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第四話 力弥と勇輝

 登校するとすぐに明星の姿を探すのが力弥の日課になっていた。そして、タイミングが合えば明星に声をかけ、挨拶をする。クラスの中では存在感の薄い明星にクラスのムードメーカーである力弥が急に馴れ馴れしくなる光景にクラスメイトは奇異な視線を送っていた。


 夏休みの間に何かあったのだろうかとクラスメイトは勘ぐっている。夏休みの間に何かあったのかという疑りは間違ってはいないが、それは最終日の一日だけのことだ。一般的には駅前ロータリーでのバスの横転事故ということになっているが、実際には巨大な怪物と黒い男の戦闘があった日のことだ。


 あの黒い男の行方を追った力弥はその正体が明星であることを知った。その日から力弥は明星のことを気にするようになった。むしろ、彼との距離を縮めようとしているのだ。その日も力弥は教室に向かう途中の廊下で明星を見つけると、彼に大声で「おはよう」と挨拶をした。


 明星は小動物が怯えるようにびくりと体を震わせると、おずおずと後ろを向いた。そして、呆れたような視線を力弥に投げかけると小声で「おはよう」と言った。とはいえ生徒が行き交う廊下ではそよ風のような明星の声が力弥に届いているはずはない。しかし、力弥はお構いなしに明星の肩を軽くつかんで、笑顔を返した。


 そして、そのまま前方にいる他のクラスメイトの輪の中に入っていった。力弥は明るい自分で表面を覆うことで、他者とのコミュニケーションを取ることができる。元気な挨拶と笑顔を投げかけられれば誰だって心を許すと力弥は思っている。


 自分の周りにいる彼らも力弥の作り出す陽気に当てられた鳥たちのようなものだ。そうやって振舞っていれば常に誰かと一緒にいられる。孤独を回避できる。力弥はそう思って、自分の表面に陽光のような輝きを纏うようにしている。


 人という生き物は社会性を持つ動物だ。そのため、常に群れることを好み、孤独を忌避するという傾向を文化的に受け継いでいるのだろう。力弥もまたその例外ではなく、誰かと共に行動したいと思っている。自分の内面から沸き起こる情動のままに行動をして孤独を引き起こすことは避けたい。


 教室で友人らと中身のない会話を交わすのも孤独を避けるためだ。その会話の合間にちらりと明星の方を見る。彼は一人で本を読んでいた。片手で本を開きつつ、もう片方の手で頬杖をついている。誰とも関わろうとしない堅牢な意思がそうさせているのか、力弥は自らの放つ陽光が彼には届いていないように思えていた。



 今日はクラス担任である高瀬の担当科目の物理がある。授業のチャイムが鳴るのと同時に高瀬は教室に入ってくる。やや猫背気味の姿勢につっかけを地面に擦らせながら歩くのが高瀬の特徴だ。教壇に教科書と板書が書かれたノートを開くと授業を始めた。


 高瀬は黒板に物理法則の式を書きながら、模式図を交えながら、その式の意味を解説した。力弥を含めたクラスメイトは真剣に高瀬の話を聞き、板書をノートに書き留めている。流石に受験を控えている以上、真剣にならざるを得ない。教室内は高瀬が黒板に淡々と数式を書くチョークの音だけが響く。


 突然、椅子から立ち上がる音が教室中に響き、チョークの音が止まる。皆の視線がそちらに向かう。力弥もその方向を見た。明星だった。彼は小さく手を上げ、真剣な眼差しで高瀬の方を向いた。


「先生、具合が悪いので保健室に行きます」


 そう言って明星は速足で教室を出て行ってしまった。具合の悪い人間の動きではないことは誰の目にも明らかだった。


「ああ、分かった」


 高瀬は返事をしたが、明星には届いていないだろう。教室内が茫然としている中、力弥だけは怪物が出たのだろうと思った。そう思った時にはすでに力弥は行動を起こしていた。


「先生、自分も腹痛いっす。朝飯食いすぎたかも」


 そう言って、腹を押さえながら力弥は立ち上がった。すると、今度は「仕方ないやつだな」と高瀬は苦笑いした。クラスメイト達も教室を出ていく力弥に笑いかけながら、「腹壊すほど食いすぎるってなんだよ」と声をかける友人もいた。


