EP87 モテる男の条件
『ブレイスの神は善悪を決する時、サイコロを振り給う。』
偶に?
いやチョクチョクかなあ。
裁判結果に納得が出来ないと神による正しき裁きを行う為に決闘が行われる。
それじゃあ裁判て、意味ないよね。
まあ、裁判官自らも決闘したりしちゃうので何とも言えない。
脳まで筋肉で出来ている奴が多過ぎる。
と、『デイリー・ニューズ』の決闘記事を読みジーンへ愚痴りつつ、でも俺も「筋肉が欲しい。」と、呟いて珈琲を飲む。
「男はやっぱり筋肉だよなあー。」と、フランシス殿下の逞しい胸板とムッチリした太ももと筋肉で引き締まった脹脛の凛々しい容姿を脳に描いて、俺はコーデリア殿下の恋して愛らしくなった表情を、思い出していた。
『コーデリア殿下が俺を好きだったというのは、クランベル伯爵とアルバート4世陛下の勘違いでは無いか?』
俺は、自分と余りに違うフランシス殿下の体型を思い出し、クランベル伯爵の勘違い説を脳内で確定した。
勘違いだったら、俺的に大問題だ。
先ず、コーデリア殿下の初恋を諦めさせる為にジュリアと俺を婚姻させ、次に俺が男としての機能を喪失し(失くしたワケじゃないけども)、婚姻生活の継続が困難になって、クランベル伯爵に相談したら愛人宅と他称「愛人」を用意され、コーデリア殿下から俺の人間性に疑問を持たれる。
『此のケダモノ!』
そう周知徹底をされてから、俺はジュリアと無事に離婚し、他称愛人宅へ通っていて「うらなり瓢箪の癖に生意気。此の最低野郎!」などなど風評被害に晒されている。
傍から見れば、全て事実なので『風評被害だ。』と俺が叫べない此の現実。
他称愛人のナタリー・ケット嬢は、ロイヤル・パークのレイチェル・コレッジで院長で或るレイチェル様の侍女を遣っている。
俺がアルバート4世の御息女レイチェル様に頼まれ、昨年に院を開いて作ったラッピング・ビジネスで、修道院ぽく仕上げて結婚したくない独身女性たちの超高額な避難所に成って居た。
もう1つの淑女女子学院も陛下襲撃事件が落ち着いた今年の春から開校したってさ。
他称愛人のナタリー・ケット嬢をレイチェル・コレッジに放り込んだのは開校する半年前ではあるけども。
その間、愛人宅と呼ばれていたブルームプラム地区の屋敷では、俺が真面目にナタリー・ケット嬢とその一味へロマン語で聖書を教えてましたとさ。
エロい事など起きる筈も無く、俺は聖職者の如く清く正しくクリイム様の教えを、ロマン語で説いていた。
その後、そのブルームプラム地区の愛人宅は、俺の書類&書籍の書庫へと成っていた。
偶に息抜きでジーンと共に通っている。
元々、此の屋敷はクランベル伯爵家で、使用人として勤める事に成るスティーブ・ホームの孤児達を教育する場でもあったので、手入れが行き届いて便利だったりする。
俺の愛人宅と言う宣伝が行き届いたせいで、育って巣立つメイド見習の子達が俺の愛人と思われるのは、不幸な話であるけども。
しかし、今更コーデリア殿下に「俺の事を好きだった?」などと聞ける訳もない。
それこそ「この勘違い野郎。」と思われるのが落ちだ。
大抵、一部のマニアを除き、世の淑女達はマッチョでオスの色気むんむんな紳士を好まれる。
モテる男の条件。
それは「ザ・筋肉」で、ある。
末弟の乙女なアランを除き、外科医に成ったカイルも程よく筋肉は付いているし、ケビンなどは背も高いからマッチョなゴリラで或る。
つうか、そのケビンを好きになっている俺の元嫁のジュリアって。
、、、うっ、駄目だ。
俺は、深く考えて居たら地の果てまで落ち込みそうなので、筋肉についての考察を辞めた。
詰り、アルバート4世陛下とクランベル伯爵の勘違いに寄って、俺は婚姻をし離婚したって事だ。
まっ、良いけどさ。
2人の強引なプッシュが無ければ、俺は何と無く婚姻して居ない気もするし、娘のソフィアやシャロンは天使のように可愛らしく愛おしいからな。
※※※※※※※※※※
ローゼブル宮殿の部屋を久しぶりに訪れたクランベル伯爵は、明るい翠の瞳を細めて出迎えた俺を親愛の情を込めて抱き締めた。
「元気そうだね、チャーリー。」
「ええ、クランベル伯爵も。」
