第三十九話 廃屋
「ゴールデンウイークってどこか行くか?」
「普通に部活だろ」
「だよなー。ていうか、彼女ほしー」
特にオチもなく、取り立てて意味もなく、話の山すらない、会話をすること自体に意義を見出す男子高校生の会話に龍二も巻き込まれていた。
世間一般的にはゴールデンウイークは始まっているそうだが、有休を持たず、カレンダー通りに登校することを強要される彼らにとっては金曜日からが連休になる。
とはいえ、半分程度は部活動の練習に消費されることが決まっているので、さほどテンションは上がっていない。
「龍二は天澤とどっか行かないのかよ」
「はぁ? なんで?」
「いや、最近、よく一緒にいるじゃん」
「あれは、野暮用だよ。別にそんなんじゃねーから」
ウシオに頼まれただけだと自分に言い聞かせながら、今日まで彼女の護衛をしている。幸運なことに、裏磯での出来事以来、例の怪物は出てきていない。彼女のおつとめの間、近くで怪物が出てこないかを家から持ってきたバットを構えて見張っていたが、特に出てくる様子はなかった。
友人らに問い詰められるも、本当に色気のある出来事はないので、龍二は否定し続けていた。
「そういえばよ。学校の裏の林の廃屋って知ってるよな」
全く脈絡のない話の振り方に「唐突だな」と誰かが突っ込みつつも、廃屋の存在はこの場の誰もが知っていた。
学校の裏手に当たる場所には昔どこかの企業の研究所があったらしい。建物自体は今も残っているが、既にそこは使われておらず、廃墟と化している。それなりに大きな研究所だったのか、建物もいくつかあり、探検しがいのある場所だ。
もちろん、近くまで見に行く分には問題ないが、中に入るのは危険だからと禁止されている。学内でも中に入るなと教師から口酸っぱく言われている。
「あそこに、どっかの宗教の人が出入りしているらしいぜ」
「え、何それ、こわ」
「なんで宗教って分かるんだよ」
「浮浪者だろ」
龍二は友人らの話を聞き流しながら、ウシオから例の怪物が町に紛れているという話を思い出した。そして、あの怪物たちが浮浪者に成りすまして、怪物たちのたまり場になっているのではないかと考えた。
午後は丸々暇になった。連休初日の部活は午前までで終わった。
龍二は何をして過ごすかを考え、連休前に誰かが言っていた廃屋の話を思い出した。怪物は夜に出るという話しであり、昼であれば危険は少ないと考えると、自宅ではなく学校の裏手を目指した。
鬱蒼とした林を歩いている間、一人ではなく誰か誘えば良かっただろうかと少し後悔していた。誰も見ていないとはいえ、ここで引き返すのはどうにも格好が悪い気がしたので、目的地へ向かった。
開けた場所に出ると、廃屋というには大きすぎる建物が目の前にあった。龍二の知る建物の中では、学校に雰囲気が近い気がした。ただ、学校に比べると小さいなとも思った。
中に入ることは禁止されている。ただ、禁止されていなくても入る気にはならなかった。入り口の先は何となく薄暗く、入りづらい雰囲気を感じさせた。
誰か出入りしているのか、怪しいものはないのか、龍二は建物の周囲を回りながら探すことにした。
舗装された地面であれば、所々に雑草が生えている程度で歩くのに難儀しなかったが、土が露出している場所では雑草が伸び放題で歩きづらかった。夏はもっとひどいだろうなと思いながら、龍二は草をかき分けながら歩いた。
入り口の反対側まで回ってきたが、特に怪しい人影やものなどは見つけることはできず、入り口側まで戻ったら帰ろうと龍二はため息をつきながら決意した。
もはや見るものはないだろうと、残り半分を草をかき分けながら、歩いていると、どこからともなく人の声が聞こえてきた。
ほんとうに人がいるのか?
そんな疑問を感じつつも、声のする方を探った。耳に手を添え、周囲の音を注意深く聞いた。
入り口の方から声がする。
それはちょうど龍二が今向かっている方角だった。つまり、初めにここに来た時の、建物の入り口周辺だった。もしかしたら、ここに潜んでいる怪物が戻ってくるか、これから出掛けるところなのではと龍二は期待しつつも、慎重に向かった。
入り口付近につくと、建物の壁に沿って歩き、相手に気付かれにくいようにした。そして、建物の影からそっと声のした方を見た。
「「うわ」」
誰かの声と自分の声が重なった。
目の前に人がいた。怪物ではない、ただの人だ。
それは背の高い男で、大学生くらいに見えた。怪物がいると思っていただけに、拍子抜けだった。一方で、こうして物陰に隠れている自分が客観的に見て怪しいよなと思いつつ、一歩後ずさった。
「あの、すみません」
「いえ、こっちこそ」
お互い気まずい雰囲気になって、しばらく『動いた方が負け』みたいな感じで、相手の出方を伺いながら固まっていた。
「力弥先輩、どうしたんですか?」
目の前の男の後ろから、自分と同じくらいの背丈の男が来た。見た目的にも高校生の自分と変わらない幼さを龍二は感じた。
「いや、何でもない」
力弥と呼ばれた男はそう言って、後ろから来た男の方に体を向けると、龍二に一礼してからその場から離れていった。後から来た男は龍二の存在に気付くと、一礼していった。
龍二は少しして、男たちの歩いていった方角、つまりは建物の入り口周辺に向かってみた。そこには、彼らと同じくらいの大学生と思われる集団が見えた。おそらくは大学のサークルとかいうものの集まりで、この廃屋を見に来たのだろうと推測した。
怪物が出たのかと思ったが、当てが外れた。
龍二は彼らの様子をひとしきり見た後、この場所を離れることにした。ここに誰かいたとしてもどうせ浮浪者だし、怪物とは関係ないだろうと龍二は結論付けた。
そうして来た道をとぼとぼと歩いていると、誰かが後ろにいる気配を感じた。木々に囲まれ薄暗いこの場所で、誰かに背後を取られたことに緊張した。
そして、立ち止まると、そっと後ろを振り向いた。
「やぁ、調子はどうだい?」
そこにいたのはウシオだった。龍二は気が抜けてしまい、思わずため息を吐いた。
「何だい? ため息なんてついて」
「何でもないっす」
龍二はビビッて損したと言わんばかりに歩き出した。
「何か用っすか?」
「あの場所で何か見たかい?」
「いえ、何かあるんすか?」
「まぁね」
ウシオが肯定するので龍二は思わずウシオの方を見た。
「マジすか?」
「ただ、変に手を出さない方がいいよ。あとね、さっき君が会った男」
龍二は廃屋の近くで見た高身長の眼鏡の男を思い出した。
「気にかけておくといいよ」
「何か、関係あるんすか?」
「今は何とも言えないかな」
ウシオがそう言って龍二の前をスッと横切った。ウシオが突然早く動いたことで、龍二は慌てて彼を視界におさめようと前を見たが、すでにウシオの姿はなかった。




