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EP90 胸焼け





 ローゼブル宮殿に或るコーデリア殿下の書斎へ他称「男妾(おとこめかけ)」の俺、参上。



 俺って一応は、色々役職名をレベット首相から任じられているけど、その中に「妾」って役職は無かった筈。


 先週、俺が古ブレイス文学クラブへ顔を出すと、「チャールズ伯は、コーデリア殿下の男妾に成ったんだって?おめでとう。」等と言われて、冗談とも本気とも取れる言葉で集まっていたクラブメンバーに、揶揄われる始末。


 あのさ、そう言う役職は無いし、下手すると君らは不敬罪だぞっと、俺は珍しく反論した。


 だって、そんな噂がクロック・カレッジに居るフランシス殿下の耳へと入ったら、、、。

 想像するだに恐ろしい。


 折角、コーデリア殿下は、7月のバカンスをフランシス殿下と過ごされ親交を深められたのに、こんな噂が広まって二人の仲が気不味く成ったら如何して呉れる。

 言えないセリフは飲み込んで、俺は彼等に抗議したのだった。


 噂の所為で万が一、フランシス殿下から決闘なぞを申し込まれたら、君らを恨むからな。



 まあ、無事にフランシス殿下から決闘を申し込まれる事もなく、甘いベビーピンク色のローブ・ア・ラングレーズを纏って、素晴らしいカーピングを施した長椅子へ腰を下ろして居るコーデリア殿下の問い掛けに、俺は答えていた。


 ゆったりとして見えるブレイス製の上質なシルクのローブドレスは、全く見た目ほど楽な仕様で無い事を、俺は女装した折に体験済みだった。


 リボンとレースで形作られたヘアードレスで長い金糸の髪を愛らしく纏め、フィーシューと言う白いスカーフで首元から胸元を覆い、品の良い姿でコーデリア殿下は俺を見た。



 「チャーリー。クランシーさまたちが、北カラメルで陛下から委託された任地を王国にしたいと言う話は、本当ですの?新たに植民地へ課せられる税金の所為だと聞きましたけど。」


 「王国と言うよりはブレイスの保護国ですけどね。それに新たな税って言うよりは、今年でもう直ぐ切れてしまう廃糖蜜の関税を値下げして、より厳格な取り締まりを行うって奴ですね。今は1ガロン(約450l)当たり6ペンスだけど、それを3ペンスにする代わりに密貿易の取り締まりを厳しくして、裁判は派遣する本国のモノが行うって決まったのですよ。」



 まあ、ジマリカなどのイラド諸島からの密輸入の所為で、有名無実になっている砂糖法の関税強化でも或るんだよね。

 密輸業者を無力化するには関税を下げるのが一番だったりする。


 後は、取り締まりを厳しくしてランダル王国やエスニア帝国など他国から、関税を逃れて入って来る珈琲豆やカカオ豆などの高税率品の締め出しだな。

 ブレイスが植民地化したクード州の南東と南西に或る領土が、エスニア帝国とエスニアと関わり合いが深いアステア帝国と海、陸共に隣接しているから、珈琲やカカオの密輸し放題だしなあ。


 海軍を出して取り締まりをしているのだけど、捕まりそうになると海へ廃棄されるから、今一つ実効性に乏しいのだ。


 船を出すだけでも当然費用は掛かるし、それでなくても前回の戦費の国債が未だ約9000万ポンド近く残っていて、次に戦争なんてことに成ると超ヤバイ。

 つう事で、ブレイス帝国議会も、真面目に植民地へ課税する事を考えたのだった。


 但し値下げするのは廃糖蜜だけ何だよなあ。


 砂糖は相変わらず重量税+品質税+高関税で、高税率だよ。

 紅茶には、なんと116%も税金ガガガぁ、アップした。


 一応は各総督や治安維持の為の中隊を13州へ派遣している費用も掛かっているし、かと言って植民地の人間に海軍とか真っ当な陸軍とかを持たせたく無いし、そうやってエロい人達も色々と悩んでいた。




