと思い、「本当に朱音先輩には弱いんだなぁ」と言って、暁斗はくすりと笑ってしまった。
暁斗は力弥のもとに駆け寄ると、力弥は全員分のせんべいを暁斗に押し付けた。
「お前のバッグなら全員分入るだろ? 持っていてくれよ」
「分かりました」
すると、雨脚がやや激しくなり、風が強く吹き始めた。そして、空が暗くなり、何やら異様な雰囲気を感じた。気が付くと、観光客はほとんどいなくなり、店員も店の中に引っ込んでいった。
しかし、妙なことに、橋の方からは人影がこちらに近付いてくるのが見えた。はじめ、人の形に見えていたが、それは違った。島に近付く人影は、魚顔人間たちだった。
魚顔人間たちが現れると、周囲に普通の人間は全くいなくなった。少々不自然とも言える状況で、ウシオが何かしたのかと暁斗は思った。
「ここは俺が食い止める。暁斗は、あの高校生の様子を見てきてくれ」
「分かりました」
暁斗がそう言って、雨と風が吹く中、島の奥へ向かった。その後、奥津宮までどれだけ坂や階段を登るかも知らずに了承したことを後悔するのは想像に難くないだろう。
走り去る暁人の背中を確認すると、力弥はブレスレットを眼前にかざし、「変身」と言って、赤い皮膚と黒い甲殻の戦士に肉体を変化させた。




