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EP95 バラッド・オペラ




【アラン・レスタード】




 デイジー(ねえ)の出産も問題なく済み元気な女の子エレンが誕生した。

 デイジー(ねえ)が心配で、ボクたちカイルを除いた3兄弟がデイジーの家に集合し、出産まで暇を持て余したチャーリー兄さんがマリネラ諸島産の超高級砂糖でキャンディーを作った。


 キャンディーは、透明な薄緑色で形はのっぺりとして歪だったが、割って食べると超美味だった。


 満足げなチャーリー兄さんは、生れて来た子の名を『キャンディ』にしようと提案したけど、デイジー(ねえ)たち夫婦から素気無く「却下」されてしまって、かなりガッカリしてた。


 チャーリー兄さんは甘いモノを食べると、ちょっぴりテンションが高くなり、思い付きで話す度合いが増えてしまう。


 出産を産卵と呼んでデイジー(ねえ)にまた酷く叱られていた。






 ボクたち3人は口に出さないけど、デイジー(ねえ)がエルザ姉さんみたいに産褥死してしまわないか心配で、出産後2ケ月くらいは交代でフォーリー男爵夫婦の家へと通っていた。


 すると2ケ月過ぎた頃にデイジー(ねえ)から「鬱陶しいから来るな!」って言われてしまったよ。


 「持てなして食事を用意するメイドやコックの手間を考えなさいよ。非常識なんだから兄さん達とアランはっ!」


 つうて、デイジー(ねえ)は大きな目を更に見開いて、パールグレーの瞳に怒りの炎を灯し、小さなエレンを抱きかかえてボク達へ「帰れ」と命令した。


 弟の心、姉知らず。

 とは、まさにこの事だよな。



 自称天才劇作家のレイくん、実の名はレイモンド・ラム先輩へボクがそう話すと、「そんな言葉は無い。」って言われちまった。


 レイくんは、スランプに陥り芸術の都グロリアやフロラル王国を巡って来たのは良かったが、脚本兼演出家としてローズ座付きと成っていたのに何時まで経っても戻って来ない、って理由をつけられ首に成っていた。


 今は、感傷喜劇系な新たな真の天才ゲイって人が、演出も脚本も熟して居る。


 帰国して首に成った事を知り、無職に成ったレイくんは「暇だから。」ってオレの寝ぐらに転がり込んで来た。

 ヤル事が無いなら、放置しているスタンダード・カレッジを卒業して来いよ、って思わなくもない。


 そんな所へクランベル伯爵の使いでヒューイって人からレイくんへ脚本のオファーが来た。

 アベイ・ガーデンに或るロイヤル・シアターで興行するオペラを一本作って欲しいとの事だった。

 ボクはデイジー姉の所で出産を待つ間、チャーリー兄さんから此の話を聴いていたのでレイくんの近くでヒューイ氏の説明を大人しく聴いていた。


 

 ボクやレイくんの元勤めていたローズ座を含めサザン区にあった3つの劇場は、議会が出した風紀法つう意味不明な法案の所為で、観客に受けていたバラッド・オペラを転換させようとしていた時期でも在った。


 公序良俗に反しないモラル或る帝国民であらねば成らないそうだよ。

 まっ、要は或る事ない事で王族や議員・国教会を誹謗中傷するなってコトなんだよね。



 バラッド・オペラってのは、珍しくブレイスで作られたオペラのジャンルなのだけどなあ。



 此のサザン区では、グロリア諸国で演じられている本場ロマン語での重厚なオペラでは無く、風刺の効いたブレイス語での軽妙なオペラが、アルバート一世の頃から流行っていたそうだ。


 オーニアス=神聖ロマン帝国やフロラル王国が聞いたら、「オペラの本場は我々だ!」とか言って、口から泡を飛ばしてクレームを入れて来そうだけど。



 亡くなったアイスエッジ伯爵が、自分達を風刺した作品に腹を立てて脚本家のジョン氏を追い落として、その上で各劇場オーナーにジョン氏の脚本を使わせないよう圧力を掛けたりして、議員達を題材としたバラッド・オペラを劇場側が自ら自己規制するようにさせた。


 圧力を掛けて来た理由は、帝国の安全を脅かしたとかだったかな。

 ローズ座のオーナーの話によると。




 それから20年、アイスエッジ元首相も権力の座から追い落とされて、好きモノのアルバート4世が皇太子時代に、アベイ・ガーデンでクローム将軍時代から放置されていた劇場を豪華な3階建てでリニューアルした。