俺は、クランベル伯爵に左の肩を抱き寄せられたまま、窓側に置いたソファーへと2人で腰を下ろした。
クランベル伯爵もマッチョに見えないけども、胸板や両腕にはしっかり筋肉が就いて居るんだよな。
悔しい事に。
すっかりクランベル伯爵の過剰なスキンシップに慣らされてしまった俺なのである。
「今日はウィッグを被って無いのだね、チャーリーは。」
「ええ、今夜は出掛ける予定が無いので。」
そう答えた俺の前髪を優しく右手で撫でてクランベル伯爵は整えた。
白いウィッグの後ろ髪を黒のベルベットのリボンで結び、一分の隙も見えないファッションをしているクランベル伯爵は、相も変わらず良い男だった。
此れで女が居ないとは、なんとも勿体ない。
凭れていたクランベル伯爵から身体を起して、俺はジーンが入れてくれた林檎の香りのするカモミールティ―に口を付けた。
「チャーリーから連絡を貰ったので、陛下へコーデリア殿下がフランシス殿下との婚姻に前向きな事を伝えて於いたよ。此の部屋へ来る前にコーデリア殿下へもお伝えして来た。」
「前も言いましたけど、初めから見合いさせる心算だとクランベル伯爵は俺にも教えていて呉れたら良かったのに。」
「ふふっ、チャーリーなら伝えて無くても、何とかするだろうと思っていたからね。コーデリア殿下も私よりチャーリーの事を信頼なさっているしね。」
「でもコーデリア殿下にまでナタリー・ケット嬢のコトで、俺は嫌味を言われてしまいましたよ。」
「私はチャーリーが潔白だと知っているのだから、それで十分では無いか?チャーリー。」
「うん。うーん、、、?それって当たり前ですよね、クランベル伯爵。全て手配したのはクランベル伯爵なのですから。」
「でも私以外には、真相を誰にも話したくないだろ?チャーリーも。」
そうだった。
俺もね、一応は男としてのプライドが或るんだよな。
エロい元嫁のジュリアの肉体に、ピクリとも反応しない我が不詳のジュニアの話はしたく無い。
でもって、婚約者が決まりそうなコーデリア殿下に、アルバート4世ジジイとクランベル小父さんの勘違いな初恋話などは、絶対にタブーなの或る。
それに俺が例え浮気男でも、コーデリア殿下の信頼は揺らいでいないので、結果はオッケー?
だよな。
「それで、クランベル伯爵。コーデリア殿下の婚約発表は何時にされるんですか?」
「出来るだけ早くしたいが、フランシス殿下にブレイスの事と国教会を学んで貰わないと駄目だからね。それに周囲の反応を窺ってからのコトに成るから、もう暫くは掛かるだろう。そうそう、チャーリーの友人であるハーシェル少佐もフランシス殿下へ就ける事に成った。」
「いや、ハーシェルは友人とはチゲーし。」
あっ、やべぇー。
素で答えちまった。
ハーシェルのフレンドはフリップで、ハーシェルはフリップが呉れたキャンデイーを俺から奪っていくロクデナシって奴で。
でも、あのフリップが大事にしてた人間だから悪い奴じゃ無いのだろうけどさ。
ハーシェルは、俺よりちっこい奴と思ってたら、実は筋肉が俺よりもあった見た目詐欺師だった。
着替える時、見た筋肉で俺は裏切られた気分だったよ。
妬ましい。
そして続けて、フランシス殿下へ就けられるマシュー・ダントン卿と4人の名をクランベル伯爵は俺に告げた。
「フランシス殿下に万が一の事が遭ったら大変だからね。そう言えばダズが私にチャーリーを仕舞い込んでないで、もっと表へ出せと言って来たよ。」
「えっ?外務卿を務められているダスティン・レンフィール公爵がですか?俺は、充分に表へ出てる心算ですけど。」
「ふふっ、チャーリーがヨーアン諸国の言語に堪能だから、ダズは自分へ着かせたいのだろうね。コーデリア殿下付きだからと丁重に断らせて貰ったよ。」
「俺は、外交の場なんて勘弁ですよ。お断り頂き、有難うございます、クランベル伯爵。」
「意外にチャーリーは外交も熟せると思うけど、私が寂しくなるから却下だよ。今ですら、互いの宮殿が離れていて、私は不満なのだがね、」
アルバート5世陛下が居るウエストカタリナ宮殿とコーデリア殿下が居るローゼブル宮殿は、確かに道を歩けば約20分くらい掛ってしまうけど、馬車でパークやガーデンを突っ切って行けば10分も掛からない距離だし、離れているっ言うのは大袈裟だと思う。
