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第二十一話 あの日から

 いつもの悪夢だ。


 そこは闇に沈む神社の境内だった。かつて、彼と出会ったあの場所だ。参道は高い木々で囲まれ、自分はその道を歩く。


 元々長い参道だったが、こんなに長かっただろうか。


 中々、拝殿に辿り着かない。やがて自分の中に焦る気持ちが湧いてくる。それはこの先に待ち受ける危機にこのままでは間に合わないのではないかという怖れだ。


 のんびり歩いていてはあいつを助けに行けない。そう思うと、我知らず駆け足になっていた。高い木々が光りを遮り、闇に包まれたこの道をゴールが見えぬまま走るしかなかった。


 そうして、走り続けていると、ようやく広場が見えてきた。参道のわきには砂利が敷き詰められた広場がある。その広場の中央に向かって、更に駆けだす。そこには、あいつが佇んでいた。


 夢の中でだけ存在しているかつての相棒。


 それは希望ではない。絶望だった。


 彼の頭上もまた暗闇が覆っている。星さえ見えない漆黒の闇が全てを覆いつくさんとしている。今の自分の右腕にはブレスレットはない。力を使うことはできない。それでも、彼に手を差し伸べたい。あの頃のように肩に手を回し、笑い合いたい。彼の屈託のない笑顔をまた見たい。


 駆けつける自分に気が付いた彼がこちらを向く。その顔は寂しげだった。自分が駆けつけることを喜ぶ一方で、この先に起きる惨劇を知り、悲しむ自分を憐れむような。


 例え結果が同じだとしても、目の前にあいつがいるなら手を伸ばす以外の選択肢は自分にはなかった。


 その矢先、四方八方から刃が降り注ぎ、その全てが彼の体を貫いていく。それは自分の眼前、ほんの一メートル先で起きた。あと一息で間に合ったのに。残酷な後悔が自分の体の中から沸き起こり、悲しみは湧き水のように体の芯から流れ出ていく。


 刃に貫かれ、骸と化した相棒を前に膝をつく。何度も味わわされる絶望と悲しみ。そして、刃が放たれる先を見上げる。そこには異形の怪物たちが群れを成して自分を見下ろす。沸き起こる悲しみは黒い色に変わっていた。


 それは苛烈なまでの怒り。


 あるいは、おどろおどろしいまでの憎しみ。


 そして、終わりなき恨み。


 その全てが渾然一体となり、体の内側から沸き起こると肉体を蝕んでいく音が聞こえてくるようだった。目から流れる涙は赤く染まり、眼は吊り上がり、手は強く握られ、爪が食い込んでは血が流れていた。


「許さない」


 蛇の姿をした怪物、竜のような怪物、無数の触手を持った怪物、多種多様な怪物たちが薄ら笑いを浮かべながら相棒を蹂躙する。


「殺す」


 明確なる殺意。同時にそれは戦う理由でもある。


「殺しつくす」


 異形の怪物たち、それらに組する全てを滅さんとする決意。気が付くと右手にはブレスレットがはめられていた。そして、怪物たちを滅さんと黒い光が体を包む。



 次の瞬間には力弥は夢から覚めていた。何度も見た悪夢だが、いつまでたっても慣れない。ベッドで横になったまま力弥は天井を見つめていた。体を起こし、カーテンのかかった窓を見る。外はまだ暗いようだ。


 もう一度寝ようかと思ったが、あの夢を見てしまうのではないかという不安が彼の眠りを妨げた。ベッドから下り、机に向かった。デスクライトのスイッチを入れ、椅子に座ると本棚から一冊の小説を取り出した。


 勇輝が消えたあの日、彼から受け取った本だった。彼に関する記録は全て消えた。卒業アルバムにも彼の写真はない。高校の友人たちも誰も覚えていない。それでも、力弥は記憶し、この本は記録していた。


 様々な記録が抹消されていく中、この本だけはそれを免れていた。力弥が持っているものは免れるのか、それともヒバリたちの配慮なのか。


 本には彼との思い出が挟まれていた。その一つに、藤鳥が勇輝にあてた手紙があった。勇輝はきっと自分の記録が消えることを知っていた。だから、これを力弥に託したのだろう。


 その手紙と一緒に三人で撮ったプリント写真も入っていた。眼鏡をかける前の自分、可愛らしい笑顔の藤鳥結衣、そして勇輝の三人だ。勇輝は写真を撮るというのに仏頂面だった。力弥はその写真を寂しそうな笑顔を浮かべながら眺めた。


「笑えよ」


 力弥はいつも決まって写真の中の彼にそう囁くのだった。


 そして、手紙と写真を本に挟んで定位置に戻すと、腕を組んで顔を突っ伏した。そうやって眠ることもできず、ただ胸の中にわだかまる黒い感情を抱えながら、朝を迎えるのだった。力弥の中で、勇輝を失った悲しみは、いつしか異形の怪物たちへの憎しみへと変質していた。




