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第二十二話 力弥の決意

 入学式を終え、今日からは講義を受けるSキャンパスに登校することになった。朱音は地元での不可思議な事件の調査をあれ以降も続けていた。とりあえず、事件や事故の情報を収集していた。そして、収集していたら四月になっていたというわけだ。


 友人らと卒業旅行にでかけるという高校生らしいこともしていたので、春休みを楽しまなかったわけではない。ただ、それゆえに調査は中途半端な状態であった。これから講義が始まると益々進まなくなることも朱音の頭を悩ませた。


 街の調査をこれからも続けられるか不安になっていると、見覚えのある後ろ姿を発見した。力弥だった。一人で悩んでいるよりも、誰かといた方が良いだろう、ましてやそれが力弥であれば文句はない。朱音はそう思うと、彼の背中をたたいた。


「おはよう、リッキー」


 すると、力弥は朱音であることにすぐに気付いたのか、笑顔で彼女の方に振り向いた。


「おう、おはよう」


 その時、朱音は何か物足りない感覚に襲われた。彼に話しかけるときはいつももう一人いて、その二人に同時に話しかけていた気がするからだ。それが誰だかわからず、朱音はそのままそれを口にしてしまった。


「あれ、リッキー一人?」


「う、うん。そうだけど」


 力弥の顔に戸惑い以外の表情が含まれていたように見えたが、朱音にはそれが何かまでは分からなかった。


「誰か、あと一人、蒼学に受かっていた気がするんだけど」


 朱音がそう言うと、力弥の表情が硬くなったように思えた。朱音が力弥に声をかけようとするが、力弥はすぐに朱音に笑いかけた。朱音はその笑顔に何かを隠そうとする憂いを帯びた色を見た気がした。


「さぁな。それよりもオリエンテーション始まるぜ。三学科合同だろ、急ごう」


 そう言って力弥は朱音に一緒に教室に行くよう促した。


「うん。そうだね」


 朱音がそう言って歩き出すと、力弥は彼女の横に並んで歩き始めた。朱音と力弥は教室に到着するまでたわいもない話をしていたが、その間も力弥は笑顔を絶やさなかった。それは何かを誤魔化そうとする、そんな笑顔だった。




 オリエンテーションが終わり、午後の健康診断までは時間に余裕があった。


「朱音はどっかのサークルに入ったりするのか?」


「うーん、考え中」


 配られた資料をバックパックに入れながら力弥が朱音に聞いた。朱音もまた同じように説明時の資料をバッグに入れているところだった。資料を入れ終わると、二人は揃って教室を出て、建物の出口に向かって歩き出した。


「そういえば、クラブ紹介冊子なんてものをもらっていた気がする」


「え、マジで?」


 朱音は配布物の中にそんな名前の冊子があることを思い出し、廊下の真ん中で立ち止まるとバッグの中を確認した。はたしてその冊子は見つかり、朱音と力弥はそれの中身を眺めることにした。


 運動系から文化系まで様々なクラブが名前を連ねていた。それぞれの部を紹介する写真やイラスト、それと紹介文が書かれている。運動系の硬式テニスや水泳などはどういったスポーツか連想できるものが多い一方で、文化系については一見して活動内容が分からないものも少なくなかった。


「オーケストラとか囲碁とかはまぁ分かるとして、この怪奇現象研究部ってのは何してんだろうな」


 力弥はクラブ名からは活動内容が皆目見当のつかない怪奇現象研究部を指さして、茶化すように朱音に声をかけた。しかし、朱音はというとそのクラブ名に関心があるようで、何やら考え込んでいるようだった。


「え、朱音、このいかにも怪しいクラブに入りたいのか?」


「あ、いや、入るって決めたわけじゃないけどね。話だけでも聞いてみようかなって」


 そう言うと朱音はスマホを取り出し時間を確認すると「健康診断まではまだ時間あるし、行ってみない?」と力弥に声をかけた。


「ああ、いいけど」


 力弥は朱音をリアリストのように思っていただけに、怪奇現象に関心があることが意外だった。力弥自身、どこかのクラブに入ろうと決めていたわけではないので、話だけでも聞いても良いかと思い、朱音についていくことにした。


 校舎の前の広場には新入生を勧誘しようとしている上級生が大勢いた。また、その広場には百以上のクラブのブースが並んでいて、特定のクラブを見つけるのは困難かに思えた。しかし、先ほどのクラブ紹介冊子には各クラブのブースがどこに配置されているかも書かれており、朱音はそのページをぬかりなく見つけていた。


