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EP94 外務卿ダスティン・レンフィール公爵




【クランベル伯爵】



 

 私がダズと呼んでいる外務卿のダスティン・レンフィール公爵が、ノルディック王国とノーヴァ公国へと廻り、先頃帰国し陛下に挨拶を終えた後、私の元へ訪ねて来た。

 婚姻の為の調整とブレイス側の利の幅を広げる為の交渉でも或る。

 そして、此の所ノルディック王国へ良く訪れていると言うエーデン王国とデーン王国との外交状況を知るためでもあった。


 大昔はバイキングとして此のブレイス島へも攻めて来ていた北方のノルン語圏の国々だ。

 ロイセン王国やルドア帝国とも海を挟んで隣接している難しい地理的状況の国々だ。

 エーデンは国として傭兵稼業をしていて、フロラル王国にも兵をレンタルで貸し出していた。


 余りブレイスとエーデン王国と仲は良くないのだが、可成り昔は王女を嫁に出したりして幾度となく婚姻同盟を結んでいた。

 しかし、北カラメルにあったエーデンの植民地を奪って以来、ブレイス王国との同盟は破棄された侭である。



 実際ヨーアン大陸で同盟を結んでいるのは、辛うじてロイセン王国くらいなのが目下の悩みでは或るのだが、下手に同盟を結ぶと動き辛くなる事を懸念する者が多い。

 最終的には、武力で決着を付ければ良いと思う自称騎士たちばかりなのだ。


 私が元首相だったアイスエッジ伯爵を尊敬しているのは、戦費節約の為に外交に力を入れ、極力戦争を回避していたからだった。

 戦争をしようと議会で盛り上がるのに、戦費を賄う為の徴税や増税には反対するという理解不能な言動に、私は呆れるばかりなのだがね。



 ウエスカタリナ宮殿に或る私の執務室で、顎鬚を剃ってサッパリした様子のダズは、私の前に座り寛いで脚を組み、ゆったりとしていた。


 「髭を剃ってウィッグを被るとダズも貴族に見えるな。心境の変化か?」


 「此れでも私は公爵家の当主なのでね。スティーブと同じで状況は読むのさ。今回は外務卿と言う上級役職を陛下から任じられたから、それなりの恰好をさせて貰ったのだよ。此の役職は、スティーブの後押しだろう?」


 「まあ、そうだが。でもダズには前から頼みたいと思っていたのだよ。若い頃から様々な所に顔を出しているから、ヨーアン諸国にも親しい方々が多いだろう?それに今から外務省の役人と既知を得て於けば、コーデリア殿下が王位を継承した後、若い未来の陛下の役に立つだろう?」


 「成程。しかし、なら余計に若いチャールズを私に就けて置いた方が、良かったのではないか?ローゼブル宮殿の奥深くに隠しているから、影の支配者等とチャールズに似合わぬ悪評を立てられるのだろう。それにチャールズへは、多くを経験させていた方が、コーデリア殿下の為に成るぞ。」


 「まあ、私にも色々と考えが或るのだよ、ダズ。」



 私に答えに、ダズは奥二重のアーバンアイズの目を鋭く凝らして、此方の心を見透かそうとしていた。


 私の愛しいチャーリーを汚れたカタベル大主教の目から隠すには、ローゼブル宮殿が好都合だった。

 カタベル大主教が手を出そうにも、アルバート5世陛下とコーデリア殿下が意識せずとも、壁に成って呉れている。


 まあ、それに見合う働きを私はアルバート5世陛下やコーデリア殿下に返して居る心算だが。


 第一、チャーリーと物理的な距離を此れ以上取るのは、私が耐えられない。

 この頃やっとチャーリー自ら、私の存在を自然に求めてくれるように成ったのだ。

 そんな時に、他人へチャーリーを預ける様な真似など私に出来る筈も無い。



 「まあ、いい。そう言えばスティーブ、クランベル家のインテリジェンサー(私的な諜報者)を何人か貸して呉れないか?レンフィール家で雇っている8名では足りなくてね。下手なのを雇うと得た情報を売ったり、自分で商売を始めたりしかねないからな。」


 「我が家も余っている訳では無いのだが。何か面倒事か?ダズ。」


 「面倒事と言うか。以前ならフロラル王国の情報は比較的、入手し易かったのだよ。ラ・クロンブリオント宮殿にはポルテ16世の愛人達を囲っている娼館も在ったし、高等法院の奴等は口が軽いから、外務卿や財務卿の言動は、苦も無く拾えていたのだが、ポルテ17世が高等法院を廃止しただろう。それに娼館も閉鎖したから、表からだけの情報だと予測が立て辛くて動き難いのだよ。」



 「ふむ。此方に入って来た報告だと失職して立場を無くした王都パルの法官たち約1600名が、地方5カ所に或る他の法院へも働きかけて、高等法院の復活を求めて城塞都市の連中を煽っているそうだよ。王都のパルでも反乱を画策した様なのだが、高等法院から酷い目に遭っていた市民たちは、冷たい対応だったと書かれていたよ。まあ、フロラルへなら2人程キースに都合させよう。」


