EP92 現在を生きる男と野趣あふれる貴婦人
【ハーシェル・クルード】
ありゃりゃ。
やっぱり、こーなっちゃうよなあ。
どさくさに紛れる様に陛下が招集を掛けていた貴族院で、コーデリア殿下とフランシス殿下の婚約を発表して、速攻ウエストカタリナ宮殿に或るロイヤルチャーチで婚約式を遣らかして、アルバート5世とアデル皇后両陛下たちと軽い食事会を済ませて、コーデリア殿下とフランシス殿下がロイヤル・ホース・ガーズ通りを抜けてホワイト・パークからローゼブル宮殿へと戻って来た。
広い前庭から見えるザ・マールの表通りの広場には、婚約に反対する人たちが100人程度集まって騒いでいた。
「思ったよりも少ないですね。クランベル伯爵。」
「そうだね。チャーリー。」
そう暢気な事を会話をしているチャーリーとクランベル伯爵。
容姿は全く違うけど、此の二人って何か似ている気がする。
真鍮のゴッツイ門は閉められているので、群衆は入って来れないが、窓から見える人々の顔の中に、ウィッグと三角帽を被った議員ぽい人がいた。
≪祖国は今、危機に或る!≫
って、看板作って持ってるけどさ。
どっちかと言うとブレイス帝国側も大概だと俺は思うけどな。
血の気の多さ的にはノルディックも良い勝負してるんだけどね。
ノルディック王国では、年に一度の各クラン(氏族)で秋の喧嘩祭りを遣ってる。
流血の多い方が負けで、流血する迄は戦いが終わらない。
そして、ブレイスに負けず劣らず決闘が盛んである。
いやあ、そんなノルディックに独立戦争後、不法侵入して半殺しで済まされているブレイス民は感謝して欲しいモノだ。
互いに戦闘民族だったから、長い間戦い続けていたのかね。
そう言えば、ノルディックとクローバーは同じ民族の筈なのに、古代ロマン帝国が侵攻して来るまでは、延々と争って居たらしい。
此れはチャーリーから聞いた話。
でもノルディックとクローバーは、互いに違う文化形成をして言語的にも別れて行ったらしいよ。
俺は「ヘェー。」って思った。
まあ、古代ロマン帝国からすれば、ノルディックもクローバーもブレイスも北方の野蛮人なのだとか。
俺なんて、百数十年前の父さんの話でさえ遠い過去の物語なのに、チャーリーから紀元前何百年の話をされてもリアクションに困るんだが。
「ハーシェルって夢が無いよな。」
って、言われてもなあ。
悪いけどチャーリー、俺は現在を生きる男だから。
クランベル伯爵に命じられ俺が日頃、護衛に就いて居るフランシス殿下とコーデリア殿下は婚姻すると、如何やらブレイス帝国が危機に陥るらしい。
其処で愛国心溢れる奴らたちは、ラブ・クラッシャーに成り、表通りに或るザ・マールの広場で湧いていた。
良い大人たちが若い二人に焼き餅か?
まあ、ギルバート2世をブレイス島から追放して、土地や屋敷を奪っていた一族の子孫が、「自分達の手に何とか取り戻そうと企んでいる最中なのに、婚姻同盟とか結ばれたらブレイスの軍を動かせないだろうが!」って怒りの声が響いている。
ってな気がする。
ノルディック王国独立戦争時に、ブレイスへ逃げて住んでいる奴等には一大事な問題だったりするからね。
此の時は結構、ブレイス民やら兵たちが、ノルディックの住民や兵やフロラル王国の義勇兵たちから殺されてしまったので、彼らは被害者の心算なのだろう。
独立戦争時は、ノルディックの住民もフロラルの兵も、ブレイス帝国に対して山ほどの恨みが或るから、弾みで血に酔うって感じだったのかもね。
俺とフリップは、その頃北カメリアで戦ってたからノルディックへ行けと命じられなかったが、もし命じられていたら、俺とフリップはノルディック側へ廻って、ブレイス帝国軍と戦っていたのだろうな。
そんな事をしていたら、我が家の家訓「危険は最小に」ってのと真逆に成ってしまう。
父さんや母さん兄達にも迷惑かけることに成っていたか、と思うとフリップと北カラメルへ行けていてホント良かったと思う。
でも良く考えたら、俺んちの祖母ちゃんは、ギルバート2世が追放された戦時中にランダル王国へ逃げて来て、祖父さんと結婚したから父さんが生れて、其の時に逃げて来た人の娘と父さんが結婚したから俺が生れた。
