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第十八話 暁人と力弥

 次の日の金曜日も新入生向けのガイダンスが続き、午後からは健康診断もあった。この日も暁人と伊織は一緒に行動していたが、夕方前に伊織は剣道部の用事があると言って暁人と別れた。校舎に囲まれた広場には新入生勧誘のために多くのクラブのブースが並んでいる。


 二日に及ぶ新入生勧誘もこの日が最終日で、いくつかのブースは片付け作業に入っていた。暁人はその中の怪奇現象研究部のブースに顔を出すことにした。残念ながら力弥はいなかったが、片づけを手伝いながら朱音らと雑談をして、その日も一緒に帰宅した。


「来週は、新人歓迎コンパをしましょう」


 駅のホームで電車を待っていると朱音が三人にそう提案した。暁人は大学生らしい言葉の響きに胸を躍らせ、姫乃と利一も待ってましたと言わんばかりの表情だ。


「金曜日ならみんな空いてるよね」


 朱音が続けて三人にそう聞くと、「もちろん」、「空いてますよ」と姫乃と利一は答えた。


「暁人君も大丈夫よね」


「はい! わぁ、凄い楽しみです!」


「じゃあ、決まりね。後で、グループメッセージでも送っておくね。あのバカも来てくれるといいのだけど」


 バカとは力弥のことだろう。朱音は呆れた表情をしているが、原因は自分のせいではないかと思うと、暁人はいたたまれない気持ちになった。


「あの、明日、力弥先輩に会ってきて、来てくれるように説得します」


 暁人は上級生らにそう力説するも、彼らとしても申し訳ないと思っている。


「ごめんなさいね。本来はわたしたちが何とかすべきなんだけどね」


 暁人のやる気をそぐわけにもいかないので、朱音はひとまずは彼に任せようと思った。そして暁人の説得にも応じないようであれば、自分が力弥に事情を聞こうとも考えている。ただ、朱音には気がかりなことがある。ここ数か月、力弥の様子がおかしいと朱音は感じている。


 力弥は今まで以上に何かを抱えて、その気持ちで体が重くなっているように朱音には見えていた。朱音は高校のころから力弥を知っているが、その頃と比べて随分と様子が変わっている。そんな彼の本意を聞き出せるか、正直なところ自信がないのだった。


「朱音さん、電車来ましたよ」


 考え事をしていた朱音は姫乃に声をかけられるまで電車が来ていることに気付かなかった。慌ててH子行きの電車に乗り込むと大きく息を吐いた。


「どうかしたんですか」


 暁人が心配そうに朱音に声をかけると、「ううん、なんでもないの」と朱音は返した。姫乃はそんな朱音を見て、きっと力弥のことを考えていたのだろうと推察した。朱音とはまだ一年程度の付き合いだが、一年もいれば朱音の力弥に対する態度も察するというものだった。


 誤魔化すように暁人に明るく接している朱音のいじらしさに姫乃は歯がゆい気持ちを抱えながら、電車のドアにもたれかかって流れる外の景色を眺めていた。そして姫乃は心の中で「朱音さんのことを泣かせたら、あの男殺す」などと物騒なことを考えていた。



 暁人が朱音から聞かされた『良いこと』とは、なんてことはない、力弥のバイト先に押し掛けるというものだった。力弥のバイト先は暁人の下宿先から徒歩圏内の『天衣無縫』という定食屋兼居酒屋だ。土曜日であればランチタイムだけシフトに入っていることが多いのを朱音は知っていた。その情報を暁人に授けたのだ。


 その店のランチタイムは午後二時に終わる。暁人は昼食も兼ねて午後一時に店に着くように下宿先を出た。外に出ると気持ちの良い青空が広がっていた、風が強いのは気になったが、過ごしやすい良い天気であった。


 暁人はスマホのマップを見ながら天衣無縫までのルートを確認した。下宿先を出ると駅の方に向かい、幼稚園のある角を右に曲がった。しばらく直進していくとタワーマンションが見え、そのマンションのすぐ横の脇道に入った。その道の先は広い通りになっていて、道の両側には様々な店が並んでいた。その一つに天衣無縫があった。