 勿論、議員達が、此れ以上は自分達への課税が増えるのを嫌がっているのも在るけどさ。

 議会政を取っている為に、他のヨーアン諸国よりは上流階級(貴族やジェントリ)に税負担が或る。

 ブレイス帝国の国債返済は、議会が責任を持つってコトに成ってるしね。


 でもって、ブレイス本国では当たり前に取られているスタンプ税なども支払って貰おうと画策しているのを察したクランシーさまが、父ちゃんであるアルバート5世陛下へ使者を寄こして来たのである。



 =【父ちゃんに其れをやられると税の2重取りに成って、住んでる連中と面倒な事に成るから、俺と兄ちゃんトコは地代つうかみかじめ料を支払うから、細々した税金を課すのを止めて欲しい。】=


 つう訳らしい。


 最初は、寄付を募って道路整備やら学校作りやらを遣っていたらしいけど、だだ広いカラメルの地で足りる訳は無く、クード州議会で話し合って、地代以外の税金を取ることにしたそうだ。

 それに国境や州境ではクード州に限らず民兵を配して置かないと、侵入して来るエスニア兵やアステア人や原住民が居るので、当然手当を払う為の軍事費も必要に成るという。


 どうせブレイス本国は、植民地に軍船なんかは作らせて貰えないのだろうから、取り敢えずは自分達で出来る防衛を遣って於きたい、との事だった。


 ボンバー皇子だったクランシーさまの軍船は無いけど、ちっこい商船を武装させているって報告は俺も受けているのだけども。

 どうよ?



 王領って事も在るから、アルバート5世陛下のご子息たちに預けた5州は、他の8州と違って鉱石や木材、穀類、毛皮や羽根などを王室と取引している商人が安価で分捕っているので、俺は別に良いと思っている。

 利益はアルバート家の財布へ入って来るし。

 それに王領植民地は、クード州以外アルバート3世が東海バブル破綻で弾けた貴族達や負債を背負った商人や職人たちを助ける為に、リリースした場所でも在るからアルバート3世愛も強いしね。



 どうせ補佐に就けている姉夫婦達とも話し合って決めたコトだろうしなあ。




 「他の州もクインシーさまの真似をしださないかしら?チャーリー。」


 「自治領植民地や領主植民地はそれぞれの異なる事情が在るから、ブレイスの保護国に成ろうというのは無いと思いますよ。今でも5カ所或る自治領植民地の総督へ、ブレイス本国から指示を出されるのを嫌がっていますしね。3カ所ある領主植民地も、信仰を違えた貴族達が王家に大枚叩いて勅許状を手にして開拓した州だし、此れ以上は主権をブレイス帝国に渡したく無いでしょうからね。」


 「ではチャーリー、税を徴取出来ないのですか?北カラメルからは。」


 「うーん。地代が安すぎるってのが有りますからね、コーデリア殿下。設定した地代って、クリイム歴の1600年代ですから。其処ら辺を説明して建前的には、各植民地に或る議会を通す形にしないとですね。揉めても良い事ないでしょうし。」


 「なんだかチャーリーって悪人ぽい顔に成ってますよ?」

 「ええー、コーデリア殿下。せめて議員ぽいって言って下さいよ。」


 口元を最近よく見る羽根扇で隠し、透明なアクアブルーの瞳を細めて、コーデリア殿下はクスクスと笑った。


 そう。

 何事にも建前って大事だよ?


 問題は、保守系のトール党つうか貴族院の人達が、「たかが植民地の連中」って考えて、税を払うのは当たり前だと命令しちゃうコトなんだよなあ。

 廃糖蜜税の件は、他国の商人も噛んでるから仕方ない事とは言え、少数だけど騒いでる人間もいるので、新聞やパンフレットで大騒ぎしそうなスタンプ税は、ある程度理解者を増やしてから実施した方が良い筈だ。


 まあ、騒いでる人達は北カラメルで密貿易に関係しているのだろうけどね。




 ブレイス本国で成功しなかった自由思想の革新派関係者が、北カラメルで名を上げる為に活動しそうだしなあ。

 前回のブラックジャーナリストで亡命しているイーサン・デーマも北カラメルの純教徒州へ入ったと聴いているし、王権縮小論でも再燃させる心算っぽい。



 でもって、フロラル王国や旧教徒国で追放に成った啓蒙思想家や哲学者も北カラメルへ渡って居ると聞く。

 北カラメルは、自由を求める人間たちのフロンティアだったりするのかな。



 5カ所の王領植民地にリリースしたアルバート5世陛下のお子様たちに就け居ている関係者から、俺に事後報告の体で北カラメル・リポートが届いてくるけど、出来る事なら俺には、北カラメルの雄大な自然の観光エッセイ・レターを綴って欲しかった。