 力弥は教室を出ると、すぐに廊下を見渡し、明星の姿を探した。廊下の突き当りの階段で下に降りようとしている彼の姿を見つけると、すぐに追いかけた。明星の姿を見失わないように階段を駆け下り、降りきったところで追いついた。


「よう! もしかして、あれが出たのか?」


 力弥が明星の肩に手を触れながら声をかけると、相変わらず明星は小動物のようなリアクションで肩を震わすと嫌そうな視線を力弥によこした。そして足を止めることなく切り返した。


「なんでいるんだよ」


「お前と同じで仮病でサボタージュ」


 明星は一階の校舎と校舎の間の渡り廊下から外に出ると、物置小屋と校舎の間の物陰に身を潜めた。力弥もさも当たり前のかのように明星の隣にいる。二人で入るには狭いうえに、力弥は少々体格が良いので、余計に狭い。


「なんでいるんだよ、狭いだろ」


「変身するところを見てみたくてさー」


「こんなにくっついていたらできないだろ」


明星の訴えはもっともである。変身後の姿は今の明星より二回り以上は大きい。変身ができても、外に出ることはできない。明星は力弥を文字通り足蹴にして、倉庫裏のスペースから追い出した。


「ケチ、減るもんじゃないだろ」


 明星は力弥の訴えを無視して右手を眼前に掲げると、「変身」と静かに声を放った。すると、明星の姿は光の粒子の奔流に包まれた。力弥は眩しさから手で顔を覆うも、明星の姿がどのように変わるかを目に焼き付けようとした。


 光の粒子の流れが収まったが、そこに明星の姿はなかった。その時、とっさに上だと直感した力弥が上を仰ぐと、はるか上空に人影が見えた。あの一瞬であの高さまで飛び上がったのかと感心していると、人影はどこかに飛び去ってしまった。


「さすがに追いかけるのは無理か」


 力弥が今いる場所から駐輪場までは少々距離がある。その間に、彼の姿を見失ってしまう可能性が高い。力弥は仕方なく校舎に戻ることにした。そして、仮病を使って保健室に行くはずだったことを思い出し、保健室の方へ踵を返した。



 一回の授業中に生徒が二人も保健室に行くなどということがあるのかと高瀬は悶々と考えながら教室を出た。二十分ほど様子を見ていたが、戻る様子がないので、生徒たちには自習を指示して保健室に向かうことにした。


 しかも、あの二人は特に接点もなかったと高瀬は記憶している。二人してサボるために教室を出たという可能性も考えにくい。それなら本当に体調不良ということだろう。そんなことを考えながら、誰もいない廊下を歩いた。


 保健室に着くと、ノックをして中に入った。すると、燕谷が保険医の先生と談笑しているところだった。どう見ても腹痛で苦しんでいるようには見えない。仮病だったのかと訝しみつつも、本人から話を聞く前から疑うのはよくないと仮病の可能性を打ち消した。


「燕谷、腹痛はらいたは?」


「あ、治りました。今、教室に戻るつもりでした」


「はぁ、それならいいよ。明星は?」


 高瀬の問いに燕谷は視線を逸らした。何かあるのかと思いつつも、燕谷は思い出したかのように「トイレです。あいつも腹が痛いとか言っていましたから」と返した。益々怪しいと思いつつも、嘘だと断じる根拠もないと高瀬は結論付けた。


 その時、保健室の扉が開け放たれた。そこには明星が立っていた。特に体調が悪いように見えない。トイレで用を足しているうちに治ったのかと思い、「もう大丈夫か」と明星に声をかけた。


「あ、はい」


 明星が返事をすると「じゃあ教室に戻るぞ」と明星と燕谷を交互に見ながら言った。保健室で明らかにサボっていた燕谷はともかく、明星は本当に体調が悪かったのではないかと高瀬は思いつつあった。


 高瀬は明星と燕谷を保健室から出して教室に戻るよう言うと、保険医の先生にお礼を言った。そして二人の後ろについていく形で高瀬も教室に戻ることにした。すると、断片的だが、二人の会話が聞こえてきた。あの二人が話をしているところを見たことがないが、自分が知らないだけで仲が良いのだろうか。


