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第二十五話 孤独な戦い

 八重桜すら散り、街の色が桃色から緑に移り、新生活を迎えた人々から春の初々しさが薄れた頃、力弥もまた一人での戦士の戦いには慣れてきていた。しかし、それは行動手順に慣れてきただけであり、戦闘のテクニックやその後のメンタルには多くの課題を残している。


 ビルの屋上の片隅で力弥は壁に寄り掛かり項垂れていると、そのまま座り込んでしまった。そして両手で額を覆い、自分を責める憤りと、仕方ないと庇う後悔が彼の頭の中で交互に入り乱れていた。


 俺は弱い。勇輝のように強くない。


 きっと、きっとあいつだったらもっとうまくやっていたはずだ。


 駅の南側の工事現場で怪物が現れたので、いつものように討伐しようとした。しかし、巨大な怪物の攻撃で周囲に多数の怪我人が出てしまった。幸いにも意識のない人は見当たらず、死者はいないと思われるが、それでもあまりにもお粗末な戦いだった。


 戦闘後、北口にある駅ビルの屋上に降り立ち変身を解除すると、力弥は自分のふがいなさに押しつぶされそうになっていた。誰も覚えてくれない戦いとは、こういうことなのか。人々を救ったことを褒めてもらえないだけでなく、失敗した時に励ましてくれる人はいない。ただ、自分を苛む感情に身を任せるだけ。


「勇輝、俺、やっていけるのかな」


 我慢できず、力弥は彼の名を呼んでしまった。その声は誰にも届かず、雲一つない爽やかな空の下で風と共に消えて行った。そして、力弥はかつての相棒のことに思いを馳せた。


 あいつもこんな思いをしながら乗り越えたのだろうか。


 力弥の瞼の裏に、彼の顔が見えると、目頭が熱くなっていた。彼は多くを語らなかった。でも、彼が孤独を抱えていたのはきっとこうした多くの苦難の果てだろうと力弥は思い至った。


 もし、そうならこんなところで躓いていられないよな。


 力弥は目元を拭い、立ち上がると空を見上げて深呼吸をした。今の自分は弱い。いつか強くなるとしても、それでは今まさに目の前にいる人々が救えないのでは意味がない。あいつと約束したんだ、手の届く人たちを守るって。


 力弥は今の自分にできることはないのかを考え、ふと右腕のブレスレットに目をやった。もし、怪物に気付くのがもっと早ければ、違う対処の仕方もあったのではないか。早く正確に怪物たちのことが分かる方法はないのだろうか。


 力弥は自宅で落ち着いて考えるために、駅ビルから出ることにした。



 力弥は自室に着くと、腕に嵌めたブレスレットをまじまじと眺めながら、そもそも怪物が現れるときに何を感じているのかを考えた。怪物の出現はブレスレットから感じる熱がトリガーとなる。そして、左手でブレスレットを握りこむことで位置や怪物の数や状態を知ることができる。


 その原理までは分からないが、怪物出現時のブレスレットに生じる現象を活かすことはできる可能性はある。つまり、ブレスレットに生じる熱をより早く検知する、あるいはより詳細な情報が取得できれば良い。


 ブレスレットを外すわけにはいかない。怪物がいつ出現するか分からない。勇輝が消えてしまった日は、連続して怪物が出現した。一度、出たからと言って油断はできない。こうした出現傾向は別途整理しているデータの解析で判明するだろう。


 つまり、ブレスレットを嵌めたまま、普段の生活の中でブレスレットの温度変化を監視する必要がある。そんなことが可能なのだろうか。温度を測るということなら温度計や体温計がある。それが使えるかどうか考えるために、自宅の体温計を持ってきてみたが、一日中温度を計測するということはできない。


「自分で体温計みたいなものを作る必要があるな」


 そう言いながら、細長い体温計を眺めながら、力弥は思案した。


「どうやって?」


 こうした時に、自分がモノづくりに精通していればアイデアが思いついたのだろうが、自分では知識も発想も圧倒的に不足している。力がないなら頭を使うしかないと思ったが、こっちもダメなのかと思うと、大きなため息が出てしまった。


 落ち込んでもいられないので、ノートパソコンを取り出すと、検索エンジンで『温度計 自作』で検索をしてみた。すると、ペットボトルを使った温度による水の膨張を利用したものが何件かヒットする中、センサとマイコンを紹介するページを見つけた。


「温度センサというものがあるのか。あと、マイコンって何だ?」


 普通高校を出たてで、組み込みデバイス開発の経験が一切ない力弥にはあらゆる単語の意味が分からず、それらを一つずつ調べるところか始まった。一方で、調べるほどに新たな分からない単語が増えたり、無限とも言える部品の選択肢を前に茫然としてしまった。