って事は、ギルバート2世追放が無いと俺が生れてないかもって思うと少々、複雑だ。
俺はフリップみたいに自分はノルディックの血のモノだって意識はない。
当然、ブレイス人て言う意識も無いけどな。
俺の曽祖父さん辺りはオーニアス当たりのゲルン民族の血やら、フロラルスの血やらも入っているらしいので、我が家はブラッド・チャンプルなのだ。
単に俺の生れたのはブレイスってだけでね。
そして信仰は建前的に国教徒だけど、実家では旧教徒と言うモノ。
まあ、地獄のクラウン・クラブの面子では割と良くあるパターンだ。
ブレイス帝国では将来、弁護士や医師や軍の士官に成りたいなら国教徒でないと成れないからね。
親や親族も苦渋の決断をしている。
でもウチの父さんは気楽に生きているけどな。
旧教徒でも妾がいるくらいだし。
そういや極稀に、無神論者って人も居るみたいだが、凄いって言うかなんか怖いぜ。
そう言う自信過剰な奴とは、出来れば関り合いに成りたくない。
純教徒の人間と同じくらいに俺は相容れない。
父さんは、旧教徒でも大いに人生を愉しんでいるみたいだから、ああいう良い加減の生き方は、俺も学びたいと思うよ。
俺は、同じくフランシス殿下に就いて居るマシュー・ダントン卿と連れ立って、チャーリーやクランベル伯爵達の後ろから、唯々圧巻なローゼブル宮殿内を歩いて行った。
※※※※※※※※※※
【コーデリア】
ローゼブル宮殿は、アルバート4世伯父さまがローゼブル・ハウスだったモノを3階建てにし、左右へウイングを延ばし中庭を設け、威厳あるファザードを持つ公式な式典が行われる大ホールやボウ・ルーム、迎賓室などを収めていた。
その重厚な建築物を眺めれる様に、アルバート4世伯父さまが住む予定だった2階建ての建物を平行に作り、中庭を囲み左右に伸ばしたウィングと繋いで、私の住んでいる宮殿と連結されていた。
主に大理石で造られた正面ファザードの或る宮殿の大広間内は、豪華な金箔や色彩で彩られ、アルバート4世伯父さまが金に飽かして買い集めた豪奢な調度品や、南グロリアから呼んだシャンデリア職人に造らせた、火を入れると下に向かって咲いている溢れる数のラッパ水仙を模した煌めく硝子の灯りが、宮殿内を眩く照らしていた。
初めてローゼブル宮殿を訪れた人々は、此の荘厳さと豪華さに驚愕してしまう。
勿論、ホワイト宮殿を見慣れていた私も驚てしまったけども。
これでも当初計画していた規模からすると可成り縮小したらしいわ。
確かに部屋数だけで言えば、千室を超えるホワイト宮殿やウエストカタリナ宮殿よりも671室と数は少ないけども、床面積は約7,300m2でローゼブル宮殿の特別さを感じてしまう。
クランベル伯爵が、「アルバート4世陛下は、古代ロマン帝国を夢見ておられたのです。」と、此のローゼブル宮殿を造られた意図を話して呉れたけど、此の宮殿の負債は未だ残って居るのだとか。
なんでもチャーリーの友人である方の家族が行っているオルコット銀行が、其の負債を引き受けて下さっていると言う話なの。
でもアルバート4世伯父さまは、完成したローゼブル宮殿に住む事も無く、「広くて面倒だ。」と言って、殆どウィンダムハウスで過ごされていた。
私も即位したら、議会堂の或るウエストカタリナ宮殿へ引っ越したいと考えている。
チャーリーへ密かに相談したい事が在る時、ローゼブル宮殿は便利なのだけどね。
今日は私とフランシス殿下との婚約を貴族院で行い、その後ロイヤルチャーチで婚約の儀を行い、そしてアルバート5世伯父さまとの食事会を終えて、此のローゼブル宮殿に戻って来た。
敷地の外に或る表通りの広場では、私の婚約に反対している人達が集まって居るらしいけど、此のホワイト・ドローイングルームまでは、幸いなコトにその喧噪が聴こえて来なかった。
着替えを済ませて室内に入ると、ノルディック王国の正装に身を包んだ凛々しいフランシス殿下とチャーリーやダントン卿そしてクランベル伯爵に、前回ギボンズの一件で世話に成ったハーシェル達が、ソファーに座って紅茶を飲み談笑していた。
私の姿に気付いて皆が一斉に立ち上がり私に礼をして、静かに私の着席を待っていた。
