第三十六話 新歓コンパ
暁人は大きく頷きながら力弥の言葉に答えた。
力弥はそんな暁斗を見ると、彼の胸にかつての勇気が炎の如く燃え上がった。その赤い炎は彼の体に絡みつく黒いものを焼き払い、強く温かな力で満たしていった。
ありがとう、暁人。お前のおかげで俺は本当の俺に戻れる。
ああ、俺はもう一度ヒーローになる。
「変身」
力弥は眼前にブレスレットを掲げると声高らかに叫んだ。そして、彼の体を白い光が包んだ。その光の中から、赤い体と黒い甲殻を纏った戦士が現れた。顔は白い仮面で覆われ、赤い頭髪は空に向かって逆立っていた。そして胸には燃え盛る太陽のようなマークが輝いていた。
暁人は彼の姿を見て、まるで太陽が人の形を成したのではないかと思った。そこには神々しさもあるような気もしたが、率直に暁人は「カッコいい」と呟いていた。力弥は暁人の方をちらりと見ると、拳から親指を突き立てて見せた。
そして、怪物の方を改めて睨むと、その方に突進していった。
無貌の怪物は周囲に黒い靄を振りまくと、次々と自分と同じ姿の怪物を出現させた。そして、それらの怪物たちは一斉に爪を構えると突進してくる力弥に向かって爪を振り下ろした。力弥はそれを素早く躱しつつ、一番手前の怪物に正拳突きを咥えた。しかし、まるで手応えはなく、怪物は雲散していった。
「幻か」
力弥は地面を蹴り、飛び上がると両腕から刃を出現させた。それは今までのような黒い禍々しいものではなく、黒からオレンジに美しいグラデーションで彩られた剣だった。そして、それを体の前で交叉しながら怪物たちの中へ突進した。
「俺は聖人君子なんかじゃない。俺の中には、奴らを恨んだり、憎んだりする気持ちが今もある。きっと、この先もこの感情が消えることはない」
力弥は怪物たちに囲まれながらも、両手の刃で一体ずつ切り裂いていった。しかし、怪物は倒しても倒しても次々と黒い靄から現れた。
「怒りや悲しみ、それに憎しみを忘れずにいるということは、それを乗り越えないといけないという意味だったんだ」
力弥は乗り越えたつもりだった。しかし、彼の中で残り続けていた勇輝を失ったことへの感情はしこりとなって残り続けていた。そのしこりが核となって奴らによって怒りや憎しみに覆いつくされた巨大な感情になっていた。それが力弥の精神を圧迫し、逆に彼を支配していた。
「感情に囚われたり、心をかき乱したりすることじゃない。そんな感情と向き合い、制御することだったんだ」
力弥は次々と復活する怪物の幻影を切り続けてると同時に、この状況を打開する術を探っていた。その時、暁人の声が力弥の耳に入った。
「先輩、本体はあいつです。動いていますが、常に先輩の後ろにいます」
暁斗は印を通して見ることで怪物の本体が見えていた。そこから見えた本体の位置を力弥に知らせた。すると、怪物のうちの一体が暁人の方に向かっていった。
「暁人!」
怪物の爪が暁人に襲い掛かるが、暁人は印を盾に変化させるとそれを防いでみせた。暁人自身、上手くいくか分からなかっただけに心臓が飛び出すような心境だった。
「ぼくのことは大丈夫です」
力弥は暁人に向かって片手をあげると、間髪入れずに両手の剣で周囲を一閃した。周囲の怪物たちは次々と切り裂かれ、消えていく中、本体だけはそれを避けたが、力弥はそれを視界に捉えていた。
「そう、勇輝は感情の制御ができていた。あいつはほんとスゲーよ。俺も、随分と時間がかかっちまったが、どうにか乗り越えられそうだぜ」
そして、力弥はちらりと暁人の方を見た。
「それもこれも、お前のおがけだ、暁人」
すると、力弥は今度は逆方向に体を回転し、刃を振り回すと怪物の本体が彼の正面に来ていた。無貌の異形は表情はないものの、全身から焦りの色を感じさせた。