「今出たのってデカかった?」


「デカかった。でも、前にお前が見たのよりは小さい」


「マジかー。俺も見たかったな」


「ていうか、入ってくるなよ。狭いんだから」


「ごめんごめん。次はもっと広いところで頼むよ」


「人に見られたらどうするんだよ」


 小声で話しているので、部分的に聞こえづらいが、意味が通じる程度には高瀬の耳にも入っていた。出たものの大きさがどうこうって、今の高校生はトイレで出したものを見せ合うのが流行っているのか。しかも見るためにトイレの個室に入って来たということか。


 自分が知らないだけであの二人ってそんなに親密な関係だったのかと高瀬は考えこんでしまい、教室を出た時よりもいっそう混乱した状態で教室に戻ることとなった。そんな高瀬のことなどどこ吹く風かといった明星は自分の席に着くと、表情を緩めながら外の景色を眺めていた。


 戦いの後に、こうして誰かと話をしたことがなかっただけに、新鮮な気持ちがした。その心情を知ってか知らでか。ふと笑みがこぼれた。残暑の厳しい日が続くが、それでも涼しい風が秋の到来を予感させた。



 九月に入って久々の学校生活を取り戻しつつある頃に文化祭の話し合いが始まる。大学受験勉強で忙しい三年生も高校最後の青春という位置づけから、文化祭は大いに楽しむ傾向にある。今まさに勇輝の所属する三年F組のクラスの出し物を何にするかの話し合いがなされている。勇輝は文化祭に興味はないので、本でも読もうかと思ったが、そこまで無頓着を決め込むほど勇輝の神経は太くはない。


 そこで勇輝は頬杖をつきながら、外の景色をぼうっと眺めていた。九月は夏だと言わんばかりに太陽の光が容赦なく降り注いでいる。それでも、こんな日は静かな公園の日陰で本を読むのは気持ちが良いだろうなと勇輝は想像していた。


 一方で、教室内は議論が白熱していた。文化祭の出し物でここまで苛烈な議論ができるだろうかと勇輝は半ば呆れていた。一部の男子と女子の意見が食い違っている。今年で高校の文化祭も最後ということもあり、互いに引けないのだろう。


 互いに引けない気持ちが分からないでもないが、特定の意見を押し込むことでクラスメイトとの間に禍根を残せば、その方がクラスにとってマイナスになるのではないかと思ったが、勇輝はそれを口にするつもりはなかった。


 そんなクラスの出し物案は、お化け屋敷と演劇に絞られていた。一部の女子が演劇を押していて、演劇に反対する男子が対抗案としてお化け屋敷を提案したという流れだ。その男子も考えなしにお化け屋敷を提案したわけではない。一、二年生の時からお化け屋敷をやりたかったが、演劇に押し切られたので三年こそはゾンビをやりたいそうだ。


「そもそも、演技するのがハズいんだよ」


「裏方をやっていればいいでしょ」


「だから、俺は毎年裏方やってたんだよ」


 一方で、女子としては最後の文化祭がお化け屋敷というのが気に入らない模様。確かにお化け屋敷というのは高校三年生の出し物としてはどうかと勇輝でも思う。もう少し洒落たものにすべきだろう。


「お化け屋敷なんて一年生の出し物でしょ」


「別に三年がやってもいいだろ」


 このままでは水掛け論だ。出し物にこだわらず、各自の本質的な希望を意見として出し合って、そこから中庸案を捻出することができればこの場は収まりそうだが、議論が白熱してしまって、そうした思考が完全に絶たれている。すると、燕谷が席を立って、双方をなだめ始めた。


「じゃあさ、お化け屋敷も演劇もいったん置いておこうよ。それでさ、それぞれの『らしさ』みたいのを残せればいいんじゃないの」


 燕谷の説明が抽象的で、双方ともに首をかしげている。ただ、どちらも冷静に考えられるようにはなったようだ。すると燕谷は説明を続けた。


「コスプレカフェとかどうかな。スタッフが思い思いにコスプレをして参加するんだ。ゾンビの恰好でもお姫様でも好きな格好してくればいいじゃん」


 そこまで説明されて、燕谷の言わんとしていることが分かったらしい。その意見に対しては議論をしている生徒らに反対意見はないようだ。更に、勇輝をはじめとする議論に参加していないクラスメイトはようやく話し合いが先に進むと安心した。