あら?嫌だわ。
私の婚約者で或るフランシス殿下、いえフランクまで皆と一緒に畏まっているなんて。
春の芽吹きの色のようなアフタヌーンドレスに着替えた私を、フランシス殿下はスカイブルーの瞳を細め、眩そうに見ていた。
私はグレイスたちとラウンドガウンとアフタヌーンドレスの裾を優雅に捌きながらフランシス殿下の向かいに或るソファーへ腰を下ろした。
「今日はクランベル伯爵もチャーリーも手数を掛けてしまったわ。有難う。レンフィール公爵にもお礼を告げたかったのに、いらっしゃらないのね。」
「ああ、ダズは貴族院で騒いでる人を宥めている所でしょう。後でコーデリア殿下のお言葉を私から伝えて於きましょう。しかし、思ったより広場に集まった人は少なかったな。チャーリー。」
「そうですね、クランベル伯爵。シーズン・オフで領地に帰られている方が多かったから、煩くなるのは知らせを受けた明日以降でしょう。今日発表前に感づいた出版社のインテリジェンサー)には口止めをしていたので、明日のニューズ・ペーパーに婚約の記事は書かれるでしょうし。それからですね。」
「まあ、感づいた方が居るの?チャーリー?クランベル伯爵から言われて、気を付けて行動していたのに。」
「どうもコーデリア殿下の後を追って、ウイング城からダイヤ島まで近付いた不届きものがいたもので。全くアンリの新聞社は碌でも無い。」
「ふふっ、チャーリーへ記事の内容を売りに来たのですよ、コーデリア殿下。」
「チャーリーは大丈夫でしたの?そんなイカがわしい方に絡まれて。」
「ご心配なく、コーデリア殿下。アンリってのは俺の悪友で、オルコット銀行の5人目の息子なんですよ。恐喝屋紛いのニューズペーパー屋を生業にしているって変人なモノで。」
「まあ、あのオルコット銀行の。オルコット家は、海上保険も銀行も景気が良い、とお聞きしていたのに。」
「いえ、アレはアンリの趣味なので家の生業と関係ないですよ。マジで悪趣味。」
そう言うと、整えた金色の眉を寄せて、チャーリーは野薔薇を描いた陶器のティーカップに桜色の唇を寄せた。
「でもアンリ君の事だから、臨時でコーデリア殿下とフランシス殿下の婚約の事を記事にしてパンフレットで配りそうだね。小売店へ配送する時間は無いだろうから、工場の近くの珈琲ハウスへ配りそうだよ、チャーリー。」
「あーぁ、恐らくそうですね、クランベル伯爵。貴族院の議会堂エリアへは立ち入れないから、ホール辺りで話を聴いて、今頃は印刷機で職工たちに刷らせてるかも。アンリの事だから、広告主には苦労しないだろうし。」
「遺憾なくオルコット家の名前も使えそうだしね。でもチャーリー、デイリー・ニュースのアンリ君と友人と言うのは、此れから助かるよ。」
「厭、俺はアンリを友人にカウントされたく無いですよ、クランベル伯爵。」
チャーリーは美しく整った表情を崩して、心底嫌そうな声でクランベル伯爵に抗議していた。
なんでもアンリと言う人とチャーリーは、クロック・カレッジで同じ教授からブレイス史を学んでいたらしい。
チャーリーは、幼い頃からロマン語で著された聖書を解すため、厳しいチューターから古代ロマン語や古代グリシア語を学ばされていたと話した。
叱られて熱を出してしまう程に厳しい牧師から教わっていても、其の侭で学んでしまう所はチャーリーらしいなと思ってしまった。
そんな雑談を交えながら、私とフランシス殿下との婚姻を肯定して呉れる人達を増やしていく対策について、クランベル伯爵達は話し合っていた。
「そう言えばチャーリーの末弟が付き合っている彼氏は、劇作家だったね?」
「か、彼氏?カレシっ?アランが、、、。嘘だあぁ!!!妹みたいな弟だけど、男色の趣味は無いって言ってたのに。」
狼狽えたチャーリーの発狂を眺めつつ、私はミルクティーを飲んでいた。
弟のカレシと言う言葉に、ハーシェルやマシュー、何故かグレイスとリアナも反応していた。
フランシス殿下とチャーリーの従者ジーンは、我関せずのポーカーフェイスだった。
「悪い悪い。アランの学生時代の先輩だったね。いつも一緒に居るから勘違いしていたよ。レイモンド・ラムって名前だった筈だ。彼がバガリー系の人間だったから私も混乱していたようだ。驚かせて済まないね、チャーリー。」
