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第十七話 怪奇現象研究部

 暁人は学内地図を見ながら、オリエンテーションのある棟と教室を確認した。


 主な教室棟は四角形の広場を囲むように建てられていて、その広場には新入生を勧誘するクラブやサークルのブースが並んでいる。つまり、新入生を勧誘しようとする先輩方を相手にしながら向かう必要がある。


 既にオリエンテーションの時間までぎりぎりであり、暁人はできるだけ彼らを避けながら教室に向かった。学科生全員を収容できる教室は限られており、正門に近い場所にある建物の中にその教室はあった。

中に入ると既に席は八割方は埋まっていて、暁人はあたりを見渡しながら座れる場所を探した。


 右斜め前の席を見ると、一人やたらと背が高い学生がいるだけで空いている席があることに気付いた。暁人は他に選択肢もなく、その席に向かった。


「ここ空いてますか?」


 暁人が一人で座っている男子学生に声をかけた。すると周囲の学生らは二人のやり取りに緊張した面持ちで視線を送った。その学生はやたらと背が高く、更に前髪から覗く目つきが鋭く、威圧感がある。彼はじっと暁人を見つめた後、こくりと頷いた。


「ありがとうございます」


 どうやら周囲の学生らはそんな強面の学生に恐れをなして、彼から避けるように席についていたようだ。しかし、暁人はそんな男子学生の容姿を気にかける様子はなかった。むしろ、教室に入るのが遅れたせいで友達作りの輪から出遅れたと思っていた。そんな中、一人で座っている彼なら声をかけられるのではないかと思っていた。


 オリエンテーションの開始までは少しだけ時間がある。暁人は緊張したが、思い切って隣にいる学生に声をかけることにした。


「あの、自分は斗星と言います。名前を聞いてもいいですか」


 隣の学生はじろっと暁人の方を見ると、少し間を開けてぼそりと名乗った。


「・・・鳥羽(とば)


「鳥羽君っていうんですね」


 その後、暁人はオリエンテーションが始まるまで、鳥羽に話しかけ続けた。鳥羽は口数は少なく、彼の回答は単語だけだったが、久しく同年代の学生とこうして話をすることがなかった暁人にとってはそれで充分だった。 


 オリエンテーションが終わり、学生らが教室から出ていく。入学後に参加すべき行事は他にも予定されているが、今日のところはこのオリエンテーションだけである。このまま帰っても良いが、暁人は時間的にも昼前でありもう少し学内にいたい気持ちがあった。


「鳥羽君は、この後は何か用事はあるの?」


 鳥羽は目を見開いて、少し考えた後ぼそりと「ない」とだけ答えた。


「じゃあ、一緒にお昼を食べに行かない?」


 暁人の誘いに鳥羽は何か言いかけたが、こくりと頷いた。そして立ち上がって、暁人とともに歩き出した。こうして立ち上がると彼の体格の良さはさらに際立つ。鳥羽は黒髪に色黒な肌、対して暁人は明るい髪色に肌も白い方で、こうしてみると二人は対照的な外見である。しかも、暁人はどちらかというと背が低い方に分類され、高身長の鳥羽と並ぶと悲しいほど低さが目立つ。


 二人が教室棟を出ると、クラブとサークル勧誘の学生らが彼らに押し寄せた。暁人はここに来るまでの苦労を思い出し、身構えたが、鳥羽が勧誘者たちにぎろりと視線を送ると、彼らは鳥羽を怖れて足を止めた。


「行こう」


「うん」


 暁人は先に歩いていく鳥羽に駆け寄り、彼を見上げて声をかけた。


「鳥羽君がいると心強いね」


 そんな暁人の言葉に鳥羽は頷いて答えた。ブースが並ぶ四角い広場を出て、正門から真っ直ぐに続くメインストリートに入った。この通りの向こう側に食堂がある。二人はその食堂を目指している。


 その通りに力弥と呼ばれる学生がいるのを暁人は見つけた。彼はハンチング帽子を被った男子学生と一緒にクラブ勧誘活動をしているようだった。暁人が足を止めてその学生たちの方を見ていると、鳥羽も足を止めた。そして、暁人と彼らを交互に見た。


