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第四十二話 旅行初日

 江の島旅行の朝。


 暁斗は大きめのショルダーバックに着替えや日用品が入っているのを確認すると、スマホで現在時刻を確認した。


「まだ、集合時間までは余裕があるな」


 しかし、部屋にいてもそわそわして落ち着かないので、暁斗は出発することにした。ドアに鍵をかけ、下宿先を出た。東の空から登る朝日を眺めつつ、澄んだ空気を吸い込んだ。


 そして、鳥のさえずりを聞きながら、清々しい気持ちで駅へ向かって歩いた。


 こんなウキウキした気持ちで旅行に行くなんて、いつ以来だろうか。


 暁斗は東京に出てきたこと、正確にはここは神奈川だが、そして今の大学で今の仲間と出会えたことをに感謝していた。そして、この晴れやかな気持ちのまま江の島まで行けたらどんなにいいだろうかと思った。


 しかし、それは全くのフラグで、彼の清々しい朝を一本の電話が台無しにした。


「力弥先輩からだ」


 暁斗は電話に出ると、切羽詰まった声の力弥の声が耳に入った。それと同時に嫌な予感がした。


「上から来るぞ、気をつけろ!」


 暁斗が顔を上げると、何か黒いものが自分に向かって落ちてくるのが見えた。


「え、え、え。な、何ですか?」


 分かり切っているが、聞くしかなかった。いや、気が動転していて、質問する以外の行動が出てこなかったとも言える。


「伏せろ!」


 暁斗はそう言われて、咄嗟にその場にしゃがみこんだ。すると、彼のすぐ近くで何かが着地したかと思うと、暁斗の頭上で轟音が響いた。


 そう、赤色の戦士に変身した力弥が暁斗の真後ろで上から落ちてきた怪物に蹴りを入れて吹き飛ばしたのだ。轟音はその時の蹴りの炸裂音である。


「ふー、間一髪。危なかったな、暁斗」


「あ、ありがとうございまーす」


 他にどうしようもなかったのかと疑問に思いつつも、ひとまずお礼を言うことにした暁斗であった。そして、立ち上がり、何者かが吹き飛ばされたほうを見た。


 そこには黒い獣がいた。


 パット見は大きな狼や熊を思わせたが、黒い体の所々が甲殻に覆われていた。そして、何よりも大きな違いは足が六本あることだ。それは昆虫の脚を思わせるフォルムで、それを器用に使って体を起こすと、力弥に対して威嚇ともとれる姿勢になった。


 祝日の朝は人通りが少ないのが救いとも言え、周囲には暁斗と力弥以外に人の姿はなかった。いたとしても、この光景を見て、のこのこ出てくる命知らずはそうはいないだろう、何故なら怪物は一匹ではないからだ。


「ち、もう一匹いやがったか」


 力弥がそう言うと、二人の背後からもう一匹同じ怪物が現れた。


「暁斗、印は持っているな」


「はい」


「できるだけ俺がひきつけるが、危なくなったらそれで自分の身を守れ」


「分かりました」


 力弥は暁人の前に立ち、両手を構えた。そして、二匹の怪物はじりじりと力弥との間合いを詰めたかと思うと、二匹同時に飛びかかってきた。


 唐突の出来事に暁人は驚いたが、力弥はこうした場面に慣れているのだろう、冷静に怪物たちとの正確な距離を見極めた。そして、僅かに早く力弥に飛びかかって来た方にフックを入れると、勢いを保ちつつもう一匹にはアッパーを入れた。


 それはまさに一瞬の出来事で、真後ろで見ていた暁人ですら何が起きたのか分からなかった。気が付いたら、怪物たちは吹き飛ばされた後だった。


 二匹の怪物は再び、力弥との間合いを計りつつ、次は正面からの突進と飛び上がっての頭上からの同時攻撃を仕掛けた。


 しかし、攻撃の仕方を変えたところで、二匹であることに変わりはない。


 力弥は体を僅かに沈みこませ、そこから力強く拳を振り上げ、二匹まとめて吹き飛ばした。こうして、二匹の怪物は先ほどよりも遠くの位置で仰向けになっていた。


 すると力弥はとどめを刺そうと、右の上腕から剣を出現させると、立ち上がろうとしている怪物の一匹に一閃を入れた。剣からは赤い炎が溢れ、炎と斬撃によって怪物は一瞬で黒い塵と化した。