「怪奇現象研究部はこっちね」


 朱音はそう言ってずんずん進んでいった。力弥は飼い主についていく大型犬のように、ひょこひょこと朱音の後ろについて歩いた。


「このあたりのはずだけど」


 朱音がそう言って周囲を見渡した。すると、怪奇現象研究部と書かれたビラが何枚も張られたブースが見えたが、そのブースには一人の男性が腕を組んでそこに頭を埋めていた。どう見ても居眠りをしているようにしか見えない。


「ここだよね」


 朱音が自信なさげに背後の力弥に問いかけた。


「多分」


「この人は、部員なのかな。でも、なんで寝てるの」


 朱音と力弥がブースの前で戸惑っていると、背後から二人に近付く人物がいた。


「ねぇ、あなたたち、入部希望者?」


 力弥と朱音に優しく問いかけたのは一人の女子学生だった。彼女はふわりとした明るい髪色に丸眼鏡が特徴的な外見で、やや緊張した面持ちでおどおどしている。


「あの、とりあえずお話だけでも聞いてみようかと」


 朱音がそう言うと、その女子学生の表情は明るくなり、二人に寝ている男性の対面の長椅子に座るように勧めた。朱音と力弥はこの人の前に座るのはためらわれたが、仕方なく腰掛けた。すると、女子学生は寝ている男性の体をゆすった。


「ちょっと、徹さん、起きてください」


「ん? 何? もう終わった?」


 そう言って寝ていた男性は体を起こすと大きく伸びをした。


「終わっていませんよ。新入生が話を聞きたいそうです」


 女子学生がそう言うと、徹と呼ばれたその男性は目を丸くして正面にいる朱音と力弥の方を向いた。そして、二人の顔を交互に見ると、横にいる女子学生に声をかけた。


結花(ゆか)ちゃんが見つけてきたの? この可愛い女子とイケメンのカップルを」


「「カップルじゃないです」」


 朱音と力弥は示し合わせたように同時に同じセリフをしゃべっていた。そして、二人とも同時に軽く赤面していた。いや、朱音の方は軽くではないだろう。


「あ、そう? お似合いだと思うけど」


 徹はあっけらかんとした表情で言うと、二人を同時に見た。それを聞いて、朱音の方は益々赤面してしまった。力弥はどうにかこの雰囲気を脱しようと、自ら徹に声をかけた。


「自分らは、ちょっとこちらのクラブが何しているのか聞きたくて来たんすけど、説明してもらえますか?」


「へー、彼氏の方はクールじゃん」


 力弥は突っ込んだら負けだと思って、苦笑いして誤魔化した。


「徹さん、やめてください。二人とも困っているじゃないですか」


 そう言って結花と呼ばれた女子学生は徹の隣に腰を下ろすと、朱音と力弥の方に顔を向けて申し訳なさそうに話し始めた。


「ごめんなさい。代わりに私から説明しますね。あ、私は法学部の入来(いりき)結花と言います」


 そう言うと結花は二人にビラを一枚ずつ配り、タブレットパソコンを取り出して二人の前にその画面を見せた。そして、怪奇現象研究部の活動内容を簡単に説明した。怪奇現象研究とは名ばかりの旅行を主な活動内容としていること。旅行先としては心霊スポットが選ばれることがある点も伝えた。


 タブレットには旅行先の景色や部員同士がバーベキューを楽しんでいる写真が次々と映し出された。楽しそうな雰囲気が写真からは伝わってくるが、クラブ名のせいであまり部員は集まらないのだろうと力弥は考えた。


 結花があらかた説明し終わり、二人に聞きたいことはないかと問うと、横に座っている徹が口を開いた。


「うん、まぁ、それだけじゃないんだけどね」


 徹がそう言うと、結花の説明にやや不服そうな顔をしていた朱音が徹の方を見た。


「あ、自己紹介がまだだったね。俺は理工学部三年の槍水徹です。一応、この部の部長です。まぁ、三年でまともに来ているのは俺だけだから仕方ないんだけど」


 徹はそう言いながら、頭を軽く掻いた。


「君らさ、三つ隣駅のH本駅で降りたことある?」


 徹の言葉に朱音と力弥は緊張した。知っているも何も、そこは二人の地元だ。


「はい。というか、私たちはその辺りに住んでますから」


 朱音がそう答えると、徹は「へー」と言って、その大きな目を益々大きく見開いた。


「じゃあさ、この数年間、あの辺りで奇妙な事件や事故が続いていることは知ってる?」


 力弥は徹が何か知っているのかと緊張したが、怪物や星の戦士のことは今では自分しか知る者はいないことを思い出し落ち着こうと努めた。そうやって冷静でいようとする力弥とは対照的に朱音は立ち上がり、徹の顔を見つめた。


