EP93 シュガーペースト
俺が、一方的に封印措置を施した筈のカタベル大主教の野郎は、いつまで経っても俺の人生からフェイドアウトしやがらない。
まあ、国教会の大主教に成った時点で、幾ら俺が必死で記憶の封印措置をしようとも、何度でも奴の存在は、蘇ってしまうのだろうけども。
一応、国教会の頂点に居るのがアルバート5世陛下なので、カタベル大主教は公の場での反対声明とかは出して無いけども、主教会議の場でコーデリア殿下がノルディック王国の王子との婚約した事に、懸念を示す発言をしていやがるらしい。
婚約式を終えた翌日、クランベル伯爵とコーデリア殿下と俺が陛下から呼ばれて、ウエストカタリナ宮殿の寝室で横に成られている所へ訪ねて行った。
コーデリア殿下は、陛下に改めて婚約が成った事の礼を述べて、カタベル大主教の件について相談した。
するとアルバート5世陛下は、イザと成ったらカタベル大主教が逆らえない隠し玉を持っているので、心配しない様にとコーデリア殿下を励まされていた。
何か思案している風だったクランベル伯爵も陛下の言葉に同意して、綺麗な笑みを作ってコーデリア殿下へ向けていた。
俺はマジで二度とカタベル大主教に関わりたくねぇーな。
前回、カタベル大主教と一緒に仕事をさせられそうだったけど、寸前の所で、陛下からコーデリア殿下付きを命じられたので何とか回避が出来てホッとしていた。
カタベル大主教から命令口調で話されると、俺の身体は強張って拒否出来なくなるんだよな。
精神的に必死でレジストしているのだけども。
それもこれも13歳だったピュアボーイな俺に、エロいおっさんが欲望の赴くまま極悪非道な真似をしやがった所為だ。
ホント恨みを晴らす為とかでも、カタベル大主教には一切近付きたくないでござる。
マジで俺の視界に入れたくない。
俺にとって最大限の禁忌だから、あの18禁のオッサンは。
そんな事も在って、コーデリア殿下付きの名目侍従長である俺は、主にローゼブル宮殿で表に出る事のない内勤なんだよね。
あくまでも、表向きには。
クランベル伯爵と陛下に「俺ってカタベル大主教って苦手なんすよね。」って言ったら、こんな嬉しい現状に成っていた。
もしかして、此れが影の支配者と言うモノなのか。
の割りには、陛下やクランベル伯爵のパシリを遣らされているような気がしないでもない。
まあ、俺と並んで宮廷なんかに行くと、コーデリア殿下が悪目立ちするから、存在を隠しているだけなんだけども。
でもガゼット(官報)で侍従長チャールズ・レスタードって、俺の名を記されてるから、ちっとも隠れて無いけどね。
相変わらずイラド植民地顧問には俺の名は或るし、新たに北カラメル植民地顧問とかにも成っていた。
後、長ったらしい役職名と存在意義不明な役職と王立技術協会つう役員にも名を連ねてた。
なんか俺の名前って空いている所に適当に書かれてるだけじゃねえか?
そう感じてしまうこの頃。
そして俺は、今デイジーの家で義弟のスレイン少将と末弟のアランとゴリラな弟ケビンって言う野郎ばかりと暖炉の傍でハラハラドキドキのスーパータイムを長時間味わっていた。
お互いに近況を話尽くし、強いて話題もないなあーと思いつつ、極度な緊張が続いていて、つい思い出したくもないカタベル大主教の事まで考えてしまった。
つうか、なげーよ、デイジー。
お産てこんなに長く掛かるモノなのか?