「くらえ!」
そう言って力弥が剣を交叉させながら振り下ろした。怪物は素早く避けると、深手を負ったものの、致命傷を受けることはなかった。そして、背中の翼を大きく広げると、上空高く飛び上がった。
力弥は飛び上がった怪物を見つめると、両手を広げた。
「怒りも、憎しみも、悲しみも乗り越えた。今の俺ならきっとこの力を使いこなせる」
そう言って両手を力強く握った。
「今の俺なら、飛べる!」
力弥は全身に力を込めると、両腕から黒い羽根が次々と生えていき、カラスの翼のようになった。そして、跳躍ではなく、その翼の権能を用いて力弥は飛翔した。
怪物の体から幾本もの腕がぞわぞわと生えて来たかと思うと、それら無数の爪が力弥を狙い、撃墜せんと迫ってきた。しかし、怪物の爪は力弥に掠ることさえなく、むしろ力弥の刃の前に爪は次々と折れていった。力弥は怪物よりもさらに上空に飛び上がり、無貌の異形を見下ろした。
「俺の中の炎、太陽のように燃えろ! 全てを覆いつくさんと燃え上がれ!」
力弥の体からは赤い炎が全身から湧き上がっていた。
それは以前に暁人が見た黒い炎ではない。赤く、猛々しくも優しい、温かな炎だった。暁人はそんな力弥の姿を見上げると、彼はまさしく太陽だと感じずにはいられなかった。そして、かつて何かの本で読んだ三本足のカラスを思い出した。それは日本神話に登場する貴人を導いた神で、太陽の化身だ。
「八咫烏」
暁人はその名を口にしていた。
力弥は全身を炎で包むと、両手の刃を構えながら無貌の怪物に突進していった。怪物は避けることもできず、力弥の攻撃をまともに受けた。すると、地面に漂う黒い靄、その中に佇む怪物の幻影まで含めたすべてが塵となった。
力弥は地面に降り立ち、変身を解いた。そして、巻き上がる黒い塵を眺めていると、その先に誰かがいるような気がした。
そう、それはかつての相棒の幻影。その彼は笑っていた。やっと気が付いたかと言いたげな彼の笑顔。
その笑顔を見ていると、彼から託された約束が真の意味を持って力弥の胸に広がっていった。
相棒から託された約束に始まり、この二年間に力弥に起きた全てが収斂し、一つの解答を力弥に導かせた。その時、力弥の目にははっきりと未来が見えていた。そう、勇輝もきっとこれが見えていた。だけど力及ばず、未来に辿り着けなかった。だから、自分に託したんだと。
「だからお前は、いつも言葉が足りないんだよ」
力弥がそう彼に語り掛けると、枯れていたはずのものが力弥の目から一筋流れ落ちた。そして、あたりに吹く風の中に「ごめん」という言葉がかすかに紛れているような、そんな気がした。
怪物は黒い塵と化し、その塵は風に舞い上がり、靄のように周囲に漂い、力弥はそれを眺めながら佇んでいた。暁人はそんな力弥の背中を見ていると、悲しみの中で立ち上がろうとする彼の力強さを感じていた。そして、その姿を羨むように見ていると、ふいに力弥が暁人の方に振り向いた。
そして、重荷を下ろしたような爽やかな笑顔をたたえながら、暁人の傍まで来ると、片手を上げた。ハイタッチをしろということだと分かるも、暁人は少し躊躇した。しかし、力弥が早くしろという顔をしたので、思い切って彼の手を叩いた。
乾いた音が周囲にこだますると、二人は何も言わず笑い合っていた。
「暁人、俺の目を覚まさせてくれたこと、本当にありがとうな。それと、お前に言わないといけないことがある」
力弥はそう言いながら、屋上駐車場から見える駅を眺めた。既に陽は落ち、あたりは暗くなっていた。屋上駐車場の照明が灯ると、二人を静かに照らしていた。
「俺は近い将来、星の戦士の力を使い果たして、この世界から消える。かつての俺の相棒のように」
