第四十六話 再び廃墟へ
朝と酒に強い者から順に目を覚ましていた。
朝からトレーニングをしている力弥や伊織は四人の中でも起きるのが早かった。しかも、力弥は一番酒を飲んでいたにも関わらずだ。飲んでもけろりとしているザルとは恐ろしいものだ。力弥と伊織は昨夜の残りもののソフトドリンクを飲みながら、広縁でのんびりスマホをいじっていた。
ただ、この二人の間に会話はない。今は互いにニュートラルな感情だが、単に話すことがない。
やがて、伊織の腹の虫がなって、そろそろ朝食が恋しくなった頃合いに、暁斗が目を覚ました。枕元に置いておいた眼鏡をかけて体を起こして、周囲を見渡した。そして、今は皆で旅行に来ている事実を思い出すと、立ち上がった。
腹の虫がこれ以上鳴かないように腹を押さえている伊織と、スマホを眺めている力弥が目に入ると二人の下へ歩み寄った。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
「おはよ」
暁斗は周囲を見渡し、残りの一人を探した。一つだけ、何者かがくるまっている布団を見つけて、あそこにいるのかとだけ思った。
「伊織君、今何時?」
「七時半」
「そろそろ朝飯食いたいよな」
力弥はスマホから目を離すと伊織に向かってそう言った。
「う、うっす」
「そうですね。ぼくもお腹すきました」
「じゃあ、二人は朱音たちに声をかけてきてくれ。俺は利一を起こすから」
力弥はそう言って、部屋の隅でくるまっている男のもとへ行くと、彼の体を覆っている布団を一気にはぎ取り、中身を引っ張り出した。
「ほら、起きろ」
力弥が利一を起こそうと奮闘しているのを横目に、暁人たちは部屋を出ると、朱音たちの部屋へ向かい、部屋のドアをノックした。
「はーい」
中から朱音の快活な声が聞こえた。
「朝ごはん、行きませんか?」
暁斗がそう言うと、中でバタバタと音がした後、引き戸の向こうから朱音が顔を出した。寝ぐせが暴走している暁斗や伊織とは対照的に、髪が整えられ、浴衣の裾もびしっとしている朱音が出てきた。
「おはよう、暁人君、伊織君」
「おはようございます」
「朝ごはんよね。ちょっと、待ってくれる。姫乃ちゃんがなんか探し物しているみたいなの」
「何を探しているんですか?」
「それが教えてくれないの」
すると、部屋の奥から姫乃がやってきた。こちらも身だしなみはきちんとしていた。女子とはかくあるべきと言わんばかりだ。
「ねぇ、暁人君。そっちの部屋に行ってもいい?」
「別に平気ですけど」
「ごめんね。ちょっと探させて」
そう言って姫乃は暁斗ら男子部屋に向かっていった。姫乃が部屋に入ろうとすると、テンションが当社比五十パーセント減の利一が出てきた。
「ごめん。ちょっと、中に入らせて」
姫乃はそう言っては部屋の中に入ると、布団をめくったり、食べかけのつまみが置かれたテーブルなどを調べていた。力弥が部屋の中から出てくると、「何してんの?」と暁斗に聞いてきた。
「探し物みたいです」
「何を探してんだ?」
「分かりません。教えてくれないらしいです」
布団が敷かれたままで、雑然としている部屋で探し物をするのはどうにも効率が悪い。力弥は見かねて「飯食ってからにしろよ」と姫乃に言った。すると、姫乃は仕方なさそうに部屋から出てくると「すみません。そうします」と言った。
二日酔いで終始グロッキーな利一と、探し物が見つからなくて萎えている姫乃以外はもりもり朝ごはんを食べていた。
「伊織君、ご飯のおかわりは? よそってあげようか」
「あざっす」
いただきますをしてからものの数秒で空になった茶碗を差し出す伊織。
「なぁ、朱音、俺にもおかわり」
朱音が伊織に茶碗を返すのを見ると、自分の茶碗を差し出す力弥。
「あんたは自分でやんなさいよ」
朱音の言い分はもっともである。おひつは力弥の手の届くところにあるのだから。
「ねぇ、伊織君、これ食べる?」
お膳の隅にあったお浸しを指さす、食わず嫌いの多い暁人。
「暁人君、好き嫌いしないで食べなさい」
利一は唯一口にできそうな味噌汁をすすりながら、お母さんかなと朱音を見ながら思った。以前からその片鱗が見えていたが、何でもよく食べる伊織と好き嫌いの多い暁人が来てから、彼女の素質が輝きだした。
利一は対面に座っている姫乃を見て、あることに気付いて声をかけてみた。
「姫乃ちゃん、昨日、持ってたあの人形みたいなの、なくしたの?」