もう半日は過ぎてるぞ。
そろそろデイジーが出産しそうだという連絡が来て、俺はロイヤルミューズから職権乱用で馬車に乗り、リントン地区に或るデイジーの家に急行。
なんとアランもケビンも既に来ていて、夫のスレイン少将が俺より遅れて帰宅した。
カイルは未だイラドなので来たくても来れないだろう。
俺たち兄弟が雁首並べてデイジーの前に現れると、「ヤダー、不吉だから皆、帰ってよー。」って、デッカイ腹したデイジーがプリプリ文句を言ってると「出そう、、、。」と急に手で腹を抑えたので助産婦とリリーが遣って来て、用意していた部屋で出産用の椅子に座って産卵開始である。
男で役立たずな俺達は、3階の部屋を追い出されちまった。
それからスレインも帰って来て、デイジーの産卵部屋から離れた2階の応接室で、メイド達が出して呉れる珈琲やハーブティーを飲み続け、俺の胃がチャプチャプと液体で満たされていった。
サンドイッチや焼き菓子を出して呉れたんだけど、プレッシャーで食べられなかった。
メイドたちにデイジーの産卵場所から離された理由。
「デイジー様の発する声は、恐らく男の方が堪えられる悲鳴では無いので。」
てな恐ろしい理由だった。
出産経験の或るメイドの1人はそう言って男らしく笑った。
なんと頼りがいの或るマダム。
俺は、その逞しいメイドに思わず惚れそうになった。
男も筋肉だが女もやっぱり筋肉が大事だよね。
俺って美醜よりも、こう言う安心感の或る太ましい大人な女性が大好き。
ナンシーさんて言うフロラル系移民のマダムだった。
残念な事に夫アリ。
そんな俺の性癖は兎も角も、時間が掛り過ぎだよね。
「あのー、義兄上。元奥様のジュリア夫人が出産された時も、こんな感じなのでようか。」
「いやー、実を言うとお産に立ち会うのは今回が初めてで。いつも仕事中生れたって報告を貰っていたので、こういう風に待つのは初めてなんですよ。それと義兄上は辞めてください。スレイン少将。一応は、俺の方が歳下なのでチャーリーとかチャールズで呼んでください。お願いします。」
俺は、思わず5歳年上の義弟?で或るスレイン少将へそう話した。
弟達も士官候補生の頃はお世話になったみたいだし、妻なんてスレイン少将なら選びたい放題だったろうに、今は妹のデイジーを嫁に貰って呉れているし、俺は頭を下げるしかないよな。
それにジュリアを元妻とか言うとケビンの機嫌が悪く、、、ほら、不機嫌になってケビンは眉尻をピクピク動かしてる。
どうせケビンの事だから、デイジーのお産を手伝いたいって言うジュリアを、俺と会わせたく無くて押し止めたんだろう。
男の焼き餅は見っともないぞ、ケビンよ。
でもまあ、俺もケビンもアランも亡くなったエルザの事が在るから、デイジーを心配して銘々がこうして兄弟で集ってしまったワケだけど。
いや、俺達が集まったからって何の頼りにも成らないけどもね。
でも、こうして皆で待っているだけだと、俺の息が詰まってしまうなあ。
≪キャンディーが食べたいわ。チャールズ兄さん≫
不意に耳元でエルザの声が聴こえた気がした。
弱って青白くなったエルザが俺にそう願っていたのを思い出した。
あの時、デイジーも美味しいと言ってエルザとアランも一緒になって、俺がジーンに持って来させたキャンディーを頬張ったよな。
、、、、、、。
、、、。
よし、作ろう。
作り方は何度もレシピを書いて親しい人へ渡したので覚えている。
俺は、スレイン少将にお願いして、厨房を借りてキャンディーを作らして貰うことにした。
綺麗に片付けられている厨房へレスタード家3兄弟と家主のスレイン少将そして影人ジーンの5人がゾロゾロと入って行き、コックとコック見習の人達をギョっとさせた。
いやあー、驚かせて済みませんね。
俺はキャンディーを作りたい事を告げ、必要なモノを頼んで、皆に作り方を説明した。
するとスレイン少将がコックに砂糖を出すように命じた。
そしてコックが出して来た砂糖は、、、。
マジか!?
此れってマリネラ諸島の最高級品じゃねーか。
普通は5~8Kg程度の大きさの棒砂糖の筈なのに、此れって大きさ的に1Kgも無いだろう?
