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第三十一話 疑惑

 月曜日。


 眠れない朝を迎えた日は、力弥はこうして朝早く大学に来て、図書室に来るようにしている。本に囲まれ、知識を頭に詰め込んでいる時は、心穏やかになり、復讐に燃える心を静めることができた。


 ここ最近は暖かくなってきたから、朝にジョギングをするのもいいな。そんなことを考えながら、朝日に照らされた窓を眺めていると、益々気持ちが落ち着いてきた。


 暁人という自分の戦いを覚えている人間が現れた以上、自分の終わりも近い。彼には色々と教えて行こう。力弥がそう心に決め、本に目を落とすと、腕が熱くなるのを感じた。


 力弥は驚いた。この感じからすると敵の出現位置は構内だ。朝に怪物が出ることも珍しいが、それ以上に自分の街から三駅も離れたこの近辺で怪物が出たことに驚いた。もちろん、大学構内に出たという前例はない。


 力弥はパソコンだけバッグに入れると、急いで図書室から出た。そして、敵が出現したと思われる食堂裏を目指した。一限は既に始まっていて、メインストリートを歩く学生の数は少ない。人とぶつかる恐れはないと思い、力弥は思い切り走った。そして、食堂裏に通じる二つの建物の間の小道に入った。


 食堂裏に辿り着いた瞬間、力弥の眼前に暁人の姿があった。その奥には一人の学生が血を流して倒れている。力弥は周囲を見渡すが、怪物らしきものは見えない。


「これは、どういうことだ?」


 腕に感じていた熱は引き、怪物が姿を消したことを意味している。しかし、明らかに怪物にやられたと思われる被害者がいて、そこから離れようとしている人物がいる。状況的に暁人が倒れている学生に手をかけ、逃げようとしているように力弥には見えた。


 それでは暁人が怪物で、人間に擬態しているのか。力弥の頭に暁人に対する懐疑心が生まれつつあった。


「力弥先輩、ちょうど良かったです。佐野君が怪我をしてしまって、ぼくが人を呼んでくるので、それまで彼を見ていてくれませんか?」


 力弥は真剣な眼差しで自分に訴えかけてくる暁人に気圧され、彼を疑おうという気持ちが抑え込まれていくのを感じた。


「ああ、分かった」


 力弥がそう答えると、暁人はメインストリートの方へ駆け出して行った。今の彼の言動に嘘や偽りはないように思えた。考えすぎだろうか。力弥はそう思い直し、血を流している学生に駆け寄り、ハンカチで傷口を押さえるなど、応急処置をした。


 その後、大学の保健センターの看護師がやってきて、改めて消毒と止血を施した。ややあって救急車も到着し、佐野は運ばれていった。力弥と暁人は大学の職員に怪我の状況などの説明を行った。暁人は怪物のことは話さず、運ばれた学生と話をしていると突然彼が倒れたと説明した。


 その後、現場の近くでトタン板の一部が落ちているのが見つかり、これで背中を切ったのではないかということになった。警官もやってきたが、事件性はないと判断され、力弥と暁人は解放された。


 メインストリートに続く小道には学生が集まっていて、その中には朱音や伊織の姿も見られた。


「暁人、大丈夫か」


 伊織は二人が解放されるや否や暁人に駆け寄り、彼の身を案じた。それに続いて、朱音も二人に近寄った。


「ぼくは何ともないよ。心配させてごめんね」


 伊織はそれを聞いて安心したように笑った。伊織の後ろから朱音が二人に声をかけた。


「えっと、何があったの?」


「ええっと」


 暁人は一瞬言葉に詰まったが、大学職員や警官に話したのと同じことを朱音たちに伝えた。朱音と伊織は暁人の話に驚くと、改めて二人に怪我がないかを確認した。


「とりあえず、二人に怪我はないのね」


 朱音が改めて二人が無事であることを安心すると、「俺は、後から駆けつけただけだしな」と力弥は付け加えた。メインストリートに集まっていた学生たちは次第に減っていき、周囲は徐々に静かになった。


 暁人はしばらく拘束されていたことで今が何時なのか気になってスマホを出すと現在時刻を確認した。既に二限の開始時間が迫っていた。


「二限が始まっちゃいますよ。急ぎましょう」


 そう言って暁人は教室棟に向かって歩き始めると、伊織は暁人の横に並んだ。力弥は暁人を信じてよいのだろうかと考えながら、彼の後姿を眺めていると、「私たちも行こう」と朱音が声をかけた。


「あ、ああ。そうだな」


 力弥は暁人を信じたい気持ちを持ちつつも、もうしばらく彼を監視すべきだろうと考えた。



 火曜日。


 佐野が襲われて以降、特に怪物たちが構内に現れた気配はなかった。今後も構内に怪物が出ることがあるのか、昨日だけなのか、そんなことを考えながら暁人は部室で昼食を採っているのだが、どういうわけか左隣に伊織が座り、右隣には力弥がいて、体格の良い二人の男に挿まれる形になっていた。