「ここだ」


 暁人はそう呟くと、車が来ていないのを確認すると通りを横断し、その店に向かった。そして暖簾をくぐると、威勢の良い店員による掛け声が響いた。


「いらっしゃいませ。何名様ですか」


 そう言って対応してくれたのは力弥だった。力弥はそこまで言った後に暁人の顔を見ると、「はぁ」と大きくため息をついた。そして、改めて彼の顔を見ると、ひとまずは店員として客である彼の対応をしようと観念した。


「カウンターでいいですか?」


「あ、はい」


 暁人は促されるままにカウンター席に座ると、力弥はお冷を彼の目の前に置き、メニュー表を手渡した。暁人はそれを受け取りつつ力弥の方を見つめた。すると力弥は彼の意図を察して、もう一度ため息をつくと言葉を続けた。


「ランチタイムが終わったら、話を聞くよ」


 不安げな表情で店に入って来た暁人の顔が一気に明るくなり、「ありがとうございます!」と力弥に礼を言った。そうして安心した表情でメニューを眺めている暁人と彼から離れて頭を搔いている力弥のことを、カウンターの向こうで女性店員が見守っていた。


「注文決まった?」


 そのカウンターの中にいる女性店員が暁人に声をかけてきた。長い黒髪の良く似合うその人は、大きな目で暁人を見つめていた。暁人は唐突に声をかけられたのにも驚いたが、それ以上に美人に声をかけられたことで緊張した。


「あの、えっと」


「ごめんなさい。ゆっくり考えてくれて構わないの。ちょっとあなたとお話がしたかっただけだから」


 そう言われて暁人はメニューから目を離し、その女性店員の方を見た。


「あなた、彼のお友達?」


「えっと、大学の後輩です」


「そう。わざわざうちの店まで来たってことは、大学では会えないの?」


 女性店員は少し暁人のことを気遣いながら聞いてみた。二人のやり取りを見ていた彼女は、何かの事情があると察していた。


「その、何か、ぼく、先輩に避けられてしまって」


 暁人は少し俯いて、寂しげに答えた。すると、女性店員は他の客の接客をしている力弥を一瞥した。


「そう。彼にしては珍しいわね」


「皆さん、そうおっしゃいますよね。きっとぼくが悪いんです」


 力弥と話ができると喜んでいたが、改めて自分の行動の軽薄さに思い至り、自信を失おうとしていた。すると、女性店員は顔を横に振って暁人の考えを否定した。


「私はそうは思わないけどな。彼、とっても優しいから。きっとあなたのことを思ってのことじゃないかな。それに・・・」


 女性店員はそこまで言うと、少し考えてから言葉を続けた。


「ここ最近の彼、ちょっと様子がおかしいの。何だか思いつめているみたいで」


 そこまで言いかけて、力弥が他の客からの注文を彼女に伝えた。どうやら彼女はこの店の店長であると暁人は分かった。すると力弥は暁人のすぐ横に立つと、「注文は決まった?」と優しげな口調で尋ねた。


「あ、じゃあ、この唐揚げ定食を」


 力弥は頷いて見せると機械的に注文内容を女性店長に伝え、メニュー表を暁人から回収した。どことなく最小限の会話しかしたがらない雰囲気が感じられた。


 暁人は力弥と話をする機会を得られたものの不安ではあった。彼からちゃんとした説明をしてもらえるのか、はぐらかされてしまうのではないか、そう考えると思わずため息が出てしまった。気持ちを落ち着けようとお冷に口をつけると、目の前に料理が置かれた。


「はい、唐揚げ定食、お待ちどおさま」


 そう言って女性店長は朗らかな笑顔を暁人に見せた。そうして「さっきの話の続きだけどね」と言って、言葉を続けた。


「何でもないように見せているけど、何か重たいものを抱えているみたいなの、彼」


 暁人は真剣な眼差しで語り掛ける彼女の気持ちを真摯に受け止めた。そんな暁人の思いが伝わったのか、女性店長は安心したように微笑んだ。


「だからね、彼の話も聞いてあげて欲しいの。私じゃダメみたいだから」


 女性店長は困ったように肩をすくみながら、暁人に自分の願いを託した。暁人はこの人にできないことが自分にできるのかと疑問に思った。一方で、怪物や変身に関することであれば自分でも力になれると考えると、決意したように店長を見つめ返した。