「簡単にできそうな組み合わせを探そう。そんで、そのパーツをポチろう」


 二時間ほど検索エンジンと格闘し続け、ようやくその結論に落ち着いた。とあるサイトで紹介している小型ディスプレイとマイコンが一体化したデバイスと温湿度計を組み合わせて温度と湿度を測れるというページを参考に、そこで紹介しているパーツを買うことにした。


「ちょっと高いなぁ。バイトの時間を増やすか」


 壊れた時のことも考えて予備も買ったため、合計で二万円弱になった。これで完璧なものが作れるとも限らない。今後もこうした電子パーツを買う必要はあるだろう。購入決定ボタンを押した後、ここまでする必要があるのかとも考えた。


 こんなものを作っても結果は変わらないかもしれない。身銭を切ってまで手を尽くしても誰にも認めてもらえない。自分ばかり損をしているのではないか。ただ、降りかかる火の粉を無心で払えばいいのではないか。


 色んな考えが力弥の頭の中に訪れては去っていく。このモヤモヤした気持ちを一人で抱えきれるか不安になった。


「やっぱ、誰かに話したいよな」


 そうは言っても誰にも話せない。このまま考え続けても益々ネガティブな発想に陥ってしまいそうだった。そこで、力弥は頭の中を空っぽにしようと思い、軽く運動をすることにした。そしてクローゼットからトレーニングウェアを取り出すと、それに着替えて家を出た。



 小型ディスプレイ付きマイコンと温湿度センサによる携帯型の温度計測器を作ることに成功した。動作テストをしたところ、温度がきちんと取れていた。しかし、これを腕につけるのは勇気が必要だった。マイコンは小さいとはいえ、一辺が五センチもあるので、腕時計にしては大きすぎる。


 これを付けて大学に行けば、友人らにダサいのなんのと言われかねない。力弥の今の知識ではこれより小さいものは作れない。仕方なく、家から大学の正門まではこれを付けるとして、構内に入ったら外すことにした。もちろん、バイト中もつけられない。


 使用制限があるとはいえ、自分で何かを作り上げた達成感に力弥は昂っていた。


 作っている最中は無我夢中だったし、すぐに動いたわけでもなかったが、最終的に期待した動作をしてくれると嬉しさのあまりに一人で笑っていた。自分にモノづくりを楽しめる側面があるのかと、新たな発見にも感動していた。


 ただ、この試作第一号は空振りに終わった。


 自宅でレポートを書いている最中に怪物が現れた。当然、温度測定器を付けていたので、その時の温度が計測された。計測値はマイコン内のマイクロSDカードに保存される。怪物を倒し、自宅に戻って早速SDカードの計測値を改めたが、あまり大きな数値の変化はなかった。


 マイコンに実装したプログラムのバグを疑ったが、何度かデバッグをしており、今回の計測後にも改めてテストをしたが、温度計測器は正常に機能していた。


「うーん、何がダメだったんだ。怪物が出ると明らかに腕が熱くなるから、ブレスレットも相当熱を持っていると思ったんだけど」


 怪物が出ると一刻を争う状態なので深く考えてこなかったが、熱くなっているブレスレットを掴んでどうして平気なのだろうか。今回のデータ結果と合わせて考えると、実際にはブレスレットは熱くなっていないのではないだろうか。むしろ、ブレスレットに近い自分の肉体が熱を発しているとしたらどうか。


 そう考えた力弥は温湿度センサをブレスレットではなく、自分の手首の方に固定することにした。温湿度センサをテーピングテープで腕に固定して、動作テストを行ってみた。すると今度は怪物の出現前後での温度変化が確認できた。力弥の予想は的中した。


 しかし、ここで新たな問題に直面した。外気温の変化で腕が熱くなると、当然センサ値も高くなるということだ。ゴールデンウイークを過ぎたあたりから外気温が上がってきている。初めに設定した閾値では外が少し暑くなっただけで、センサ値がこれを越えてしまう。これでは怪物が出た時の判定に使えない。


「外が暑くても、怪物が出た時の熱さはあるんだよな。つまり、怪物が出た時の熱は皮膚表面の相対的なものなのか」


 力弥の頭の中に閃いたのは、一つのセンサではなく複数のセンサを腕に貼るというものだ。それで皮膚表面の温度勾配を測定すれば、怪物の出現を正確に検知できるのではないかと考えた。しかし、そんなにたくさんの温度センサをどうやって付けることができるのかが皆目見当がつかなかった。


 今使っているマイコンでは温度センサはせいぜい一個しか付けられない、少なくとも力弥の調べた範囲の知識では。複数の温度センサからデータを取得するなら、マイコンやセンサの選定からやり直しになる。


「良いアイデアだと思ったんだけど、振り出しかぁ」


 力弥は椅子の背もたれにもたれかかって、天井を見つめた。だが、作り始める前のようなネガティブな感情は今の彼にはなかった。


 壁にもたれてうじうじ考えているのではなく、手を動かして前を見るだけで、気持ちは晴れた。それが例え失敗作だとしても、次に進もうという、彼本来のポジティブさが生きてきている。


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