 ただ、これはもう一匹の怪物に暁斗を襲わせる隙を作ることと同義だった。


 既に体勢を立て直していたもう一匹の怪物が気味の悪い六本の脚を広げて暁人に飛びかかっていた。暁斗は印を掲げると、それは銀色の盾になり、怪物の攻撃から暁人を守った。


 怪物はどうにかして足の先の鋭い爪で暁斗を貫こうとしたが、そうして藻掻いている間に、既に力弥は怪物の背後に立っていた。そして、蹴りを入れて怪物を暁人から引きはがすと、右手の燃える剣の一閃を怪物に叩きこんだ。


「ふー、片付いたな」


「はい。他に怪物はいないみたいですね」


 あれ以来、暁斗は印の使い方を色々と独自に調べ、周囲に怪物がいるかどうかを検出するソナーのような機能を見つけていた。力弥のようにあまり遠くまで感知することはできないが、周囲数十メートル程度であれば検出できる。


 力弥は周囲に人がいないのを確認すると、変身を解いた。


「今日、怪物が出たってことはしばらくは出ないな」


「ですね」


 過去に一日に二度出たことがあったが、それ以来、一日に二度も三度も怪物が出ることはなかった。むしろ、これまでの出現頻度をデータ化した結果、旅行中に出る可能性は極めて低いと言える。


 なお、一日に二度出たのは力弥が初めて変身したあの日だ。あの日は、勇輝がいなくなった機会を逃すまいと、怪物を続けて出したのではないかと力弥は考えている。つまり、怪物の出現には何者かの意図が介在しているというのが彼の見解だ。


 この発想のきっかけは徹の助言によるものだが。


「俺はバイクをあっちに停めてあるから、また後でな」


 そう言って力弥は細い小道に入っていった。


「はーい」


 暁斗は彼に軽く手を振ってから、印ではない、普通のスマホを取り出し、時間を確認した。


「え、ちょっとやばいかも」


 余裕を持って出たつもりだったが、怪物の出現により思いのほか時間を食ったらしい。暁斗は荷物を担ぎながら、駅まで走ることにした。




 絶好の行楽日和と言える天候だった。


 見上げる先に雲はなく、どこまでも水色の空が広がっていた。時折見える木々は初々しい若芽が青々として、見ているだけで爽やかさな空気を匂わせる。


 利一が運転する車には、助手席には姫乃、後部座席には暁斗と朱音が座っていた。そして、その利一の車に後ろからぴったりと力弥がバイクでついてきていた。なお、伊織は剣道部の練習があるので、夕方に電車で来ることになっている。


 車は藤沢方面へ向かって南下していたが、すぐに海岸の方へ向かわず、その前に他の場所へ立ち寄ることになっている。そこには今では使われていないとある企業の研究所跡がある。そこへは姫乃の希望で立ち寄ることになった。


 旅行の計画の際には各自の希望が可能な限り採用されている。この研究所跡もその一つだ。暁斗や伊織は遠慮していたが、ご当地グルメを楽しみたいという意見にまとまった。あとは朱音が水族館に行きたいという案も採用されている。


 利一は釣りをしたいと言ったが、それは勝手にどうぞという扱いになっていた。道具を持たない他のメンバーとしてはそういう対応にならざるを得ないが、利一が車を出してあげているのに何とも可哀想な扱いである。


 なお、力弥は他の人の案に乗る形で、彼個人での希望は出ていない。色々と考えたが、特にないという。


「まぁ、みんなと一緒に行ければそれでいいじゃん」


 力弥のこうした回答に、朱音は納得はしていないものの、いつものことだと諦めている。暁斗は後輩という立場から言及を控えたというところだ。


 朱音が前の席の会話に加わると、暁斗は少し手持無沙汰になり、窓の外を眺めた。そして、先日の顔のない黒い怪物との戦闘後、力弥は未来が見えていなかったと言っていたのを思い出していた。


 何かをしたい、やりたいというのは未来があるからこそ出てくる発想なのかもしれない。明日晴れるなら遠くまで出かけたい、夏休みになったら海に行きたい、そうした願いは未来と連動している。


 長い間、未来を見失っていた力弥からすぐにやりたいことを考えさせるのは難しいことなのかもしれない。だけど、未来が見えるようになったと彼は言っていた。だったら、いつかは未来が見えるようになるかもしれない。


 暁斗は窓を開けて、すぐ後ろにいるはずの彼を探した。


 多少見えづらいが、黒いライダースーツに身を包んだ力弥を見つけることができた。力弥は暁斗に気が付いて手を振っていた。フルフェイスのヘルメットを被っていて、顔の表情は分からないが、きっといつものように爽やかに笑いかけてくれていると暁斗は想像した。


 暁斗はそれに答えるように小さく手を振りながら、いつか彼の口から本当の願いを聞ける日が来ることを願わずにはいられなかった。


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