「あの、ちょっと待っててくれる?」


 暁人が申し訳なさそうに鳥羽に言うと、鳥羽は頷いて見せた。そして、暁人が力弥の方に向かうと、鳥羽は暁人の後ろについていった。そして、声をかける新入生を探している力弥たちに暁人は思い切って声をかけた。


「あの、いいですか」


 力弥は暁人に気付くと朗らかな笑顔を返した。


「ああ、君はさっきの。どうかした?」


「あの、その、自分のことを覚えていませんか?」


 暁人が自信なさそうに力弥に聞くと、力弥はじっと暁人の顔を見つめた。そして、何かに気付くと力弥の顔がこわばり、後ずさった。暁人は力弥が自分のことを思い出したと気付くと更に言葉を続けた。


「あの、あの時のことを教えて欲しいんですけど」


「いや、すまない。用事を思い出した」


 そう言って、力弥が踵を返そうとすると、傍にいた男子学生が「え、ちょっと力弥さん」と言って慌てた。すると、暁人の後ろにいた鳥羽がすっと暁人の前に出て、力弥の手をがっしりと掴んだ。


 力弥は急に掴まれて驚きつつも、その手を振りほどこうとした。しかし、鳥羽の腕はびくともしなかった。力弥も高身長だが、鳥羽はさらにその上を行く。体つきの良い二人が対立する様は、周囲に言いようのない緊張感を漂わせた。


「君、離してくれないかな」


 力弥はできるだけ紳士な雰囲気で鳥羽に声をかけた。


「斗星が聞いている」


 対して鳥羽はぶっきらぼうに言葉を返した。


「だから、用事があるんだよ」


「いいから答えろ」


「あんまり、こういうことを言いたくはないけど、目上の人に対する態度がなってないんじゃないか」


 力弥の言葉に怒気が含まれつつある。しかし、鳥羽は一向にひるまない。


「大して年は離れてないだろ」


 力弥と鳥羽はまさに一触即発の状況になっていた。そして、そんな原因を作ってしまった暁人が一番困惑していた。何とかこの場を収めようと鳥羽に声をかけた。


「鳥羽君、ぼくは大丈夫だから、手を離してあげて」


「斗星は、用事があるんじゃないのか」


「そうだけど、迷惑そうだし」


 そう言って暁人が寂しそうに答えると、鳥羽は益々離す気がないと言わんばかりに手に力を込めた。


「そこの彼がいいと言っているんだから、そろそろ離してくれないか」


 しかし、鳥羽は力弥の言葉聞き入れない。互いに一歩も引けないこの状況が続くかに思えたその時だった。


「ちょっと、あなたたち、何をしているんですか」


 腕に大学の校章の入った腕章をつけた女子学生が二人に近付いてきた。そして、力弥と鳥羽を交互に睨みつけた。暁人は生徒会のような学生による自治組織ではないかと思うと、鳥羽に離すように促した。


「鳥羽君、お願いだから離してあげて」


 鳥羽もさすがにこの状況はまずいと思ったのか、手を離し、力弥と距離を取った。力弥は掴まれた手をもう片方の手でさすりながら仲裁に入った学生に笑顔で答えた。


「いえ、何でもありませんよ。お互い行き違いがあったみたいです」


「そう、一応、クラブ名を教えてもらえますか」


 仲裁に入った女子学生が力弥と隣の帽子を被った学生に近付いた。すると、帽子を被った学生は困惑しつつもクラブを紹介するビラをその女子学生に渡した。


「怪奇現象研究部ですね。今は注意に留めますけど、次からは問題を起こさないようにしてください」


 そう言うと仲裁に入った女子学生は暁人たちの元を離れて、他のクラブやサークルの様子を見に行った。暁人はほっと胸をなで下ろし、周囲を見渡すと既に力弥の姿はなかった。そして、帽子を被った付き添いの学生が申し訳なさそうに近付いてきた。