力弥は暁人の方を見ずに淡々と話す。暁人はその言葉に愕然とした。暁人は、太陽のように眩しく、力強い彼こそが、自分の目指すべき姿だと思っていた。それが消えてしまうと聞かされ、すぐにはその意味を飲み込めないでいた。
「そんな、嘘、ですよね」
力弥は暁人の方を向いた。
「これは決められたことだ。そして、この力はお前に引き継がれる。俺の戦いをお前だけが覚えているというのは、そういうことなんだ」
暁人は俯いて、力なく言葉を返した。
「そんな、そんなことを、今言われても」
泣いてしまう気持ちを押し殺し、必死に暁人は耐えた。
「だがな、勘違いするな。俺はお前にこの力を引き継がせるつもりはない。俺が言いたいのはそんなことじゃない」
力弥の声には悲しみも寂しさもなく、前に向かって突き進むような未来に対する希望があった。暁人はその声の真意を知りたいと思い、顔を上げた。
「俺は、俺の代でこの戦いを終わらせる。きっと、これまでに何人もの戦士たちが無念のうちに消えていったと思う」
力弥はそう言うと空を見上げた。そこには星が瞬き、その星一つ一つを愛おしむように見つめながら話を続けた。
「俺はあいつや、その前の人たちの気持ちをなかったことにしたくない。みんなが何の見返りもなく、己の存在をかけて戦ったことに意味があったと示したい。そのために終わらせる。復讐だとか、恨みを晴らすとか、そういうことじゃない」
力弥は暁人の目を見て、決意をするように言った。
「かつての戦士たちの生きた証を立てたいんだ」
暁人はその言葉を聞くと、問われたわけでもないのに、ぐっと頷いていた。
「俺は、この戦いの果てに勇輝のように消えてなくなると思っていた。だから、ずっと未来が見えなかった。でも、今は違う」
そして、暁人の右肩を掴み、彼を見つめながら話した。
「俺は未来に行きたい。お前やみんなと一緒に、明日を歩きたい。それがあいつの願いであり、今の俺の本当の願いなんだ。そのために、お前の力が必要なんだ。暁人、俺を手伝ってくれないか」
暁人は力弥に頼られていることが純粋に嬉しかったが、自分にそれほどの勇気や力があるのか不安だった。
「ぼくに、そんなことができるでしょうか」
すると力弥はもう片方の肩にも手をかけると、暁人の心を奮起するように言った。
「できる。お前は、暗闇の中で絶望していた俺に光を見せてくれた、道を示してくれた。お前は、俺にとっての星なんだ。あいつと同じ、俺の導きの星なんだ」
「星・・・」
暁人は力弥の顔を見上げた。力弥の背後には星々が瞬き、その星の輝きを受けているように、力弥が暁人に向ける笑顔も眩しかった。
「あいつは俺を太陽と言ってくれた、そしてお前は星。俺とお前がいれば、どんな暗闇でも光りで覆いつくせると思わないか。だから、暁人、お前の力を俺に貸してくれ!」
暁人は自分の胸が熱くなっているのに気が付いた。そして、その熱の中心から勇気と言えるものが湧き出ているのを確かに感じていた。この先、どんな苦難が待ち受けていようと、彼の太陽のような輝きがあればきっと乗り越えられる、そんな予感があった。
「はい、信じます先輩を。そして、先輩が信じてくれるぼく自身も、信じてみます」
暁人の決意を力弥は聞き届けると、右手を差し出した。暁人はその手を掴み、互いに握手をした。夜の帳が落ちたこの街に、新たな戦士たちの戦いが始まろうとしていた。
暁人と力弥は焦っていた。
暁人と力弥がスマホで時間を確認すると、既に午後六時半を回っていたのだ。二人は急いで階下へ向かうエレベータに向かった。
「遅刻したらペナルティかも」
力弥は冷や汗をかきながら苦笑いをしていた。
「ペナルティって何ですか」
