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第二十三話 僅かな痕跡を辿って

 結花から説明された通り、このクラブは旅行サークルで、普段は次の計画を練る以外に大きな活動はない。そこで、旅行の計画の話し合いがない時には、力弥と朱音は徹と一緒に地元周辺の不可解な事故や事件の調査をすることになった。


「ごめんごめん、打ち合わせは今日だったっけ」


 クラブ勧誘を受けた時から気が付いていたことだが、徹はいい加減なところがあった。あったという程度ではすまない。予定の時間に遅れるのはもちろん、予定をすっぽかすこともあった。今回はリスケジュールにリスケジュールを重ねて、ようやく打ち合わせが成立した。


「いえ、前にもらった資料を見ていましたから」


 朱音はそう言ってフォローをするが、事前に徹から共有された資料は既に三回見直している。量は多いが、徹が何度もすっぽかすので二人ともしっかり読み込んでいた。力弥はそんな徹の態度に呆れている。


「それでは二人ともすっかり中身は頭に入っていると思うけど、何か質問はあるかな?」


 徹が力弥と朱音の対面の長椅子に腰掛けると、タブレットマシンを取り出しながら、二人に聞いた。


「じゃあ、一ついいですか」


 朱音が軽く手を挙げながら徹に言った。


「どうぞ」


「この資料はどうやって作成したんですか。ニュース記事にもなっていない事故も取り扱っているみたいなので」


「ああ、簡単だよ。SNSを漁ったんだよ。あの街の周辺で何か事故や事件がなかったかを毎日チェックしていたんだよ。今日も見てたよ。まぁ、収穫はゼロだったけどね」


 徹はそう言うと、ちらりと力弥の方を見た。徹がこれまでに調べた事故や事件において力弥が写った写真を何度か見かけたのだろう。力弥はそんな徹の試すような視線に気づいたが、今は知らんふりを決め込むことにした。


 朱音は力弥と徹の視線だけのやり取りに気が付くことはなく、「なるほど」と徹の調査能力に感心していた。


「それで、私たちにもSNS でそうした事故や事件を調べればいいんですか?」


 朱音が徹にそう聞くと、徹は視線を力弥から朱音に向けた。


「それもいいけど、とりあえず俺の話を聞いてもらおうかな」


 そう言うと徹はタブレットパソコンの画面を二人に見せた。それは駅前のバスロータリーの写真で、一台のバスが横転している。力弥はそれが勇輝の戦いを初めて見た時のものだとすぐに気付いた。


「駅前のバス横転事故は二人とも覚えている?」


 徹がそう言うと、二人ともほぼ同時に頷いた。


「はい。私はニュースで見ただけですけど」


 朱音がそう言うと、徹は力弥の方を見た。


「あ、えっと、ちょうどバイトの配達中で、近くを通った気がしますね。事故は見てないですねー」


 思い出すような仕草で上を見て、徹と視線を合わせないように答えた。徹は「ふーん」と疑うような視線で力弥を見た後、話し始めた。


「これ、運転手の運転ミスで横転したってニュースとかには書いてあるんだけど、腑に落ちないんだよね」


「何が、腑に落ちないんですか」


 朱音が恐る恐る尋ねた。


「どうしたら、バスが横転すると思う?」


 徹は朱音の方を見ながら聞いた。


「えっと、すごいスピードでハンドルを切ったとかですか?」


「うん、そうだね」


 そう言うと徹はタブレットを操作して、別の画像を表示した。それは駅前周辺の地図だ。ロータリーは駅舎と商業施設に挟まれた場所にある。その商業施設の横には四車線道路があり、それがロータリーに繋がっている。


 徹はバスロータリーに続くその四車線道路を指さした。


「すると、駅に向かうこの通りでバスが猛スピードを出して、そのまま右にハンドルを切るとかをすれば横転するかもしれない」


「違うんですか?」


「それだと、バスはロータリに入ったあたりで横転するはずだ。でも、実際にはそれよりももっと奥で横転していた。写真を見ても分かると思うけど、バスは通りから入るのとは逆の商店街側で横転していた」


「本当だ」


 朱音は写真を見ながら感心したように声を上げた。力弥は事故の真実を知っていたせいもあって、徹のように深く考えてこなかった。確かに、このバスの横転は不自然だ。


「では、先輩はどうしてバスが横転したと考えているんですか」


 朱音がそう聞くと、徹は右ひじをテーブルにつけて頬杖をつくと、朱音と力弥を交互に見た。


「事実と矛盾する事柄を省いていくと、残された可能性は、何か強大な力でバスは横転させられたとしか考えられないね」


 それを聞いて力弥はどきりとした。力弥に落ち度はないが、秘密を暴かれたような気がして落ち着かなかった。ただ、できるだけそれを表情に出さないようにした。


 徹は説明を続けた。


「さっきも言ったように運転ミスではないと思う。この写真を見ると、ロータリーには他にもバスや車が停車している。通りから突っ込んできたなら、これらの車にぶつかっているはずだ。しかし、その痕跡はない。すると、元々、このあたりに停車していたバスが突然横転したとしか考えられない」