「あの、なんかごめんね」


「いえ、こちらこそすみませんでした」


 そう言って暁人は思いっきり頭を下げて謝った。隣にいる鳥羽もバツが悪そうに頭を下げた。


「頭を上げて、ぼくらにも落ち度があったんだし。さっきの人、良い人なんだけどね。どうしたんだろう・・・」


 そう言って、その男子学生は帽子のつばを触りながらぼやいた。暁人は心当たりがあるものの、答えられず黙っていた。そんな彼を鳥羽は心配そうに見つめ、帽子の学生はその場の雰囲気を変えようと二人にビラを渡した。


「まぁ、良かったら、うちの部室に遊びに来てよ」


 そう言って二人に笑顔を見せると、片手を上げて二人の元を去った。暁人はもらったビラを眺め、「怪奇現象研究部か」と呟いた。そして、そこに行けば力弥という学生に会えるのだろうかと考えた。そして、どうにかして力弥から怪物と力弥自身のことを教えて欲しいと考えた。


「ごめん」


 暁人の左上から申し訳なさそうな鳥羽の声が聞こえてきた。暁人は鳥羽に向かって笑いながら「気にしないで」と答えた。


「それよりもお腹空いたね。食堂に行こうよ」


 そう言って暁人は先ほどまでのやり取りがまるでなかったように、鳥羽の手を引いて食堂に笑顔で向かった。その時、鳥羽はもっと上手くやれていたらと後悔しつつも、こんな不器用な自分を許してくれる暁人を不思議そうに見つめた。



「鳥羽君は剣道をやるんだね」


 鳥羽はこくりと頷いた。彼は既に剣道部への入部を決めており、活動場所や頻度などの情報を部員から聞いていた。鳥羽は不愛想だが、体格が良く先輩部員からは期待の眼差しを浴びていた。暁人も勧誘を受けたが、対人競技はどこか苦手なので遠慮した。


 その後、暁人と鳥羽は様々なクラブやサークルの話を聞いたり、ステージでのデモンストレーションなどを見たりなどして過ごした。特に、オーケストラやジャズなどの音楽系サークルの演奏のデモンストレーションは圧巻であった。そうした様々なサークルを見た後でも、暁人は怪奇現象研究部とそこにいる力弥のことが気になって仕方がなかった。


 帽子の男子学生から受け取ったビラを眺めては、暁人は小さくため息をついた。このことに囚われていると大学生活を楽しめないと思う一方で、駅前で起きたことを問いただしたい気持ちも暁人にはあった。


「気になるのか」


 見かねた鳥羽が暁人に声をかけた。


「あ、うん。でも、気にしないで。ぼく一人で部室に行ってみるから」


 暁人はそう言うが、鳥羽は心配でならないという顔をした。帽子の学生は人が良さそうだったが、あの眼鏡の背の高い男は暁人をまた困らせるという確信が鳥羽の中にはあり、次こそは彼を引き留めようと心に決めた。


「いつ行く?」


「鳥羽君も来るの?」


 鳥羽は力強く頷くも、暁人は少し複雑な心境だった。これは鳥羽なりの気遣いでそれ自体は嬉しいのだが、力弥という人とまた喧嘩みたいになったら嫌だなぁとも思った。


「ありがとう。でも、さっきの人と喧嘩はしないでね」


 そう言うと、鳥羽は僅かに恥じる表情を見せた後、暁人に頷いてみせた。広場での勧誘が終わる頃合いを見計らって、暁人は怪奇現象研究部の部室に向かった。部室等は食堂の上にあり、建物のわきの小さな入り口から部室のあるフロアに行くことができる。


 怪奇現象研究部をはじめとする文化系クラブは四階に集められている。廊下の左右に部屋が並び、それぞれのドアやその周辺にはクラブ名が書かれた札などがかけられている。クラブの数に二人は呆気に取られながらも、ビラに書いてある部室番号を頼りに暁人と鳥羽は部室の並ぶ廊下を歩いていく。