「何か知っているんですか?」


 周囲が朱音に注目してしまうような大きな声が彼女の口から出た。力弥と結花をはじめとした学生らが驚いた顔をしている中、徹だけはまるで知っていたと言わんばかりに落ち着いた雰囲気を出した。


「君、名前は?」


「あ、鹿森朱音と言います」


「そう。朱音さん、とりあえず座ってもらえる?」


 徹がのんびりとした口調で朱音にそう言うと、朱音は少し冷静さを取り戻して、長椅子に腰を下ろした。力弥は徹の馴れ馴れしい態度が気に入らないのか、少しイラついた。


「具体的なことは端折って、結果だけ言うと、公式発表されている事故や事件と、現場の状況がかみ合わないことがあるんだよね。だけど、警察やマスコミはその点に触れずにいる。去年あたりかな、それに気付いて、ちょこちょこ調べているんだよ」


 朱音は徹の言うことに固唾を呑んで聞き入っている。力弥は徹が言わんとしていることは自分や勇輝と怪物たちの戦いのことだと察した。そして、力弥は徹の話すことに驚きつつも、朱音がこのことに関心を持っていることにさらに驚いた。


「もしかして、朱音さんもそのことに興味があったりする?」


 徹が試すように朱音に聞くと、朱音は小さく頷いた。そして、「気が付いたのはほんの最近のことですが」と付け加えた。


「どうする? 一緒に調べてみる? もちろん、主な活動は旅行だからそっちに支障がない程度になるけどね」


 朱音は少し考えたが、覚悟を決めたように頷いてみせた。


「はい。どうにも腑に落ちなくて、ずっと気になっていたので」


「そう。じゃあ、入部ってことでいいよね?」


 徹はそう言うとニコニコしながら朱音を見た後、横にいる結花の方を見た。結花は驚いていたが、ワンテンポ遅れて新入部員が入った喜びで笑顔になった。そして結花は立ち上がると朱音の手を取った。


「わぁ、よろしく。あ、うちの部は伝統的に下の名前で呼ぶことになっているから、私のことは結花って呼んでね、朱音ちゃん」


 朱音は少し戸惑いつつも「はい、結花先輩」と言って結花の笑顔に答えた。すると、徹の視線が二人の女子から力弥に移った。徹は左の肘をテーブルについて頬杖をつきながら挑発するように力弥に話しかけた。


「んで、彼氏クンはどうするの?」


 力弥は「彼氏」と言われたことは頭に入らず、朱音が自分と怪物たちの戦いに巻き込まれる可能性を考え、内心では叫びたいほどに戦慄していた。


 そう、彼の頭の中には去年の文化祭での血だまりに倒れる藤鳥結衣の姿が浮かんでいた。その光景を思い出すと、無意識のうちに力弥は朱音の方を見ていた。


 力弥の何かを怖れているような表情に朱音は心配になり、「リッキー、どうしたの?」と声をかけた。


 もう何も失いたくない。


 力弥はそう心に誓う。


 自分が近くにいれば何とかなる。


 そう考え、覚悟を決めた。


「じゃあ、自分も入ります」


 それを聞いて、朱音は驚き、結花は喜び、徹はニヤニヤとした表情を浮かべていた。


「え、いいの? 私に気を使わなくてもいいんだよ」


 朱音が力弥にそう言うと、力弥は陽気な笑顔を浮かべながら答えた。


「いや、面白そうじゃん。俺もそういうミステリーみたいのは好きだし、ちょうど良かったよ」


 朱音はやや腑に落ちないような顔をしたが、この先も力弥の近くにいれることは素直に嬉しいと思っていた。力弥と朱音、それぞれの内心に秘めた思いは相手に伝わることはなかったが、二人はそれでも良いと自身に言い聞かせていた。


 その後、健康診断の時間まで、二人は具体的な活動場所や活動日時の説明を結花から受けていた。その間、徹は二人が訪れた時と同じように顔を両腕に埋めて寝入っていた。


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