「最後の文化祭なんだからさ、みんなで盛り上げようよ。誰か一人の意見を押し通さないで、みんなが楽しめるようにさ」


 こうして白熱した議論を燕谷は収めたが、勇輝は彼の横顔を眺めながら燕谷自身はどうしたかったのだろうという疑問が湧いた。燕谷はクラスのムードメーカーとして振る舞っていて、クラスメイトと楽しくすごしているように見えて、彼は自分を出していないように思えた。


「考えすぎかな」


 これはただの直感に過ぎない。燕谷の真意は分からない。あの日以来、勇輝は力弥のことを気にかけ視界に捉えるようになり、今日のように彼が何を考えているか想像するようになっていた。



 その日は朝から雨だった。雨は憂鬱だ。勇輝は湿気で益々ひねくれていくくせ毛を指先でつまみながらため息を漏らした。更に憂鬱なのは今日の体育が雨のせいで体育館でのバスケットボールに変更になったことだ。


 体を動かすこと自体は苦手でもないし、別段嫌いでもない。しかし、球技というのは苦手だ。ボールを持てば否が応でも視線を浴びる。人に注目されることを殊の外嫌う勇輝にとって球技はできれば避けたいものだった。そんな彼は陸上や水泳などの個人競技の方が気楽なのだ。


 今は出番ではないので、体育館の端で体育座りをして項垂れている。このまま自分の出番のないまま体育が終わればいいのにと思っていた。生徒たちのコートを走る足音、ボールの弾む音、仲間を呼ぶ掛け声を聞きながら、勇輝は膝に顔をうずめた。


 するとふいに肩を叩かれた。試合が始まってそれほど時間が経っていないが、もう出番になったのだろうか。顔を上げると、そこには燕谷が満面の笑みで自分を見つめていた。嫌な予感がした勇輝は逃げ出そうとしたが、あいにく後ろは壁だった。


「一人、足をひねったんだ。お前、代わりに出てくんない?」



 九月ともなれば雨の日は暑さが引いて過ごしやすい。体育の日に雨というのはある意味では怪我の功名とも言えるなと力弥はコートを駆け回りながらふと思った。ボールがゴールリングに入り得点が決まると、ゆとりができてふと壁際に目をやった。


 明星がつまらなそうに俯いていた。そういえば、あいつは体育とか得意なのか。そんな疑問が頭に湧いた。ヒーローに変身できるという事実を知るまで、明星のことをまるで意識していなかったので、力弥は勇輝について何も知らないという事実を日々痛感している。


 新学期が始まってから分かったことは、窓際で本を読んでいるか、外を眺めていること。そして、力弥以外のクラスメイトとは最低限度のこと以外はほとんど会話を交わしていないこと。そして、気が付くと時々姿を消している。何だか誰とも関係を持とうとしない意志のようなものを力弥は感じていた。


 ボールが相手チームに奪われ、とっさにその方向に向かおうと踵を返すと、その先でボールを奪おうとした自分のチームメイトが盛大に転倒してしまった。急な方向転換をしようとして足首をひねったようだ。転んだ後、彼は足首を押さえていた。


 数人の生徒と体育教師が駆け寄り、転んだ生徒を介抱している。力弥は彼の穴埋めを誰かにお願いしようと壁際に控えているクラスメイト達を見渡した。皆、心配そうに転んだ生徒を見ている中、相変わらず俯いているやつがいる、明星だ。


 力弥はにやりと口角を上げると、明星の前に立った。そして、とんとんと彼の肩を叩くと、「一人、足をひねったんだ。お前、代わりに出てくんない?」と言い放った。明星は明らかに嫌そうな顔をしている。


「いや、他の人に頼んだら」


 明星は少し控えめに言った。二人だけの時と違って少し口調が柔らかい気がした。何だかよそよそしい気がして、力弥は少しムッとしたが、むしろ意地悪をしてやろうという気になっていた。