 長い廊下の真ん中あたりに怪奇現象研究部の部室はあった。各部室のドアの横には縦長のガラス窓が取り付けられており、中の様子を見ることができる。暁人と鳥羽はそこから中の様子を窺うと、そこには一人の女子学生がノートパソコンを広げて何かの作業をしているように見えた。


 暁人が中に入ろうかどうしようかと悩んでいると、見かねた鳥羽がドアをノックした。「鳥羽くーん」と暁人が小声で抗議するも、部屋の中から「はーい」という声が聞こえてきた。そして、中にいる女子学生がドアを開けた。


「あなた達、新入生?」


 出てきた女子学生は鳥羽の姿に一瞬たじろぐも、暁人の方を見るとそう尋ねた。鳥羽はお前が答えろと言わんばかりに暁人の方を見ると、暁人は「はい」とおどおどしながらも返事をした。


「入部希望?」


 女子学生は感情を込めずに事務的にそう聞くと、暁人は「とりあえずお話を聞こうかと思いまして」と消え入りそうな声で答えた。


「そう。とりあえず入って。もうすぐ部長が戻ってくると思うけど」


「失礼します」


 暁人は遠慮がちに部室に入った。怪奇現象研究部というからには心霊に関する怪しげなものが置いてあるかと想像していたが、中はこざっぱりとしていた。部室は縦長で、その奥行に沿って長机が一脚あり、その机を挟む形で二脚の長椅子が置いてある。奥には丸椅子もある。


 壁の左側にはスチール製の引き違い戸のついた書庫がある。二段になっており、収納性能は良さそうだ。扉には紙が張られている。書庫の横にはバーベキューグリルなどのキャンプ用品が置いてある。怪奇現象とキャンプにどんなつながりがあるのだろうと暁人は頭をかしげた。


「ああ、バーベキューのものとか何に使うんだって思った?」


 女子学生が暁人の反応を楽しむように聞いてきた。


「はい。怪奇現象っていうから、もっと心霊っぽいものがあるのかと思ってました」


 女子学生は面白そうに笑みを浮かべると、暁人と鳥羽に長椅子に座るように促した。暁人は素直にちょこんと座るも、鳥羽は少し戸惑っていた。付き添いで来たつもりなので遠慮しているようだ。すると、「鳥羽君も座ろうよ」と暁人が声をかけると、素直に暁人の隣に座った。


「うちは怪奇現象研究とは名ばかりの旅行クラブなんだよ。旅行先には廃墟とか心霊スポットとかがあったりするけどね」


 そう言いながら、女子学生はパソコンを少し操作すると、その画面を二人に見せた。そこには蔦に覆われた建物や、壁が黒ずみ看板が傾いている旅館、人の気配のない集合住宅などが画像があった。


「うわぁ、凄いですね。これは先輩が撮ったんですか?」


 暁人は目をキラキラさせて、それらの画像を眺めた。一方で、鳥羽は目を細めてできるだけ見ないようにしている。


「そう。私は廃墟写真を撮るのが好きなの。それでこの部に入ったんだけどね。あなた、こういうの好きなの?」


 女子学生は暁人のリアクションを見て、彼との距離を詰めてきた。彼女は黒いパンツに黒ジャケットと大人びた雰囲気を感じさせた。ショートの髪も彼女のそうした雰囲気にマッチしていた。はじめこそ、服装に見合った態度であったが、暁人を同族と見なすと年相応の反応になってきた。


「廃墟とかは行ったことないですけど、SNSでこういう写真を撮っている人をフォローしてます。ぼくも一回は行ってみたかったんですよ」


 そうやって暁人と女子学生が盛り上がっているのを鳥羽は落ち着かない面持ちで見ていた。力弥という男子学生を捕まえようと思って来たのに、出鼻をくじかれた形になっていた。そこで唐突に部室のドアが開いて、学生が数名入って来た。


「ただいまー。姫乃(ひめの)ちゃん留守番ありがとー」


「お、お邪魔してます」


 暁人と鳥羽がぺこりとお辞儀をすると、ロングヘアの女子学生は「いらっしゃい! 入部希望? どこまで話聞いた?」など矢継ぎ早に二人に質問を浴びせた。そんな彼女の後ろから二人の男子学生も顔を覗かせている。先ほど会った帽子の男子学生と力弥だ。