「飲み代、半分持たされるかも。いや、暁人は歓迎される側だからもちろんタダだけどな」
エレベータが一階に到着しドアが開き、二人がエレベータから降りようとすると目の前に意外な人物が立っていた。
「あれ、伊織君、どうしたの?」
伊織も一瞬驚いたが、黙って暁人の両肩を掴んで、彼の全身をくまなく見た。体の大きい伊織がエレベータの前に立ち塞がっているため、誰も乗り降りできずにいた。
「とりあえず、他のお客さんの邪魔になるから、移動しようか」
「あ、ああ」
三人はエレベータの横に移動すると、伊織は改めて暁人の全身を見回した。
「怪我はないか?」
「うん、大丈夫だよ。でも、なんで?」
暁人にそう問われて、伊織は言いよどんでいた。そんな煮え切れない伊織を見て、力弥は少々苛立ったように二人に言った。
「飲み会が始まっちまうから、とりあえず行こうぜ」
そう言って力弥が早歩きで店の出口に向かった。暁斗もそれに続き、その際、伊織の腕をつかんだ。
「伊織君も行こう」
伊織は頷きながら、暁人に付いて行った。そして、三人は天衣無縫に向けて走った。その間、伊織は何度か声をかけようとしたが、明るい笑顔で走る暁人の顔を見るうちに、問題がないならそれでも良いかと思い、今は店に向かうことに専念した。
「ギリギリ間に合ったー」
力弥が天衣無縫の引き戸を開けて店内に入った。普段から鍛えている伊織は涼しい顔をしていたが、暁人は息を切らせて、どうにか二人についてきたという感じだった。
「いらっしゃい。あら、力弥君。みんな、もう来てるよ。奥の座敷へどうぞー」
店長がいつもの朗らかな笑顔で三人を迎えた。すると、一番後ろの暁人に手を振って、「暁人君もこんばんわー」と挨拶をした。暁斗も手を振りながら「お世話になります」と言って二人に続いて奥の座敷席に向かった。
座敷席に入ると、他のメンバーは既に揃っていた。普段は渋谷キャンパスに通学している四年生も今日は参加していた。廊下側の席が三つ空いていて、ちょうそ三人はそこに座った。
「ほら、暁人君と伊織君は真ん中に座って」
朱音がそう言って、二人に座るよう促し、力弥は残った端の座布団に腰を下ろした。すると、店員がすぐにやってきて、飲み物の注文を取った。全員の飲み物のオーダーが出そろうと、力弥はこの店のアルバイターだけのことはあって、メニューを見ずに料理の注文も済ませておいた。
飲み物が来るまでの間、一年生の二人と、普段顔を見せない二人の四年生が自己紹介をした。朱音は新しいメンバーのことを期待の眼差しで見ながら、視界の端で力弥を見ていた。そして、気が付いたことがあった。何だか、彼の雰囲気が以前のものに戻りつつあったのだ。
飲み物が揃うと、各自グラスを持った。
「かんぱーい」
その掛け声と共に、全員が互いのグラスを合わせると新歓コンパが始まった。朱音は隣にいる姫乃と改めてグラスを合わせて、カルピスサワーを一口飲んだ。すると、正面に座っている力弥と暁人も互いのグラスを合わせて、何やら楽しげに語り合っていた。
朱音はそんな二人のやり取りにデジャブを感じた。
それは懐かしい光景であり、喜びや楽しさを分かち合ったいつかの日々を思い出させるような、そんな感覚だった。どうしてか、具体的なことを思い出せないのに、そうした感情だけが朱音の中から沸き上がった。
「あの二人、何だか仲良くなってませんか?」
姫乃が朱音にそう聞いてきた。朱音は「うん」と言って頷くと安心した面持ちで二人を見つめた。既視感の正体は分からないけど、みんなが楽しければいいかと一人で納得していた。