「つまり、ブルドーザーみたいなものでひっくり返されたってことですか?」


 朱音がそう聞くと、徹は目を大きく見開いたかと思うと、すぐに目を細めて笑顔になった。


「なるほど、その可能性は考えなかった。それではどうしてブルドーザーが写真に写ってないのかということが問題になるね」


「確かにそうですね」


 朱音はそう言うと顎に手をあて考え始めた。徹は力弥の方を見ると、「君の意見は?」と試すように聞いてきた。


「自分は、特に思いつかないですね」


 力弥の答えに徹はやや不満げな表情に「ふーん」とだけ言った。徹は力弥が何か知っていて、それを聞き出そうという魂胆なのだろう。力弥はその手に乗らないとばかりにできるだけ喋らないようにしている。


「それでは、先輩はどう思っているんですか?」


 徹は視線を朱音に戻して、表情を崩して語り始めた。


「いくつか可能性があるけど。一つには何か決定的なものが写っている写真が何者かの手によって消された可能性があるね。あとは、バスや車の陰に潜めるほど小さい何かがバスをひっくり返したか。そしたら写真に写ってないのも納得できるでしょ」


「それはそうですけど、そんなものいるんですかね」


「分からない。分からないけど、こうして推理をしたりするのは楽しいよね。ついでに真実にたどり着けるともっと良いのだけど」


 そう言って徹は頬杖をつきながら、力弥と朱音をニコニコしながら見た。朱音はそんな徹の言うことに何度も頷いていた。そして、彼女の目は生き生きとしているように力弥には見えた。朱音の明るい表情とは裏腹に力弥は不安を募らせていた。


「今日のところは、他の事故や事件についても色々と考察をしてみようか。それで現場に行かないと分からないことがあれば二人で行ってきてみてよ」


 徹がそう言うと、力弥と朱音は怪訝な顔をした。


「先輩は来ないんすか?」


 力弥は思わず聞いてしまった。この人とあまり関わるとボロが出そうだが、この流れで来ないはないだろと思ってしまったのだ。


「いやぁ、分かると思うけど、俺ってルーズだから、大学構内ならともかく、他の場所に時間通りに行ける気がしなくてさー」


 徹は相変わらずあっけらかんとした表情で、カラカラ笑いながらそう言いのけた。力弥と朱音はそれでよく旅行クラブでやっていけるなと内心で呆れていた。


「それに二人は地元だし、授業がない時に気軽に行けるでしょ」


 徹はそう言うと、ニコニコしながら朱音の方を見た。徹は学外だからといって集合時間を守れないわけではない。ただ、朱音と力弥が親密になるきっかけを提供しているつもりだったが、力弥はやたらと朱音に馴れ馴れしく笑いかける徹が気に食わないようだった。


 その後も徹によるこの街で起きている怪奇現象に関する解説が続いた。話が一段落したところで朱音が手洗いに席を立った。すると、徹は力弥と二人きりになるのを待っていたかのように力弥に声をかけた。


「力弥君さ、何か隠しているでしょ」


  力弥は徹がこの手の質問をしてくると想定しており、ポーカーフェイスで対応した。


「何の事っすか」


「君さ、俺以外の部員と話している時はやたら饒舌なのに、俺とこの案件を話すときは口数少なくなるよね」


  徹がそう言うと、力弥は否定も肯定もせず、ただ徹を見つめた。


「それって、下手なことを言って墓穴を掘らないためじゃないの?」


 徹はそう言うと頬杖をついて、力弥の目をじっと見つめた。


「そんなことないです。本当に何も言いたいことがないだけですから」


 力弥がそう答えると、徹はつまらなそうな目をするも、すぐに何かを思いついたようにかすかに笑った。


「そうか・・・ じゃあ、話を変えよう。これから話すことに根拠はない。ただの妄想、たらればだよ」


  徹は窓の方に目をやって、手を顎に添えて独り言のように語り始めた。


「これらの事故や事件が何かの現象で意味もなくランダムに発生していると捉えることもできるが、仮にこれが誰かの意図によって引き起こされているとしたらどうだろうか」


 力弥はその言葉を聞いた瞬間、驚いて思わず目を見開いた。そんなことを考えたこともなかった。勇輝と一緒だったときも、突然現れる怪物たちをただ倒してきた。降りかかる火の粉を振り払うかのように。