 ホントにね。



 笑いが落ち着いたコーデリア殿下は、悪戯を企む子供のような視線で俺を見て、拗ねている口調で話し始めた。


 

 「チャーリーも大変ね。アルバート4世伯父さまの次は、私との噂に成って。」


 「も、申し訳ありません。コーデリア殿下。俺が不甲斐ないばかりにコーデリア殿下にまで不快な想いをさせて。あのう、フランシス殿下は?」


 「ふふっ、笑い話を聞いた、って手紙に書かれていたわ。昔のように下品なコトを好き放題に、新聞へ書かれなく成ったのは救いね、チャーリー。」


 「はあ、良かった。コーデリア殿下の為に、フランシス殿下から決闘を申し込まれたら如何しようかと考えていました。でも確かに罰則を厳しくしてからは、妄想記事が激減しましたね。記事如何によっては、広告主も金銭的な被害を受けるから新聞も気楽な印刷が出来ないのでしょう。」


 「ではチャーリー、北カラメルの法はブレイス本国と同じですから、スタンプ税を課しても騒ぎを起せないのじゃないかしら?チャーリーは如何思う?」


 「難しいですね。大筋ではブレイスと同法と記してますけども、そもそもが陛下へ忠誠を誓って居ない人達も多いですからね。旧教や純教徒も北カラメルでは自由ですから。それにブレイス本国と違って、スタンプ法違反だからと言って、取り締まる人間を配するのはとても無理ですよ。実行力の伴わない法は、決めるだけ権力の無駄使いですね、コーデリア殿下。それが当たり前に成ると違法行為が常態化するので、よろしくないです。」


 「はぁ、そうねチャーリー。既に廃糖蜜法は有名無実ですものね。」



 小さな息を吐いてコーデリア殿下は、テーブルに置いてあったピンクの薔薇を描いた珈琲カップへ口を付けて、静かに珈琲を飲み始めた。

 俺もコーデリア殿下に誘われるように、外気温で冷まされた珈琲に口を付けた。



 それから、また増税される石炭について裕福で無い人々の事をコーデリア殿下は気に掛けて、何処へ寄付をすればよいのかと俺に尋ねた。

 俺は無難な所で「救貧所」への寄付をコーデリア殿下へ提案して、カップに残って居た珈琲を飲み干した。



 コーデリア殿下は新たにハーブティーを頼み、もう直ぐウエストカタリナ宮殿のポールルームで、盛大な国賓晩餐会が或る話をされた。


 そんな事と同列に石炭の値段を気に止めるコーデリア殿下のおかしみを、ふと俺は感じていた。



 アルバート4世陛下とアルバート5世陛下の薫陶が、上手い具合にコーデリア殿下の中で混じり合っているのだろう。



 その後、口籠りながら俺にコーデリア殿下は、フランシス殿下からのラブポエムを聞かせて呉れた。




 甘いモノ好きの俺でも、流石に胸焼けしそうな詩篇の甘さに、珍しく砂糖の入っていないカモミール・ティーを近くに居たメイドのシシリーへと頼んでしまった。













            ※※※※※※※※※※





 もう暫くすれば11月に成ろうとしている肌寒い夜更けに、クランベル伯爵が寝室へと入って来た。

 俺はワインの葡萄ジュース割りを飲んでベットで毛布に包まりうつらうつらとしていた。

 冷たい夜の風と共にクランベル伯爵は、冷たい躰をゆっくりと慎重に俺の傍へ横たえて、毛布と掛布ごと抱き締めた。


 ああ、帰って来たんだ。


 そう思うと俺は何故か嬉しくて頭をクランベル伯爵の固い胸へと押し付けて、其の侭、安心して深い微睡みへ落ちて行った。



 「お帰り」


 って、俺は言いたかったのに。



 クランベル伯爵の懐かしく感じる薫りに包まれると、魔法にかかったみたいに俺は意識が遠のいて行った。


 

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