やっぱりクランベル家の人間は半端ない。
「えっ?こんな良い砂糖を使って大丈夫なんですかね。スレイン少将。」
「勿論ですよ。デイジーが口にするもんでもありますしね。それと私の事は、スレインと呼んでください、それが砂糖代と言う事で。」
「は、はい。善処します。スレイン少、、、スレイン。」
流石はクランベル伯爵の弟だ。
圧迫する目力が半端ない。
そしてデイジー、やったな!最高級の玉の輿だぞ。
俺は、砂糖切りで削って貰った真っ白な砂糖を鍋に移して水を入れて竈の石炭に火を入れて貰った。
序にもう一つ火の或る竈でカモミールティーを淹れて貰う。
グツグツ大きな泡が立ったら焦げないように掻き混ぜ掻き混ぜ、泡が小さくなって粘度が出て来たらカモミールティーをブッコンで、また焦げないように掻き混ぜる。
スレイン所の厨房は竈の一個に鉄板が乗って居て、焦げ付かないように成っていた。
なんつう贅沢な竈なんだ。
なんでもフロラル王国製らしい。
ああー、フロラル料理って直ぐ焦げそうなソースが多いもんなあ。
こういう所に目を向けれるってのが有閑貴族っぽいよなあ。
って言っても、スレインを筆頭にクランベル家の人達って暇とか無さげだけども。
途中、ケビンとアランが何やかんやと話し掛けて来たが、「ええーい、鬱陶しい。ケビンもアランも焦げたら如何して呉れる。出来るまで、ダマらっしゃい。」つうて沈黙させた。
だってレシピは憶えていても作るのは初めてだからな、俺。
そう言えば、フリップは地獄のクラウン・クラブの集まりで皆に渡して居るキャンディーは、奴のお手製だって言っていたな。
グラスに入れられた琥珀色の様々なハーブキャンディーは、どれも綺麗だった。
それをハーシェルが全部俺から奪って行ったんだ。
折角、フリップが作って呉れていたのに。
ぐっ、己ハーシェル。
矢張り、一度女装させたくらいでは許せんな。
如何思う?フリップ。
『バーカ』
そう言って片方の眉を上げて、いたずらっぽく笑うフリップの顔が思い出された。
俺は胸に溜まる熱いモノを飲み込んで、理想の粘度になったシュガーペーストの鍋を竈から卸し、銅で出来た鍋の底へオリーブオイル塗り、水桶で冷やして不格好にだらしなく伸びる薄い黄緑色のペーストの飴溜まりを作って行った。
此れなら早く固まるだろう。冬で良かった。
コックがペーストの無くなった鍋を片付けようとしたのを俺は止めて、下品だけどもケビンとアランに声を掛けて鍋の内側に引っ付いているシュガーペーストを指で掬って食べる事を勧めた。
当然、長男の権利として俺が一番に指で鍋の側面についていたシュガーペーストを掬って舐めた。
それは極上の旨味で、甘くて幸せな味がした。
砂糖を嫌っていた父さんに、天上から怒鳴られそうな気がするけど、でも今日から此れが俺達レスタード家の味に成った気がした。
まあ、カイルが帰って来たら改めて作って遣ろう。
但し、マリネラ諸島産の砂糖じゃないけどな。
でも此の極上の砂糖で作ったキャンディーをエルザやフリップにも食べさせて遣りたいよ。
そう思って居たら、リリーが厨房へ駆けて来てデイジーの出産を告げた。
いやしんぼのデイジーめ。
キャンディーが出来るのを察したか。
俺は、ふと思いついてスレインを呼んで、大きな右手を無理矢理に鍋へと突っ込ませた。
「そのペーストを掬ってデイジーに食べさせてあげてよ、スレイン。きっとデイジーが喜ぶと思うから。」
ホントは、俺が長い時間を頑張ったデイジーへ持って行って遣りたいけど、まあ、此処は夫であるスレインに任せよう。
此れでこの味は、フォーリー家の家族の味に成るかもね。
そして、産卵部屋から戻ったスレインがデイジーも眠りに就いた事を俺達へ告げた。
可愛い女の子でデイジーも無事らしい。
でもってスレインは疲れ切っていたデイジーに叱られたらしい。
「あの砂糖で遊ぶなんてっ!!信じられない。」
と、お冠だったらしい。
いやあ、あのデイジーが食い気より砂糖の使い道に気を配るとか、信じられん。
待てよ。
あのデイジーだからこそ夫の想いより、値段の重要性を説いたのかも知れん。
兎角この世は難しい。
妹の気持ち1つ察するコトが出来ないとは。
まあ、スレイン。
済まない。
さて、気分直しに皆で不格好なカモミール・キャンディーでも舐めようか。