「いくつかの画像を確認していると、力弥君らしい姿を何度か見つけることができた。これは偶然なのか。仮に偶然ではないとした場合、力弥君はこれらの事故や事件に少なからず関係している」


  そう言うと、徹は力弥の方を鋭い目で見た。それはこれまでの人を食ったような態度とは違う、獲物を狙う鷹のような目つきだった。徹はタブレットを操作して、いくつかの写真を力弥に見せた。


「ここで、実際にいくつかの写真を見ると、子供を守ったり、逃がすように誘導する仕草がある。つまり、君はこれらの現象を引き起こした方ではないと推察できる」


 力弥は徹の言葉に少し安堵した。ただ、それは自分が事故や事件を起こしていないだけで、依然として関りがあると疑われているので油断はできないと考えた。


「では、これらを一連の事件と見なしたとき、首謀者は誰なのか」


 徹がそこまで言うと、力弥は思わずつばを飲み込み、徹の顔を凝視していた。


「これは俺にも分からない、はっきり言ってお手上げだ」


 徹は一度目を伏せると、改めて正面から力弥の顔を見つめた。


「でもね、君が何か隠しているなら、それがこの謎を解く上での鍵かもしれない。つまり、この謎は君になら解けるのかもしれない、俺はそう思っているんだ」


 徹はそう言って、試すようでもあり、優しく見守るようでもある笑顔を力弥に向けた。力弥は何も言えず、ただ徹の言葉を胸に刻んだ。


「まぁ、仮定に仮定を重ねた議論だから、ただの妄想だよ、ただのね」


 そう言うと、徹はいつもの人を食ったような笑顔に戻った。すると、部室のドアが開き、朱音が戻ってきた。朱音は力弥と徹の間にただならぬ空気が漂っていると感じると、「え、どうかしましたか」と二人に聞いた。


「何でもないよ。男同士のくだらない話だよ。さぁ、さっきの話の続きをしようか」


 朱音が力弥の隣に座ると、徹は朱音が席を立つ前の話を再開した。


「さて、今日の打ち合わせはこのあたりにして、二人には宿題を出そうかなと思います」


「「宿題」」


 力弥と朱音は久しく聞いていなかったその単語を思わず口に出していた。ただ、大学の講義で出されるレポート課題は実質宿題なので、大学生も宿題の宿業からは逃れられない。


 二人がシンクロしている様子を徹は面白そうに眺めた。


「そう。君らにあげた資料は、言ってしまえば俺の覚書みたいなものなんだ。だから、必要なデータが整理されていない。このままだと文字の羅列でしかない」


 徹の説明に力弥と朱音はいまいちピンと来ていないようだ。ついこの間まで高校生だった二人には話の流れに乗れていない。


「分かりやすく言うと、この資料にある事故や事件を数字にしてほしいんだ。具体的には、事故や事件があった日付、大まかな時刻、場所なんかだね。あ、場所は緯度と経度だからね。あと、データはcsv形式でコンマ区切りにしておいてね。そうそう、日付はUNIX時間が理想だけど、まぁ、普通に日付でいいかな。ただ、年、月、日、時刻はコンマ区切りで分けてね。あと・・・」


 徹が一気に説明をし始めて、初めて聞く単語だらけで力弥と朱音は慌てた。


「ちょっ、ちょっと待ってください、先輩。メモを取ります」


 力弥と朱音は紙とボールペンを出すと、徹の説明を文字にしていく。


「csvって何すか?」


 メモをしながら力弥が徹に聞き返した。


「ファイル形式だよ。拡張子がcsvっていう」


 徹が事もなげに答えるも、二人の頭には疑問符が浮いていた。


「カクチョウシって何ですか?」


「理工学部なら、そのくらいは覚えておいた方が良いね。じゃあ、そこから教えようかな」


 徹は席を立って二人の後ろに立つと、彼らのパソコンを使って情報の講義で教わるような基礎的なことを一つ一つ説明していった。ついでに、拡張子は常時表示させる設定など、情報系技術者なら当たり前のことまで教えてあげていた。


 一通り必要なことを説明し終えると、力弥と朱音は徹から出された宿題のやり方を理解することができていた。


「二人とも大丈夫そう?」


「「はい」」


 メモも紙に書くのではなく、二人はパソコンのメモ帳を使ってタイピングしてメモを取るようにしている。二人ともブラインドタッチがおぼつかないため、フリーのタイピングゲームも徹から教わっていた。やることは多そうだなとぼやきつつ、力弥自身も楽しみ始めていた。


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