 暁人と鳥羽は力弥に気付くと互いに顔を見合わせた。一方の力弥は苦虫を嚙み潰したような顔をした後、部屋を出ようとした。しかし、彼の後ろにいた帽子の学生がバタンとドアを閉めて、力弥を通せんぼしている。帽子の学生は先ほどのこともあり、暁人に味方してくれたようだ。力弥は文字通りの八方塞がりになった。


「ちょうどみんな揃っているし、自己紹介しましょうか」


 ロングヘアの女性がそう言って仕切り始めた。暁人は彼女が部長か何かだろうかと考えた。


「四年生がいませんけど」


 姫乃と呼ばれた女子学生が指摘するが、「二人とも就活とか卒論が忙しいみたいだし、いいんじゃないかな」とロングヘアの女子学生が答えた。そして、その女子学生は部屋の奥の丸椅子に腰掛け、帽子の学生に促された力弥は姫乃の隣に座った。帽子の学生はそのまま立っていた。


 力弥を逃がさないための帽子の学生なりの配慮だったが、この席配置だと鳥羽と力弥が対面になってしまう。暁人と帽子の学生はハラハラしながらその状況を眺めていた。鳥羽と力弥は自己紹介が始まる前から火花を散らしているようだ。


「じゃあ、まずは私からね。私は理工学部三年の鹿森朱音と言います。この部の部長をしています」


 朱音は姫乃と比べると化粧は薄いが、顔立ちが整っていて、暁人は内心綺麗な人だなと思っていた。


「私は文学部英文科二年の長部(おさべ)姫乃です」


 順番的には次は力弥になり、全員の視線が彼に注がれるが、力弥が言い淀んでいる。


「力弥、自己紹介して」


 朱音に急かされると、力弥はため息をしつつ話し始めた。


「理工学部三年の燕谷力弥、です」


 力弥はできるだけ暁人に視線を合わせないように話した。朱音は力弥の態度を訝しがりながらも、気にしないことにした。しかし、鳥羽は力弥の態度が気に入らないのか彼に鋭い視線を送っている。


「ぼくは安道利一(りいち)、経済学部の二年です。本当に部室に来てくれたんだね。ありがとう」


 暁人たちにビラを渡した男子学生は、部屋の中にも関わらずハンチング帽子を取らずに自己紹介をした。利一は柔和で親しみやすい顔立ちをしており、姫乃とは対照的に春らしい明るい配色の服を来ている。暁人と鳥羽はそんな利一に軽く会釈した。


「じゃあ、次はあなたちね。それじゃ、わたしに近い方のあなたからお願いできる?」


 そう言って朱音が暁人の方を見た。暁人は緊張して、思わず席を立ってしまった。すると朱音が「座ったままでいいよ」とフォローした。


「はい。経済学部一年の斗星暁人と言います。今日は見学に伺いました」


 暁人はひとまず力弥に話に来たことは伏せることにした。実際、姫乃の話を聞いて、部の活動内容に興味が出てきたのは事実ではある。


「じゃあ、次は隣のあなた」


「鳥羽、伊織(いおり)です。自分も経済学部です」


 自己紹介が終わると朱音は部の活動内容を説明し始めた。旅行クラブであるということは姫乃の語った通りで、廃墟がある場所に旅行することが多いようだ。ただ、学生の懐事情を鑑みて頻繁に遠出することはできない。それまでは旅行プランを練ったり、近場をハイキングする程度とのことだ。


「あと、これは私と力弥が二人でしていることなんだけど、私たちの街で起きている不可解な現象も調べているの」


 その言葉を聞いて暁人は力弥の変身のことが関係しているのかと思い、力弥の方に視線を向けた。すると、力弥は暁人の反応を予想していたのか、バツの悪そうな顔をした。そうして暁人と目を合わせようとしない力弥の顔に、暁人は思いやりのようなものを感じた。