「なんだよ、自信ないのか、背が低いから」


 明星は運動が得意なのかどうか、そんなことすら知らない力弥にとっては体格的特徴以外に彼を挑発する言葉が思い浮かばなかった。これで引っかかってくれないと、バカやマヌケのような益体もない悪口しか思い浮かばなかった。


「お前がデカいだけで低くないよ。分かったよ、やってやるよ」


 そう言って、明星は立ち上がるとずんずんとコートの中に入っていった。あいつって単純なやつなんだなとその場の全員の気持ちが一致した。控えにいるクラスメイトたちが茫然としている中、一人クスリと笑いながら力弥は明星に駆け寄った。


「で、どっちのチームに入ればいいんだ」


「やっぱ何も見てなかったのかよ。俺と同じチームだよ」


 力弥がそう答えると、更に嫌そうな顔を明星はした。そして、力弥と同じ色のゼッケンに明星が腕を通した後、体育教師の笛の合図で試合が再開した。力弥はボールを受け取ると、ゴールに向かって真っすぐにドリブルをした。


 背の高い力弥が走っている姿は様になっていた。しかし、ゴールを前にしてディフェンスが彼の進行を阻む。力弥はゴール前をちらりと見ると、チームメイトが他のディフェンダーにマークされている中、明星だけがノーマークでゴール近くに立っているのが見えた。


「さすが、クラス一地味な男」


 力弥は聞こえるか聞こえないかの小さな声でそう呟くと「明星」と声を張り上げてボールを彼に向かって投げた。明星も自分しかいないだろうと分かっているのか、手を構えるとボールを受け取った。そして、そのままゴールリングに向かってシュートを決めた。


 乾いた音を立ててボールはネットに包まれ、そのまま下に落ちた。力弥が声をかけてからゴールが決まるまで、時間が止まったように静けさをその場の皆が感じていた。そしてゴールが決まったと分かると、力弥は明星に駆け寄った。そして、力弥は右腕で明星の肩を引き寄せ、大いに喜んだ。


 他のチームメイトも二人の周りに集まり、明星を称えた。その時の明星の恥ずかしそうに俯いている姿や「しまった」と掠れたような声を漏らしているのは力弥だけが記憶に留めていた。少しだけ明星のことが分かった気がした。


 その後は、注目されるのが苦手な明星の動きは精細さを欠き、実質的に四対五になった力弥のチームは結局負けてしまった。それでも力弥は明星とコートを駆け回れたことを純粋に楽しんだ。そして、汗を流しながら申し訳なさそうに歩く明星の肩に手を置いた。


「お疲れー」


「うん、お、お疲れ」


 控えていたクラスメイトに着ていたゼッケンを渡すと、力弥と明星は並んで体育館の壁際に腰を下ろした。しばらく力弥は交代したクラスメイトによる試合を眺めていた。すると、ふいに横にいる明星が声をかけた。


「あの、全然動けてなくて、ごめん」


「でも、一点入れたじゃん」


「一点だけだろ」


 ふてくされたような明星の返事に力弥は言葉を返した。


「でもさ、あのシュートは綺麗だったと思うよ」


 少し間をおいて何かを思い出すように遠くを見つめながら力弥はそう言うと、明星に笑いかけた。その笑顔は何かを覆い隠すベールのようなものではなく、力弥の内面から自然と出てきた。褒められることに慣れていない明星はまた汗をかき始めた。


 力弥は先ほどの明星の綺麗なフォームとそこから放たれる放物線を思い出しながら、自分の知らない彼を見てみたいという衝動に駆られた。既に自分しか知らない明星を知っているが故の欲張りみたいなものだった。


「ただのマグレだし」


「そうかなー。実はこっそり体育館で練習してたりして」


 力弥は茶化すように明星にそう言うと、明星は視線を逸らして黙り込んでしまった。図星らしい。「いや、マジかよ」と力弥が呟くと、「悪いかよ」と明星は返した。すると力弥は益々彼を茶化したいという気持ちが湧いてきた。


「え、なんでなんで? なんで練習してたの」


「うるさいな。お前には関係ないだろ」


「教えろよー」


 そう言って、力弥が明星の首に左腕を回して、じゃれあいだした。そんな二人のやり取りを見ている周囲のクラスメイトは「いつの間にあんなに仲が良くなったんだろう」と益々不思議がっていた。


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