 そして、本場グロリア諸国のオペラやオーニアス=神聖ロマン帝国やフロラル王国のオペラ、バレエ、音楽会を催すロイヤル・シアターにしたのだ。


 どうもブレイス帝国は、旧教のロマン教皇と喧嘩しているから芸術に関しては、コンプレックスが或るんだよな。

 絵画にしても音楽にしても、あらゆる芸術や技術はロマン教皇たちの権力で庇護され育っているから、海で隔てられたブレイス帝国に入って来るのが遅れてしまうらしいよ。


 でも、ヨーアン諸国で話題の芸術品は買い漁って来るし、芸術家や職人は金貨で頬を叩いてブレイスへ招聘して来てるから、首都ロドニアは言うに及ばず地方でも美術品や建築物が溢れてるから気にし過ぎだ、と思うのだけどね。

 だからコンプレックスって言うのかもだけど。



 旧教芸術へのコンプレックスは兎も角も、そろそろ皮肉が聞いた庶民の為のバラッド・オペラを演目に加えても良いよねってサザン区の興行主たちも考えて、ローズ座では立見席は1シリング、天井桟敷は半シリングで公演させていたんだけど、昨年のトール党政府の法改正で風刺を抑えた演目に変わって行った。


 その前にリバティ党のクレム・ベルフ元首相がバガリー法強化で規制して、違反者へ死刑などの重罰を科したから、劇場主たちはアイスエッジ厄災再びと戦々恐々と成っていた所にコレだ。


 そんな折、スランプに陥ったレイくんはインナーシーを囲む嘗ての古代ロマン帝国の都が在った南グロリアへと旅立って行ったのだった。

 現在は、旧教の総本山で豊かなロマン教皇領でも或る。




 ローズ座は、新たな劇作家であるゲイが、政治を絡ませない庶民的な道徳(モラル)を謳うコミック・オペラ、と言うジャンルで好評を博していた。


 役柄は上流階級の人は出て来ず、アッパーミドルクラスに居る牧師や内科医、法廷弁護士、陸海軍士官やロウアーミドルクラスに属する商工ブルジョワや商人・職人、事務弁護士、外科医や農家など庶民と労働階級の人々が出演する出し物が興行されていた。


 茶化しても大丈夫なクラス(階級)って所なんだろうね。


 レイくんは特定の議員を批判しないけど、上流階級の人々たちの派手な日常ぶりを風刺するシナリオや演出が得意だったから、興行主としても身の安全と商売の為、新たな劇作家ゲイへ軸足を移したのだと思う。



 てな訳なので、風刺たっぷりなバラッド・オペラを書いていたレイくんは、旅立っていなくてもローズ座を首に成っていたかも知れない。

 案外と「インナー・シー周辺国へ遊学して来る。」って言ったレイくんの休業宣言て、ローズ座の興行主は渡りに船だったのかもね。



 「やっぱり俺も劇場の経営に関わって無いと駄目だよなー。アラン。」

 「でも勝手に劇場を造れないだろうし、興行主に成るには許可も必要だしさ。レイくんには無理だろ?資金的にもコネ的にも。」


 「資金は、未だ無理だけどコネは在るよ。」

 「マジか。流石はレイくんだな。」


 「いやいや。コネはアランだよ。だって兄上はあのチャールズ・レスタード伯爵だろ?それに姉上はコーデリア殿下付きの侍女だろ?此れ以上、強力なコネカードは無いぜ?」


 「はあ?チャーリー兄さんの噂話を、レイくんは何処まで本気にしているのかは知らないけど、無理だからね。チャーリー兄さんもデイジー姉も役職使って小金は稼ぐかもだが、陛下や殿下の権力を利用しようとか間違っても考えない人達だからな。ボクもレイくんの為に2人へ頭を下げるのなんてヤダし。そんな事の為にチャーリー兄さんやデイジー姉から呆れた目で見られたくねーもん。」


 「やっぱりアランじゃ駄目か―。」


 「悪いね、レイくん。まあ、新たなシナリオを書いてランダルやフロラルにでも持って行きなよ。それか一層の事、ノルディックとかね。」





 脚本は、5ポンド~15ポンド前後で劇場へ売ってしまうので、新たに書かないと商品を持たない行商人と同じで、脚本家レイくんに価値が無い。

 5日以上公演が続くと追加報酬を貰えて、レイくんの最高は、17日連続公演だったと話していた。


 公演を続ける続けないのを決めるのは、観客では無く興行主へ資金を出してる人達なのが、この業界の世知辛さだったりする。



 この頃は、貸本屋も原稿を随時募集してるから、劇作家たちが新たな小説ってジャンルへ移って居たりもしていて、本来なら劇作家の人数が減り売り手市場の筈なのだが、若き天才と呼ばれていたらしいレイくんよりも、若い本当の天才ゲイが現れているので、自称天才のレイくんは難しい立場だったりしていた。