 それは自分を巻き込みたくない力弥の優しさなのかと暁人は思ったが、それでも暁人は力弥の変身の謎や、彼から漂う悲しみの原因を知りたいという衝動が抑えることができなかった。すると、力弥はスッと立ち上がり、部屋の隅に置いてあったバックパックを拾い上げた。


「え、ちょっと力弥」


 朱音が力弥を呼び止めようとするが、力弥は朱音に軽く視線を向けると「悪い、今日はバイトだったわ」と言って部屋から出ようとした。すると、暁人の隣にいた鳥羽が立ち上がり、力弥の前に立ち塞がった。


「何?」


 力弥は明らかに不機嫌そうに鳥羽に問いかけた。鳥羽は答えず、力弥を睨み返した。状況が分からない朱音と姫乃は茫然としているが、先ほどの一触即発の状況を知っている暁人と利一は冷や汗をかいていた。


「逃げるんすか」


 不意に鳥羽が言葉を返す。


「だから、バイトだって言ってんだろ」


 二人のにらみ合いにいたたまれなくなった暁人が鳥羽の前に出ると、「もういいよ。だから座ろうよ」と言って、鳥羽の手を引っ張って長椅子に座らせた。


「お疲れ」


 力弥は誰とも目を合わせず、ぶっきらぼうにそれだけ言うと部室を出て行った。暁人の落胆した顔を鳥羽は寂しそうに見ていた。利一は喧嘩にならずに安心している一方で、相変わらず朱音と姫乃は状況が飲み込めずにいた。


「えっと、鳥羽伊織君だっけ、力弥と何かあった?」


 朱音が状況を知ろうと、どうにかして言葉を発した。そして、朱音と姫乃が鳥羽の方に視線を向けると、「用があるのは、ぼくなんです」と暁人が遮った。


「力弥に何を聞きたいの?」


 朱音に面と向かってそう問われるも、暁人は答えにくそうにしていた。流石に、力弥が変身して怪物と戦っているという話を力弥の許可なく他人に話す気にはなれなかった。


「あの、それは・・・」


「わたし達には言いにくいことなの?」


「はい、すみません」


 少しの間、朱音は暁人を見つめた後、パンと音を立てて両手を合わせた。


「そう。それなら話さなくていいよ。直接、あいつと話してきなよ」


 そう言って暁人に笑いかけた。暁人はほっとするも、力弥と話をする術がないままなのではないかとも思った。


「でも、話してくれますかね」


「確かに部室で待機していても、今日みたいに逃げられそうだしね。だったら、良いことを教えてあげるよ」


 朱音は得意げにそう言うと、暁人に耳打ちをした。そして、二人でこそこそと話し合っていた。


「分かった?」


 最後に朱音がそう言うと、暁人は「はい!行ってみます」と元気に返事をした。姫乃と利一は朱音の言わんとしていることを察したものの、鳥羽は分からず戸惑っていた。


「大丈夫か?」


 鳥羽が心配そうに暁人に聞くと、暁人は大きく頷いた。


「うん。今度こそ、ぼく一人で何とかしてみるよ」


 暁人の顔からは決意が感じられ、鳥羽は心配しつつも暁人のことを信じることにした。


「はい。じゃあ、この話はおしまい。活動紹介に戻りましょう」


 朱音はそう言って、改めて暁人と鳥羽の顔を交互に見た。すると、暁人がスッと手を挙げた。


「はい。えっと、暁人君だっけ?」


 暁人は下の名前で呼ばれたことで少し驚いたが、「はい」と返事をすると言葉を続けた。


「あの、街で起きている不可解な現象って何ですか?」


「そうね。簡単に言うと、公式で発表されている事故や事件の内容とはかみ合わないことが現場で起きているということかな」


 朱音が顎に手を当てながら答えた。暁人はあの怪物たちのことだろうと察したが、知らないふりをして話を促した。


「えっと、例えば、どんなことですか?」


「例えば、見通しの良い交差点で自動車の玉突き事故が起きたことがあるの。私も近くにいたから知っているのだけど、実は現場近くで道路の陥没があったの」


「玉突き事故で、陥没ですか」


「そう」


 相槌を打ちながら、朱音は暁人の眼をじっと見た、それは何かを試すように。


「玉突き事故で道路の陥没ってつながらないでしょ。でも確かにそんな陥没は事故前にはなかったのに、事故の後には道路の一部が凹んでひびが入っていたの」


 暁人は怪物が現れて、道路が陥没したのだろうと考えた。怪物が現れたとしても他の事故で置き換えられるのも、駅前の出来事と類似している。思わず暁人はごくりとつばを飲み込んだ。