話しかけられた姫乃だけでなく、朱音に力弥、暁斗まで箸を止めて利一の方を見た。ただ一人、事情を知らない伊織はご飯を口に入れてもぐもぐしていた。
「え、ぼく、何か変なこと言いました?」
三人の視線は利一から姫乃の方へ向かった。別に問い詰めるつもりはないが、昨日の昼間の像は置いていったと思った三人は、まさか持って帰っていたのかと姫乃を疑うように見た。
「姫乃ちゃん、あの不気味な像、持って来ちゃったの?」
朱音にそう聞かれると、姫乃は一瞬視線を逸らしたのちに、「すみません」と言って謝った。
「別に責めるつもりはないよ。もしかして、朝から探していたのはあの像なの?」
「はい」
「いつからないの?」
「昨日、この宿に着いて、夕食を食べたところまではあったんですよ」
「その後は見てないの?」
「はい。朝、探してみたんですけどなくなってて」
それを聞いた力弥は何かを考え付いたのか、暁斗の方をちらりと見た後、もくもくと朝食の残りを食べ始めた。暁斗も力弥とほぼ同じことを考えていた。最後に見たのが夕食後、それ以降になくしたとなれば、例の魚顔人間が持っていた可能性が高い。
昨日の廃墟は魚顔人間と関係があるってことかな。
暁斗は食べられるおかずを口にしながら、魚顔人間と廃墟にどんな可能性があるのか、あの像は彼らにとって何なのかと色々な考えを頭の中で巡らせていた。
「暁人君、ひじきも食べなさい」
シリアスに推理をしていたところを、朱音のお母さんばりの小言で現実に引き戻され、「はあい」と言って、暁斗は恐る恐るひじきの煮物に箸を伸ばした。
暁人たちは部屋に戻ると、四人で分担して布団を畳み、押し入れに入れた。そして、各自が整容をして、出掛ける準備をしていると、力弥が暁人に声をかけた。
「昨日の廃墟に行ってみないか?」
「いいですけど、朱音先輩には何て言うんですか?」
「その言い訳を考えるのは難解だな」
そう言って力弥は顎に手をあて、天井を見つめた。暁斗はスマホで周辺の情報を調べてみた。なお、この日は午前中は水族館に行って、ショーまで見てから江の島に行くことになっている。
「そういえば、車で来ているから江ノ電に乗ってないですよね」
「ああ、ちらっと見ただけだな」
「ぼく、乗ってみたかったんですよね」
「じゃあ、江ノ電に乗りたいってことにして、ついでにもう一回鎌倉まで行くってことにするか」
暁斗は力弥の意見に賛同して頷いた後、洗面台で寝ぐせと格闘している伊織と髭を剃っている利一を見た。
「問い詰められたり、他にも一緒に行きたいって人がいるとあれなんで、置手紙をして、行っちゃいませんか?」
「そうだな」
二人は財布やスマホなどをポケットやショルダーバッグに入れると、力弥は適当な紙に『江ノ電に乗りたいので、俺と暁斗は二人で出かけます。力弥』と書いて、座卓の上に置いた。
そして、他の部員に気付かれないようにこっそりと宿を出た。
「バイクで行ったらダメだよな」
「いや、置手紙の内容が嘘だって、一瞬でバレますよ。駅はすぐそこですから、電車で行きましょう」
暁斗がそう言うと、二人は駅の方に向かって歩き出した。
昨日の廃墟までの経路を地図アプリで探索し、降車駅を確認した。
そして二人は電車に乗り込むと窓の外を眺めた。テレビなどで知ってはいたが、思った以上に電車と周囲の住宅地との距離が近かった。それほどスピードが出ていないが、家の軒先や植樹が間近に迫っているのはヒヤリとするものがあった。
やがて、最寄り駅まで着くと、二人はそこから徒歩で林に囲まれた廃墟を目指した。降車駅のすぐ近くの踏切にやたらと人が集まっていたが、昔の漫画に疎い二人にはその理由を知る由もなかった。
この日の午前中は晴天で、空は雲一つなく、太陽の光が気持ちよかった。力弥は難なく坂をサクサク登っていくが、暁斗は息を切らせながら、力弥にどうにかついていった。
坂を上り来たところで、力弥のスマホがメッセージの受信を知らせた。
「やべ、朱音だ」
「怒ってますか?」
暁斗は冷や汗をかきながら聞いた。
「『全員にたこせんべいを奢ったら許してあげるよ』だってさ」
力弥はそれくらいなら安いもんだと言わんばかりに笑い飛ばすと、『了解』と言いながら可愛らしいキャラクターが敬礼しているスタンプを送ると、スマホをポケットに入れた。
「昼には合流しないとな」
「そうですね」
暁斗はスマホの時計を確認すると、九時過ぎ頃だった。おそらく、彼らはちょうど水族館に着いた頃合いだろうか。暁斗としては、水族館にも行きたかったが、またの機会に行こうと心に決めた。