 しかも、部室に入ったときから伊織と力弥の間には一触即発状態を思わせる空気が漂っていた。そのため、会話は一切なく、力弥も伊織も黙々と食事をしている。


 伊織は弁当にパンとその体格通りたくさん食べているが、力弥はブロック状の栄養食とエナジードリンクだけだった。そんな二人の間で気まずさを感じながら、暁人はあんパンをかじっていた。


「力弥先輩、それで足りるんですか?」


 何か喋ろうと思って、暁人は力弥に声をかけたが、「ああ、まぁな」としか力弥は答えてくれなかった。伊織は元々無口な方だが、力弥はもう少し会話が続くと思っていただけに、当てが外れたと暁人は肩を落とした。


 そこへ食堂でラーメンを買ってきた利一が部室に入って来るや、「え、何この状況?」と三人を見つめながら呟いた。暁人は利一に助けてほしいと表情で訴えた。利一は暁人の救難信号を受け取ると、苦笑いをしながら、彼の対面に座った。


「暁人君のは売店のパン?」


「はい。あんパンとメロンパンです」


 暁人はやっとまともな会話ができそうだと喜んだ。その後、利一が大学の近くの美味しいパン屋の情報を披露し、暁人はスマホの地図で確認しながら、今度行ってみようと店名をメモした。


 そこへ朱音が部室に肩を落としながら入って来た。話を聞くと、めぼしい弁当は売り切れた後で、仕方なく売れ残りのおにぎりセットが今日の昼食になってしまったと語った。授業が長引いて、人気弁当の争奪戦に参加しそびれたと付け加えた。


「そういえば、新歓コンパだけどさ、駅の近くは全然予約取れなかったよ」


 朱音は泣き面に蜂と言わんばかりに、落胆しながら利一と力弥の間に座った。


「この時期は他のサークルも新歓やってますからね」


 利一がそう言うと、「そうみたいね」と朱音が返事した。


「んじゃ、うちの店でやるか」


 力弥が助け舟を出した。


「予約取れそう?」


「ん、今、電話してみるよ」


 そう言って力弥はスマホを取り出すと、バイト先の天衣無縫に電話をかけた。


「そういえば、あそこの店長さんって、めっちゃ美人ですよね」


 暁斗が朱音に向かって話しかけた。


「そうそう、肌も髪も綺麗だし、新歓の日に何か特別なことやってないか聞いてみようかな」


「えー、朱音先輩も綺麗ですよ」


「暁人君、お世辞上手いねー」


 暁人と朱音が楽しそうに会話している所に、力弥がスマホから耳から離しながら「大丈夫だってさ」と言った。


「ほんと? ありがとう、力弥」


 朱音はそう言って喜ぶも、力弥の手元に転がっている黄色いパッケージの栄養食の空箱を見て、眉をひそめた。


「あんた、お昼、それだけ?」


「ん? ああ」


 力弥が素っ気なく答えると、そんな彼の態度と少ない食事に朱音は力弥に対して説教を始めた。


「まさか、春休み中もそんな食事じゃないでしょうね。寝不足も続いているみたいだし、倒れても知らないよ」


「うっせーな、お前は俺の母親かよ」


 暁人は二人のやり取りを見ながら、喧嘩するほど仲が良いという言葉が頭の中に浮かんだ。すると、あることを思い出し、伊織の方を向いた。


「そういえば、伊織君って、実家通いだっけ?」


 伊織は頷くと「S大野だ」とだけ言った。


 暁人はそこがどこか全く分からなかったが、どちらにせよ地元がこの近辺ならそれで構わないと思った。


「あのさ、引っ越しの荷物を減らしたくて、あんまり服持ってきてないんだよね。普段、どこで服買ってる?」


 すると伊織はどう答えたものか考えた。普段はS大野近辺で買い物をすることが多いが、そこまで行くには途中で乗り換えがあり、行くのが面倒である。大学からもう少し近い所で、店が多い街が良いだろうと判断し、「M田」と答えた。


「それ、どこ?」


「ここから二駅隣。今日、行くか?」


「行く行く!」


 暁斗がそう言うと、二人は今日の講義が何限までかを確認すると、終わり次第行こうと決めた。暁人と伊織の会話が一段落する頃には、力弥が朱音のおにぎりを一つ食べるということで話がついたようだ。結果的には、朱音と力弥が仲良くおにぎりを分け合っている絵になっていた。


 とっくにラーメンを食べ終わっていた利一は、そんな二人を見て、いちゃつくならよそでやってくれよと心の中でぼやいていた。

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