「い、いえ。俺の方も取り乱して済みません。クランベル伯爵の話を中断させてしまいました。」
「今のは私が悪いのだよ、チャーリー。まあ、反対派の貴族や議員は個別に説得するとして、大衆の皆まで反対の声が蔓延するのは不味い。其処でアランの友人であるレイモンド・ラム君に周囲に反対されながらも、結ばれて幸せに成る演劇を一本書いて貰おうと思うのだよ。アランも役者として実力も在るしね。」
「えっ、アランが?」
「まあ、アラン様が?」
チャーリーと同時にグレイスも驚いた様子で口を開いた。
デイジーからの頼みで、私が予定があり行けないオペラや音楽会の招待状を、グレイスからアランへ渡している内に、グレイスの案内でアランも共に観劇するように成って居たのだ。
私は、チャーリーの弟であるアランを知らないのだけど、グレイスの話だとチャーリーとは、全く似ていないとの事。
髪色と瞳の色は似ているにも関わらず。
チャーリーは美人さんで、アランは美少女なのだそうだ。
そうグレイスは、良く判らない説明を私にした。
そして姉であるデイジーほど素朴な野趣に溢れていないらしい。
グレイスは、「野趣溢れる貴婦人」って、デイジーを褒めるけど、、、それはデイジーを褒めて無いと思うわ。
デイジーは、宮廷で滅多に見掛けない女性だわ。
デイジーは、あの素直な純朴さが素敵なのよ、グレイス。
「アランは自分とオペラや音楽の趣味が似ている。」とグレイスは嬉しそうに話していた。
女心を捉えた作品がグレイスもアランも好みらしいの。
男性で珍しいなとは私も思っていた。
だから、アランに彼氏とクランベル伯爵が話した時は、違和感なく聴いていたのだけども。
まあ、男色と聞いても私にはピンと来ないモノね。
紳士同士って皆さん仲がとても良いですし、私から見れば羨ましいくらい。
私も彼等のようにフランシス殿下と瞳で会話出来るように成りたいわ。
私は、不図いつも仲が良いチャーリーとクランベル伯爵へと視線を向けていた。
それにフランシス殿下と婚約は出来たけど、此れから婚姻までに時間が掛るわ。
臣民たちに周知して、ヨーアン諸国にも知らせたり、列席される方々の調整したり、何より私の婚礼衣装を作るのに最低でも1年は掛かってしまう。
私の戴冠式用の衣裳も、体の成長が安定すると言われる16歳から作り始めて、微調整しながらやっと昨年に完成したのよ。
アルバート5世伯父さまと母とがドレスや宝飾品の発注先を巡って喧嘩になって大変だった。
最終的には王命で今までアルバート家に仕えている所に決めたけど、母とギボンズが私指定の宝飾商会や仕立て屋を作りたがって揉めに揉めたの。
流石に婚礼衣装は、そこまでの時間を要さないと思うけど。
そんな事を私が考えていると、マシュー・ダントン卿の声が聴こえた。
「街や上流階級の御婦人たちの対策は、それで良いと思いますが、カタベル大主教さまは国教会として反対に回らないでしょうか?ノルディックやクローバーの独立運動が起きてから、カタベル大主教さまは国教会の権威を高める活動をしていらっしゃいますし。今回、フランシス殿下が国教徒へ改宗なさったことを喜ばれたのは、留学の為と思われていたからで。」
「カタベル大主教か、、、。」
「、、、。」
マシュー・ダントン卿の言葉で場に沈黙が訪れ、クランベル伯爵がポツリと名を告げると、チャーリーの顔色が変わっていった。
評判の良いカタベル大主教の名を聞いて、なぜかクランベル伯爵とチャーリーの口が重くなってしまった。
沈黙が続いているとクランベル伯爵は、伯父さまと相談してから考えようと言う事で、その日はお開きに成ってしまったの。
皆が三々五々に散ってから、フランシス殿下は迎賓館が或るファザードの或る東側正面の宮殿へと移り、私はロイヤルエリアの或る此の西側の宮殿で過ごす。
婚姻前なので同じ建物内で寝泊まりは出来ないけど、会いたいと思えば会える距離にフランシス殿下が居て呉れる事が、とても嬉しい。
私は、やっとフランシス殿下と婚約したのだと言う実感を得て、胸に広がる喜びに気持ちが湧き立った。