「その原因を調べているんですか」


「まぁね。どう? 手伝ってくれる?」


「面白そうですね! ぼくなんかで良かったらやってみたいです」


 力弥のことを抜きにしても、ミステリーかつホラー的な雰囲気が漂うこの王道なシチュエーションは暁人にとっては興味をそそられるものであった。原因が例の怪物だとしても、その怪物がどこから来て、何故人々の記憶が消えるのかは調べがいがあると感じた。


「良かった。じゃあ、なおのこと力弥と仲良くなってくれると助かるな」


 そう言って朱音は笑い返すと、暁人は「はい」と元気に返した。この分なら暁人は入部するだろうとその場の誰しもが感じると、自然と視線は隣にいる鳥羽に向いた。


「それで、あなたはどうする?」


 元々暁人の付き添いで来た鳥羽はどう答えたものか迷っていた。このクラブが名前の通りの怪奇現象を研究するだけであれば、その手のものが苦手な鳥羽は入部などするつもりはなかったが、旅行クラブとなれば話は別だった。廃墟に興味はないが、暁人と旅行に行ったら楽しそうだとは考えていた。


「でも、い、伊織君は剣道部に入るんだよね」


 暁人は鳥羽の下の名前で呼ぶことに一瞬躊躇したが、親しみを込めて下の名前で声をかけた。伊織は少し動揺しつつ、こくんと頷いた。


「まぁ、うちとしては兼部してもらってもいいんだけど。剣道部的にはどうなの?」


 伊織は昼間の剣道部での説明を思い出すと、練習に支障がなければ兼部しても大丈夫だというのを思い出した。


「大丈夫っす」


「え、じゃあ、伊織君も入ってくれるの、良かったー。一年生がぼくだけだったら心細かったし」


 そう言って暁人は伊織の顔を見上げて笑った。


「まぁ、一年生が君らだけと決まったわけじゃないけどね」


 利一が片手で帽子を押さえながらそう言ってフォローするが、今日一日の勧誘でほとんど手応えがなかった上級生たちは今年はこの二人だけだろうと感じていた。その後も雑談を交えながらもクラブの紹介をしていると、外はすっかり暗くなり、帰宅することにした。


 全員が電車で通学しているため、一緒に駅まで向かった。そして、暁人と朱音と姫乃はH子方面の電車に乗り、伊織と利一はY浜方面の電車に乗っていった。車内での会話で暁人と朱音の降車駅が同じであることが分かった。


「あら、もしかして高校一緒だったりする?」


「いえ、ぼくは山梨出身なので、高校も山梨です」


「そっか、でも、私が調査しているのはH本駅周辺だから、近所なら都合がいいよね」


 そう言うとちょうど電車はそのH本駅に到着した。姫乃はこの先のH子の方まで乗っていくので、ここで姫乃と別れた。暁人と朱音は「お疲れ様」と言って姫乃を見送った後、改札階へ向かった。朱音はここから先は自転車で駐輪場は南口にある。一方、暁人の下宿は北口であり、二人は改札前で別れることにした。


「それじゃあね。明日も外で勧誘しているけど、来週からはお昼休みと活動日の放課後はわたしがいるから、いつでも遊びに来てね」


「はい。今日はありがとうございました」


 そう言って暁人がお辞儀をすると、朱音は軽く手を振って南口出口に向かった。暁人はそんな朱音を見送ると、足取り軽く下宿に向かった。そこには明日からの大学生活に対する暁人の期待の高さが感じられた。


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