 「助かるよ、スティーブ。領地とロドニアにノルディック王国へインテリジェンサーを出しているから人が足りなくなっていてね。今は、パブリック・インテリジェンサーに頼ってるから、情報が遅いのだよ。」


 「ふふっ、いつの間にか郵便局が、船や馬車で手紙を配達する序に海外の情報を拾って、出版業者や議員達に販売するように成ったからね。チャーリーが私欲に耽らない様にルールを作っていたのに、矢張り人間は何らかの稼ぎ先を作り出してしまうモノなのだね。」


 「情報料が108ポンドだからな。何箇所かへ販売するからソコソコ稼げるだろ。でも、ヨーアン諸国の情報が欲しかった連中には、有難い商売だよ。外交官からの情報だけではロドニアに居ると他の場所での出来事や話が分からないからな。特に争いが勃発しそうな話し等は、各王都の駅舎へ届ける奴等の情報が有難いよ。」


 「そうだな。」



 初めは、手紙を運ぶのは郵便船が行く港までだったのだが、チャーリーがどうせなら王都の外交官へも文書を運ぶのだから、許可を得た国の王都や帝都に或る駅舎まで届けさそうと決めたのだ。

 チャーリーとすれば、他国で私企業の乱立と揉め事を増やしたくなかっただけのようだが、商売を考え出す連中は、抜け穴を見付けて永続的に稼ぐ手段を考え出すものだ。


 特に、王立で公権力の或る郵便局ならば、一種の独占状態に成る。


 どの道、郵送事業者に認可を与えているだけの王立郵便局では、郵便馬車の御者たちがパブリック・インテリジェンサーに為り、情報売買の商売が出来てしまっていただろう。

 護衛達とチームで動くから余計に仕事がし易い。

 まあ、舗装された指定ルートを走っていても、郵便を守るためにポストマンが命懸けで或るのは変わらないが。


 そして、ブレイス帝国で禁止されている他国の新聞やパンフレット・書籍も密かに販売されてしまうのは、仕方のない事だろう。



 違法行為を促進した、と嘆いていたチャーリーを私は優しく抱き締め、慰めて遣ったのだ。


 私の前でだけ弱音を吐くチャーリーは、いと、をかし。




 「しかし、早いモノだな。あの人騒がせな母親と居たちっこい王女様が婚約なさるとは。そういやスティーブの息子もコーデリア殿下と同じ位か。」


 「ああ、スティーブンは今年19歳に成ったな。相変わらず無表情で全く社交をしないのだよ、ダズ。本当に困ったモノだよ。」


 「はっはっ、それはスティーブ、お前に似たのだな。スティーブも若い頃は、表情を殆ど変えずに必要最小限の付き合いしかしなかっただろ?いつの間にか愛想の良い紳士に変わっていたがな。」


 「ん?そんなハズは無いつもりだが。私も愛想の良い方だとは思わないが、あの年頃には、それなりに社交は熟して来たつもりだぞ?ダズ。」


 「フフン。まっ、人は自分を見るのは難しいモノだからな。でもスティーブは息子が居てくれて良かったな。私の所は、流石にもう難しいから、年末に父の弟の家系へレンフィール公爵家の継承を申し渡して来たよ。」


 「そうか、ダズも男兄弟は居なかったな。しかし、元気で活躍しているエマ夫人の勇名は聴こえて来ているよ。エッセイ・レターを書く麗しの才女らしいね。とても夫で或るダズの支持政党が、保守系のトール党に思えないらしいって話だが。」



 「まあエマは、思想家オルテールの大ファンだからな。其れにまあ、人間の理性に幻想を持っているエマの話を聴くのは私も楽しいモノでね。」


 「そのようなモノは存在しないと知っていて、エマ夫人が啓蒙思想の知識人たちとサロンを開くのを許容しているのだから、ダズも人が悪い。尤もダズも初代ギルバートに恩を感じているから、国教徒で或る事を党是としているトール党に身を置いているのが、私には信じられないのだがね。」


 「まあ、20年代の東海バブル破綻の時に、首相だったアイスエッジから疑惑を持たれていた我が家を庇って下さったのは、アルバート3世陛下だったモノでね。それ以来レンフィール家では、王党派に成ったのだよ。追放された貴族議員22家の疑惑は、作られたモノだったと言う話も納得出来るしね。あれ以来思想は兎も角も政党としてのリバティ党は、関わるに値しないと判断しているのだよ。」


 「ふふっ、実質はもっと多くの者達がギルバート家支援に関わっているのだが、故アイスエッジ議員が捏造した手紙のような計画は、全く企まれて居なかったからね。コーデリア殿下が即位されたら、追放された方々も帰国を許され爵位を戻されるだろう。」



 「寛容の女王陛下に成られるわけだ。コーデリア殿下は。」


 「と、言ってもクローバーの者達がアルバート5世陛下暗殺を狙ったのは確かで或るから、旧教への寛容令は出せないとコーデリア殿下は申されていた。ハッキリとした証拠が掴めたら良かったのだが、火薬の出所を辿って居るとランダル王国に行きついた。」