 そんな事もあって、レイくんはスランプになったりしちゃったのだけども。



 それにブレイスでは、個人が勝手に本を印刷も出来ないしね。


 チャーリー兄さんの話だと、ヨーアン諸国は何処も国の認可が無いと印刷物は発行が出来ないらしいのだけど、ランダル王国やフロラル王国は開明的な貴族が、才能の或る人たちを後援して書籍出版を手助けして居るらしい。


 書籍の印刷出版はロドニアでしか出来ないし、それが出来るのはロドニア書籍出版組合に所属している出版業者だけと言う堅苦しさなのだ。


 如何いう訳か、サザン区の劇場主たちも書籍出版の組合員だったりしている。




 初めは、地方都市の保養地や温泉で発展した印刷屋兼貸本屋なのに、ロドニアでしか本の出版が出来なくなっていた。

 なので、偶に出版の権利で揉めて裁判に成ったりしている。

 ほぼロドニア書籍出版組合が勝ってしまうけどね。





 政府も風紀法なんて面倒な事を決めるよな、と思っていてオレはハタ気付いた。

 チャーリー兄さんって与党で或るトール党の議員じゃん。

 政府に入って居ないってチャーリー兄さんは話してたけど、理不尽な事を嫌う人だからこんな面倒な法案は反対して呉れているとボクは考えてた。


 あに図らんや。

 チャーリー兄さんは新聞・パンフレットの法改正や風紀法に賛成だという。


 元々、歌劇とか興味ない人だから、こっち(演劇会)にまで及んだ法改正のコトまで分かって無いのかもなあ。

 なんつって考えていたら、チャーリー兄さんも書かれる側だったよ。



 



 議員たちの放蕩な私生活や、コーデリア殿下が母親のノイザン公爵夫人の恋人ギボンズと出来ているっつう、碌でも無い記事を書いたイーサン・デーマみたいな奴を出さない様にする為、ってコトなのだろうけど、対象とする範囲が広いよね。




 そんなこんなで、レイくんと新たに雇って呉れそうな他国の劇場を探して居た時、クランベル伯爵から此の話が来たのだった。



 書いて欲しい話は、婚姻を周囲に反対された二人が苦難を乗り越えてハッピーエンドで結ばれるってモノにして欲しいらしい。

 ジャンルは、登場人物たちは上流階級なので、レイくん得意のバラッド・オペラで良いそうだ。

 

 但し、主役のヒロインと相手役の男性は皮肉ったり風刺の対象にしては駄目だと言う。

 そりゃあコーデリア殿下とフランシス殿下だものなあ。


 バラッド・オペラの恋物語って、意外と難しそうな気がするけどね。




 でもって、アベイ・ガーデンのロイヤル・シアターでの公演だと聴いて、レイくんはスゲー張り切り出したよ。





 チャーリー兄さんから聞かされていたけど、クランベル伯爵はボクやレイくんのコトをよく知っていた。

 レイくんが男色家だと言うコトまで知られているし。


 だからなのか「ボクとレイくんが恋人関係だ」と言う有り得ない話をクランベル伯爵伝手で知った、とチャーリー兄さんから聞いて呆気に取られてしまったけど。

 ボクは誤解だと心配しているチャーリー兄さんに説明して理解して貰ったが、全く良い迷惑である。


 女装は趣味だけど男色ではないと、兄に説明する弟の悲しみをボクはレイくんへ愚痴りまくった。


 でもクランベル伯爵は、チャーリー兄さんへボクが女優アリスとして演じていたコトは、内緒にしてくれていた。

 実際の所、チャーリー兄さんにボクの女装はバレているので、女優アリスのコトは話されても良い気もするのだけど。


 どっちかと言うとクランベル伯爵から弟が男色であるって聞かせれた方が、チャーリー兄さんのショックが大きかったのでは無いだろうか。

 だってチャーリー兄さんは、その手の噂で日頃煩わされていたからね。




 まあ、クランベル伯爵の仕事を引き受ける条件が、オレの女優業を秘密にするってモノだったので、約束は守られた、、、のかなあ?