ただ、力弥と暁人は仲が良さそうだが、暁人の反対隣にいる伊織からは不穏な空気が漂っていることに朱音と姫乃は気付いた。力弥が暁人の背中を叩くと、そのまま彼の首に手を回して楽しそうにしている。暁斗も朗らかに笑う力弥を見て嬉しそうだが、伊織がそんな力弥の手を払いのけた。
先週の勧誘時の一触即発状態がこの場に再現されようとしていた。暁人は必死に二人をなだめようとするが、力弥と伊織は野犬の如く静かににらみ合っていた。利一は一周回って楽しそうにそれを眺めていた。
「あの二人は相変わらずだね」
朱音が苦笑しながら姫乃にそう言った。
「暁人君を取り合っているんですかね」
姫乃がジトっとした目つきでカシスオレンジを飲みながら野犬たちのにらみ合いを見つめていた。すると、そこへ鼻をくすぐるような馨しい香りの料理たちが運ばれてきた。サラダに、唐揚げ、焼き魚など多種多様な料理が運ばれてきた。
料理を目の前にして、二頭の野犬の視線は唐揚げの山へ向かい、にらみ合いは解消された。
「ちょっと、頼みすぎじゃない? 力弥?」
既に一杯目のビールを空けて、料理を持ってきた店員におかわりを頼んでいる力弥が「え?」と言いながら返事をした。八人の参加者の半数は女性であることを考えると、料理の量は確かに多いように思えた。
「大丈夫だろ、どうせこいつが喰うよ」
そう言って力弥は伊織の方を指さした。伊織は唐突に指さされ、全員の視線が集まって赤面したが、「うっす」と言って、唐揚げの山に箸を伸ばした。
こうして、ようやく全員が和気あいあいとなり、飲み会は和やかな雰囲気の中進んだ。座敷席では座る位置が曖昧になりがちで、気が付くと、各自は好き勝手な場所に座っては談笑していた。朱音の隣にいた姫乃が立ち上がって暁人の隣に行くと、力弥は朱音の横に移動した。
「あのさ、さっきのさ、部室のことなんだけど、ほんとにごめんな」
力弥は朱音の方をちらりと見ながら謝っていると、朱音は気にしてないという風な態度で答えた。
「暁人君と仲直りしたんでしょ」
「ああ」
「だったらいいよ」
朱音のその言葉を聞いて力弥は歯を見せて笑った。
「おう、サンキューな」
そんな力弥を見て朱音はくすりと笑いながら、カルピスサワーを一口飲んだ。力弥もそれに合わせるようにビールを煽った。
「ほっとした」
「何が?」
「ずっとさ、力弥、何か変だったからさ、心配してたんだよ」
朱音はグラスを眺めつつそう言った後、力弥の顔を見つめると、さらに言葉を続けた。
「でも、今はさ、高校の頃にみたいに元気で明るい力弥が戻ってきたみたいで、安心したんだ」
力弥はその時の朱音の笑顔を見ていた。
それは雨上がりの空にかかる虹のように爽やかで気持ちの良い顔つきだった。
同時に、太陽の光を受けて輝く水面の眩しさを力弥は感じると、彼女のその笑顔に囚われていた。
そして体が熱を持つのを感じたが、それが酒のせいなのか、もっと別の何かなのか力弥には瞬時に答えが出せなかった。
暗闇の中を歩き続け、その間、ずっと手を取って付き添ってくれていた彼女。ずっと知っていたはずなのに、視界を覆っていた黒い靄が晴れ、明るい陽の光の中で見た彼女の姿に力弥は戸惑っていた。
朱音って、こんなに可愛かったっけ。
力弥はビールを流し込んで落ち着こうとしたが、状況は変わらなかった。
「そ、そっか」
「どうかした?」
「いや、何でもないよ。高校と言えばさ、祐介のやつは元気にしてるかなー」
そう言って力弥は今の自分の気持ちに整理ができず、ビールの入ったグラスを空けた。そして、「すみませーん、生一つ!」と言って、飲んで誤魔化そうと考えた。
利一は二人の四年生のお姉さんたちと楽しそうに会話を楽しんでいた。そして、姫乃は暁人と伊織の間に座って、少し離れた場所から力弥と朱音の様子を眺めていた。
「暁人君に伊織君、あれであの二人は付き合ってないんだよ」