『なんなら俺がクランベル伯爵の従者を遣っても良いんだけども。』
「駄目だよ、チャーリー。チャーリーはレスタード伯爵家の当主なんだから。」
ぐっ、またクランベル伯爵に俺の心を読まれてしまった。
やっぱりクランベル伯爵は、マジで怖いよ。
「しかし、フロラル王国の新たな国王ポルテ17世は、ポルテ王家に似合わないくらい品行方正だね。父親のポルテ16世も、祖父のポルテ15世も多くの愛妾を娶っていたが、ポルテ17世は公妾を持たずに正妃1人だけだそうだ。」
「いえクランベル伯爵。普通にクリイム教徒は妻を1人しか持てないモノですから、ポルテ17世がまともなのだと思いますよ。アルバート4世陛下を見ていたから偶に、俺もクリイム教の教えを忘れている時が有りますけど。そう言えばクランベル伯爵。ポルテ17世は、パル高等法院を廃止したそうですね。」
「あぁ、元々ポルテ16世が倒れられる前に法官の1人と手続きに入っていたそうだ。それをポルテ17世が継いだのだろうね。そう言う時にポルテ16世が倒れられたから、高等法院派の謀殺と見られていたよ、チャーリー。後に死因は天然痘と発表されたから、謀殺説はなくなったけどね。ポルテ17世も一度は命を狙われた事が或るから、王都パルに或るルミナス宮殿の空気も張り詰めていたらしいよ。」
何処も権力の中枢は、血生臭い話にコト欠かないな。
ふと俺はアルバート4世が語ったていた、27歳で亡くなられた1つ年下のアイザック王弟殿下の話を思い出した。
ブレイス帝国と違い、宰相や男兄弟が強い力を持つフロラル王国では、謀略の噂が此処ロドニアにも流れ込んで来る。
何故かポルテ16世の息子達は次々と早逝し、5番目の息子であるポルテ17世が無事に成人された時、フロラル王国では盛大な祝賀パーティーが催され、パルの街でもお祭り騒ぎだったらしい。
物騒な噂ばかりが実しやかにロドニアでも流れたみたいだけど、クランベル伯爵は、「子供の内はアッサリ天に召されるものだから。」と、当時の噂を否定していたと俺に話した。
「子供を殺すより強権的なポルテ16世を暗殺した方が話も早いからね。」
俺は、そう淡々と涼やかに話すクランベル伯爵が、マジで怖かった。
で、パル高等法院って、基本法や慣習法に反していると判断すると、勅令の登記を拒否できる『勅法登記権』や国王に助言を述べる『建言権』を有していたりする。
法を施行するには大法官たち高等法院の者に勅法登記して貰わないと実行出来ない建付けに成って居て、法衣貴族の権力の源泉だったのだ。
緩んでいた王権を強めようとしていたポルテ16世としばしば対立をしていた。
ポルテ16世が貴族にも増税しようとして高等法院から拒否られたしなあ。
でもなあ、高等法院へ勤めている法官は、身分は平民なのだけども、法院の官職を国王から購入し、その身分をポートレット税を支払う事で世襲化した人達だったりするのだよな。
資金難に成ると何処の王様も考える事は同じらしい。
でも出来た当初はやむにやまれぬ状況だったらしいよ。
宮廷に集めた貴族達が皆、脳筋で。
てな事情で、事務能力が不得手な領主でもあったヒャッハー野郎な帯剣貴族たちから、雇われる形で13世紀半ば位に出来た制度でもあって、気付けば免税特権を得て居たり領地を買ったりして、貴族で無くとも貴族的な階層に成って居た。
法官のローブを着ている事から法服貴族って呼ばれては居るんだけどね。
『お金が欲しくて売官するって面倒事を増やす元だよなあ。』
俺はそう思って隣に座り、焼き菓子にベリージャムを乗せて満足げに頬張っているクランベル伯爵を、チラリと覗き見た。
「フロラル王国の売官制度は、私が遣った政策とは全く違うからね。チャーリは誤解しないように。」
焼き菓子抓み、食べ終えた指先をテーブルに置かれた銀色のフィンガー・ボールで、静かに洗いクランベル伯爵は俺に言い聞かせた。
俺はクランベル伯爵のその言葉で、思わず口に入れた焼き菓子をポロリと零してしまった。
だから、怖いっす。
クランベル伯爵。