 オレは、クランベル伯爵に弱みを握られつつ化粧師として雇われ、命じられた貴婦人方の邸宅へお邪魔している。

 其処で化粧しつつ交わした世間話をクランベル伯爵へ報告するというモノ。

 オレ的には、嫌な仕事だなと思うのだが、チャーリー兄さんの手助けに成るとクランベル伯爵から説得されて、この仕事を引き受けてしまった。


 本音は、面白そうだと感じたからなのだけどね。

 オレって結構ゲスい性格なのだった。





 今は、レンフィール外務卿の奥方であるエマ公爵夫人の所へ、呼ばれたら出掛けて行っている。

 クランベル伯爵の友人レンフィール外務卿の奥方だ。

 友人の妻を探るって、クランベル伯爵は何を遣っているのだか。



 エマ公爵夫人は、夫で或るダスティン・レンフィール公爵を愛しているのだが、子供を儲ける事が出来ないコトを悩まれていた切ない女性だった。


 ボクは女装してアリス・ラムとしてエマ公爵夫人の外出時用のメイクを担当しているけど、薄々ボクが男である事に気付いてる様子だけど、彼女は素知らぬ振りをして呉れていた。

 素知らぬふりをして呉れる理由を、ボクはエマ公爵夫人に尋ねたかったが、藪蛇になりそうなので珍しく自制した。




 クランベル伯爵がウエストカタリナ宮殿の女官長グレース公爵夫人経由で、オレをエマ公爵夫人の元へ紹介した理由は、彼女の知人、友人たちと会話する内容を知る為だった。


 彼女が、才能ある思想・哲学者や芸術家を支援しているは、クランベル伯爵が懸念しているような国王大権を縮小させるコミュニティを形成する為で無くて、子供の代わりに新たなモノの芽吹きを育てているだけ、ってボクは思えるのだけどね。

 強いて言えばエマ夫人は女性にも、もっと自由に発言出来るパブリックな場が欲しいと、活動されているコトかな。



 ボクとしたら、チャーリー兄さんが貴族などに叙されてなければ、サロンで集まっている知識人たちの主義や主張は納得出来てしまうモノばかり。

 納得するだけだけどさ。



 サロンに集まって来て居る学者や聖職者たちの育ちは、ミドルクラスでも裕福な人ばかりで強いて現状を憂わなくても良い筈では?とエマ公爵夫人の外出先へ化粧直しで付いて行っているボクは思ったりもした。


 まあ人の気持ちの奥に或るモノなんてボクは分からないが。




 そしてクランベル伯爵がエマ公爵夫人を懸念しているは、哲学者で詩人のオルテールの熱心なファン(支持者)であるから。


 旧教国フロラル王国で、ロマン教皇や旧教の聖職者の腐敗を追及し、新教徒の冤罪を晴らしたオルテールは、他の新教国や国教会の国であるブレイス帝国でも熱烈な支持者を集めていて、エマ公爵夫人も其の支持者の1人では有ったりしている。

 

 ロマン教皇側と延々と喧嘩をしているブレイス帝国では、オルテールの言動は賞賛されるべきなのだが、クランベル伯爵はオルテールに強く共感する人達へ懸念を示していた。



 「今は、オルテールもロマン教皇と言う強固な権威と戦っている自由騎士のような話が前面に出ているが、彼が有名に成ったのはフロラル国王や政治の汚職を批判した詩を幾度も、世に出していたからだ。それにポルテ16世の愛妾の1人であったボロネーゼ夫人も協力して5~6年前に編纂した百科全書の学者の1人でも或る。彼が著したモノを読むと、オルテールは共和政を強く望んでいるのだからね。」



 オルテールにもエマ公爵夫人にも批判的な口調で、クランベル伯爵はボクへと秩序の破壊が齎すモノについて語っていた。


 エマ公爵夫人の考えは兎も角、ボクとしては世の中が混乱せず、家族や親しい人達と日々を過ごせるってコトってのがマストだしね。

 程々に安定した世でないと女装して生きていくのも難しそうだしなあ。



 父さんが亡くなってから、母さんの引き起こしていた我がレスタード家の混乱ぶりを思い出して、ボクは心底そう思った。


 父さんが亡くなった時に8歳だったオレは、ヒステリックに喚いてチャーリー兄さんへと当たり散らす母さんの変貌を恐怖心を持って隠れて見ていた。

 プレイベート・スクールへ入り、母さんから離れる事が出来た時、ボクは正直ホッとしたモノだ。


 母さんが華龍帝国へと旅立ってから続く、此の安らかなレスタード家の日々を、ボクは大切に守っていきたい。




 ボクは世の中の大変なコトはクランベル伯爵に任せて、一先ずは仕事を失っていたレイくんが、「大変そうだが素敵な仕事が得られた」と喜ぶ姿を見れたので「良かった」という思う事にして置いた。


 

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