 卒業式を終え、あとは大学が始まるのを待つだけだった。


 朱音はそこで以前から気になっていたこの街の疑問に取り掛かることにした。その疑問の発端というのは数か月前のクリスマスイブの日のことだった。


 その日、彼女は友人の力弥と祐介とともにクリスマスパーティーのためのケーキを受け取りに行った。その途中、交通量の多い交差点で自動車の玉突き事故が発生し、事故に巻き込まれないようにすぐ近くの商業施設に駆け込むということがあった。


 その後、事故現場を迂回することで目的のケーキ屋に辿り着き、無事にケーキを買うことができ、クリスマスパーティーはつつがなく執り行われた。


 その時は何も疑問に感じることはなかったのだが、数日後にたまたま事故現場近くを通ることがあって、奇妙な光景を目にした。


 それは、道路と歩道の一部が陥没し、その補修工事をしているというものだ。事故前に通ったときは道路の陥没などなかったと記憶している。それでは、玉突き事故の直前に陥没するようなことがあったのか、玉突き事故の後なのか、それとも・・・。


 朱音は第三の可能性を考えようとして頭を振った。どうして、車同士の玉突き事故で道路が陥没するんだ。そんなわけはないとその時はその可能性を一蹴し、道路の陥没について考えず、早々に用事を済ませていた。


 朱音は道路が陥没した現場に再び立っている。


 既に補修工事は完了しており、車は滞りなく通行できている。玉突き事故と道路の陥没が同時に起きたと仮定した場合、この街には何か異常なことが起きているのではないか。朱音はその可能性に恐怖するとともに、その謎を解明してみたいという胸の高鳴りを感じていた。


 陥没した場所は工事がされたことでこれといって痕跡らしいものを見つけることはできなかった。朱音は事故当時のことを思い出し、巻き添えを受けないように入った商業施設の方に向かった。


 そこは二階より上が映画館で、一階にいくつかの店舗が入っている。交差点に面した部分は黄色い看板の総合ディスカウントストアと荷物搬入口になっている。


 朱音は交差点側からその商業施設を見ていると、あることに気付いた。それは屋外から二階フロアに上がれる階段にはロープが敷かれ、使用禁止の札が貼ってある。よく見ると金属製の階段と手すりがひしゃげていた。朱音はここの階段はいつからこの状態なのか気になり、手がかりがないか辺りを見渡した。


 ただ、人目のつくところであったため、朱音は必要以上に調べることは憚られた。ひとまず、このひしゃげた階段も事故に関係するのではないかと考え、スマホを取り出し写真に収めた。この建物の管理会社がいつまでもこのままにしておくと思えず、証拠としてひしゃげた状態を記録しておきたかったのだ。


 あの時、力弥と祐介も一緒だったが、彼らは何か覚えているだろうか。朱音は事故のあった交差点を離れ、自宅に向かう途中で二人のことを思い出した。卒業式の後の打ち上げで気が付いたら力弥は姿を消していた。そういえば、どうして打ち上げの途中で抜け出したのかを聞いていなかった。


 朱音は力弥と祐介のグループにメッセージを送ることにした。このグループを見るのは数日ぶりだった。卒業式前に力弥らと遊びに行く際に使ったきりだ。


 その時、朱音は妙な違和感を覚えた。遊びに行った時点で合格判定が出ていたのは、自分と力弥だけで祐介は試験中だったはずだ。どうして自分は力弥「ら」と考えたのだ。


 グループメッセージを読み返してみるが、自分ら三人以外が参加していた形跡はない。ただ、こんな会話だっただろうかと朱音は首を傾げた。誰かあと一人いた気がしてならない。今見ている会話ログは、その誰かがいなくても不自然に見えないようにされた後のような、そんな気がした。


 朱音は疑問を感じつつも、二人に玉突き事故当時のことについて聞いてみることにした。


「クリスマスパーティーの日に起きた自動車の玉突き事故について調べているんだけど、あの時に玉突き事故以外に何か起きてなかった?」


 朱音はメッセージを書き終えると、こんなアバウトな内容で大丈夫かなと心配になりつつ、送ってみることにした。すると、すぐに返事が返ってきた。二人とも暇なのだろうか。


『覚えてない』


 力弥からの返事は素っ気ないものだった。彼にしては珍しいドライなリアクションだ。


『車がぶつかっていいたこと以外は覚えてないな。そういえば、北条さんもパーティに参加してたけど、彼女は覚えてないのかな』


 祐介からのメッセージを見て、朱音はあの日に北条佳織がいたことも思い出した。彼女はこのグループに入っていないが、クリスマス以来、佳織は力弥らと交流を深めていた。


「二人ともありがと。ケーキを取りに行ったのはうちら三人だし、佳織は何も知らないと思うよ」


 朱音はそう返事をすると、スマホをバッグにしまった。忘れていた誰かは佳織だっただろうか、朱音はそれも違う気がしていた。ただ、思い出せないことをいつまでも考えても仕方がないので、思い出せない誰かのことは棚上げにすることにした。

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