「海上ルートの奪い合いか?スティーブ。」


「アルバート5世陛下がノルディックの独立を認めただろ?ブレイス帝国が旧教徒寄りに舵を切るとでも考えて進言した奴が居るのだろう。聖ロマン教皇庁から聖職者達がノルディック王国へ度々訪れているのが気に成ったのだろうね。全くロマン教皇も余計な事をして呉れるモノだ。」


「んー、新教国であるランダル王国は、複雑だろうな。国の南東部は巨大な旧教国フロラルとエスニア帝国、それに東はオーニアス=神聖ロマンと言う旧教国であるし。同じ新教国である北のロイセンとは仲が悪いし、西に或るブレイスは同じ新教徒国とは認めて無いしな。」


「国の方針がブレイスと同じだからな。ランダルも我が国と同じように狭い国土で金銀を増やす為、他国へ版図を広げているから衝突が起きる。フロラルやエスニアならブレイス島へ侵攻して来る事も在るが、ランダルの様な狭い小国で其れをするのは、自殺行為だからな。アーリア方面に或る東の島国では、ブレイス東イラド商船がランダルの罠に落ちて、其処での交易を禁止されてしまったからね。まあ、良からぬ知恵を使って防衛するのはランダル流だから。」



 「もしかして、それで昨年ランダルの資本家を狙い撃ちにするような王立ブレイス帝国銀行出資規制法を法案化したのか。外資からの融資限度額は1000ポンド未満である事。また現役員やブレイス臣民の代買を禁ズって在ったが。スティーブ。」


 

 「まあ念の為にね。オーニアス=神聖ロマン継承戦以降ランダルからの投資額が、目に見えて増えて来たのも気に成っていたから、一割まで株を持たれたくなかったのだよ。それに事件の証拠を得たとしても交渉は平行線に成るだろうし、現在の国債額ではランダルと戦争など起こせないしね。」


 「しかし、ランダルだけでなくブレイスも不況にするのは遣り過ぎの気がするぞ、スティーブ。」


 「でも交渉する前は、相手を弱らせておくのが鉄則だろ?ダズ。私としては、議員達へ資金を融資する代わりに、お願いを聴いて貰うだけだから。ふふ、私では無かったね。財務卿が、だった。」


 

 「はあ、厭だ厭だ。こんな極悪人のスティーブに見込まれたチャールズが可哀想だよ。」

 「それは見解の相違だね、ダズ。」




 愛しいチャーリーは私の腕の中で幸せそうな表情で眠っているのだから。


 コーデリア殿下とフランシス殿下との婚姻へ反対活動を起して居るカタベル大主教の資金援助者にランダルの金融屋の投機筋とガロア系の投機屋の名を見付けていたので、一先ず彼等の財布の紐を締めて於くことにした。


 東イラド会社のように、株を持つ者たちが2割を超えて海外資本に成っている状況は、ブレイス帝国にとっても望ましくない。



 ロドニアで活動しているブレイス帝国銀行周辺の地域から今の所国教徒以外の金融機関を排除していくのが狙いだ。


 だからチャーリーの好きなオルハン=トルゴン帝国を見習ってみた。

 信仰を頭に据える此の手法は確かに使い勝手が良い。

 先代の皇帝に仕えていた者達は有能だったのだろう。


 いずれオルハン=トルゴン帝国の葎法(トーマ)は、ブレイスを含めたヨーアン諸国から骨抜きにされてしまうだろうが、自国の支配権を他国から脅かされぬよう、良き法は学んで於きたいモノである、

 

 私がそう感心している葎法を持っているのに、オルハン=トルゴン帝国は異教徒宥和施策で、ヨーアン諸国に或る書物や芸術を国内へと取り入れている。

 オルハン=トルゴン帝国は、ただでさえ多様な信仰や民族がいる緩い統治制度だと言うのに、啓蒙思想などを取り入れると力の或る自治国の抑えが効かなく予感がした。


 私は、意外にかの大帝国が崩れる日が近いかも知れないと思った。



 早速、私はシュレン地方争奪戦争前にオルハン=トルゴン帝国へ行き、傭兵として共にオーニアス=神聖ロマン帝国軍と戦って来たダズに、オルハン=トルゴン帝国の宮殿内や国内の情報を訊ね始めた。


 ダズは不快そうに(まなじり)を上げ、答えたくない素振りをしていたが、奥二重の底で光ったウルフ・アイズを私は見止めた為、勿体ぶらずに話すようにダズへ冷たく命じた。


 愛らしさの欠片もない同じ年のダズの「如何しようかなぁー。」と言うセリフに、私は思わず呆れを含ませた蔑みの視線を送ってしまった。


 いい歳をした男の(てら)いなど醜悪なだけだ。







 ああ、美しいチャーリーの姿を、今直ぐ此の目に映して私の視界を清めたい。



 

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