「信じがたいですね」
暁斗がそう答えると、伊織も卵焼きをかじりながら頷いた。それを聞いて姫乃はカシスオレンジをグッと飲んだ。
「そもそも聞きたいんだけど」
そう言う姫乃の目はやや座っている。
「あの二人どう思う?」
伊織はどう答えたものかと目を泳がせていたが、暁人はけろっとした顔で答えた。
「え、ぼくはお似合いだと思いますよ」
暁人はそう言ってジンジャーエールを一口飲んで、唐揚げの山に箸を伸ばした。唐揚げは冷めていたが、冷めても肉は柔らかく、中からは肉汁が溢れた。
「暁人君もそう思うんだ」
「姫乃先輩的にはダメなんですか?」
暁人は二人を見ながら姫乃に聞いた。力弥と朱音は楽しそうに談笑していた。そんな二人の姿を見た伊織は、確かに二人は仲良さそうだし、今の二人に入り込む余地はなさそうだし、付き合っていても不思議はないなと思った。
「あの男に朱音さんはもったいない!」
姫乃は暁人と伊織にだけ聞こえるように静かに、それでいて威圧感のある声で話した。
「朱音さんは頭は良いし、センスもいいし、優しいし、綺麗だし・・・ 一方であの男は・・・」
暁人と伊織は姫乃の次の言葉をじっと待った。姫乃は力弥の方をじっと睨んだ。性格、容姿、学力、クラブでの様子、それらを一通り思い出した結果、批判できる要素が思い浮かばなかった。いや、酔っていなければ何かしら閃いたかもしれないが、今の彼女には何も思いつかなった。
「色々と気に入らないの!」
思い浮かばないことを誤魔化そうとしてそう言い放つと、グラスに入っていたカシスオレンジを飲み干した。そんな姫乃を見て、暁人と伊織は心の中で『力弥先輩のダメなところが何も思い浮かばなかったのかー』と考えていた。
利一は座敷から降り、店が用意したつっかけを履くと力弥に声をかけた。
「力弥さん、一服しませんか?」
すると、力弥はポケットからタバコとライターを出すと利一に謝った。
「ごめん。俺、タバコ止めたから。これ、利一のと銘柄違うけど、あげるよ」
そう言ってタバコの箱を利一に向かって投げた。利一はそれを受け取ると、「えっ、マジっすか」と驚いて見せた。
「力弥さんが吸わないと、喫煙者が俺だけになっちゃいますよ」
ほんの三月までは喫煙者が半数以上だったのに、大半が卒業した上に力弥まで吸わないとなると喫煙者は自然と利一だけになった。利一はちらりと暁人たちの方を見たが、暁人は「ぼくらまだ二十歳じゃないんで」と言って、ジンジャーエールを見せた。伊織も手羽先にかぶりつきながら隣で頷いた。
「利一もタバコ止めたら?」
落胆する利一に向かって姫乃がそう聞くと、利一はへらへらと笑って「考えときまーす」と言って、外へ出た。あれは止める気はないなと周囲の人間は思った。
力弥がビールを飲みながら、利一を見送っていると、朱音が声をかけた。
「力弥、いつタバコ止めたの?」
「あー、ついさっき。もういらないかなーって思って」
「へー、何かきっかけがあったの?」
「そうだなー。強いて言うなら・・・」
力弥はグラスを見つめつつも、視界の端で朱音を見ていた。
「誰かさんのことを見てたら、もう吸わなくても平気かなって思って」
力弥は朱音のことを見ながらそう言うと、自分の言葉をうやむやにしようとビールを喉に流し込んだ。朱音は力弥の心境の変化を不思議がっていたが、二人のやり取りを見守っていた他の部員たちは「いい加減、もう付き合っちゃえよ」と心の中で叫んでいた。
いったん、ストックがなくなったので、本作の更新が滞ります。
すみませんが、ご理解のほど、よろしくお願いいたします。
代わりに、別の短編を投稿したいと思います。そちらをお楽しみいただければ幸いです。