「ぼくにできるなら、やってみます」


「ありがとう。それじゃあ、冷めないうちに食べちゃって」


 そう言って、店長は暁人に目の前の唐揚げ定食を食べるように促した。暁人は頷くと「いただきます」と言って、積みあがった唐揚げに箸をつけた。



 夕方の営業に向けて店を閉めるということで暁人は一度店から出て、力弥が出てくるのを待った。透き通るような青空とは対照的に、暁人の内側は不安と焦燥でいっぱいだった。それでも力弥を信じようと思って待っていると、店の入り口が開いて、力弥が出てきた。


「おっす。歩きながらでいいか」


 そう言って力弥が歩き始めたので暁人は「はい」と返事をしながら力弥の横について歩いた。


「で、何が聞きたいって、まぁ、全部だよな・・・」


 力弥は力なく苦笑しながら、暁人の方を見た。暁人は軽く頷くも、怪物や変身のこと以外にも力弥の内面も聞きたいと考えていたが、まずは力弥に言いたいようにすることにした。


 力弥は天衣無縫の目の前の十字路を渡り、高い木々が伸びている神社の境内に入っていった。土曜日の午後ともなれば、広場には子供たちが集まり、鬼ごっこやサッカーなどに興じている。二人は木々に囲まれた薄暗い参道を拝殿に向かって歩いた。


「あの怪物たちは世界の歪みだそうだ。あれをそのままにしておけば世界に歪みが広がって、大変なことになるらしい」


 拝殿までの道のりの半分を過ぎたあたりで、広場に出た。広場にはベンチがあり、力弥と暁人はそのうちの一つに腰を下ろした。


「そうならないように俺は戦っている。だけど、怪物が暴れているという事実自体が世の中を混乱させる要因になるから、その記憶と記録はきれいさっぱり消えちまうみたいだ」


「だから、ニュースにもSNSにも怪物のことは出てなかったんですね」


 暁人が驚きながらそう聞くと、力弥は「ああ」と何でもないことのように返事をした。暁人にとっては、それが途方もないことのように思え愕然するとともに、それを当たり前のように話す力弥にも違和感を覚えずにはいられなかった。


「でも、誰がそんなことを」


「この世界の秩序を守るとか、調停するとかそんな感じの奴らがいるらしいよ。もちろん、人間じゃないだろうな」


 力弥は空を仰ぎながら、感情を込めずに淡々と説明をした。そんな彼の軽い口調とは裏腹に、暁人には彼から放たれる言葉の意味を理解するとやや重い気持ちになった。人知を超えた存在による戦いの最前線にこの人はいる。暁人はそうした存在に怖れると同時に、敬意をもって力弥を見つめた。


「どうして、先輩がそんなことを」


 すると力弥は視線を神社の拝殿の方に向けた。いや、拝殿というよりも、隣の建物との隙間に向かっているように思えた。そして悲しそうにぼそりと言葉を言い放った。


「さぁな」


 暁人が本当に知りたいのは今の力弥が何を考えているかだった。凛々しい彼の横顔が悲しみに陰るとき、彼の内面ではどんな記憶が想起されているのか、それを力弥の口から聞きたい。


 暁人がそんな力弥の横顔を見つめていると、力弥は唐突に右腕を眼前に上げ、手首にはまっているブレスレットを左手で押さえた。


「奴らが出た。悪いが、話はまた今度な」


 そう言うと力弥はあたりを見渡し、神社の拝殿の方に向かった。そして、拝殿の側面の建物の陰になっているところに入っていく。暁人も力弥の後を追って走ったが、力弥に追いつくことはできなかった。そして、力弥は物陰に姿を消したかと思えば、次の瞬間には黒い人影が拝殿の裏から飛び出していった。


 人影は暁人の立っている場所から右斜め前へ飛び去って行った。引っ越したばかりで土地勘のない暁人にはその先に何があるのか見当もつかなかった。また、彼の後を追っていいのか悩んだ。あの先には先日見たような怖ろしい怪物がいる。


 自分にできることはないが、もし世界から彼の戦いの記憶と記録が消えてしまうなら、自分はそれを見届けたいし、その記憶を忘れずにいたい。暁人の胸中にそんな思いが去来すると、次の瞬間には彼は黒い影が飛んで行った方に駆けだしていた。


 儚いものを尊く思うのは人の(さが)なのか。暁人もまたかつての力弥のように、理不尽なる世界の(ことわり)を前に、抗い続ける誰かの思いを、勇ましい戦士の姿を愛おしく感じては、それに向かって手を伸ばそうとしている。


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